どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「ガバリン」…投げっぱなしホラーだけど実に楽しい

中学生の頃だったか、テストを終えて帰宅したらサンテレビ(※兵庫県ローカル局)で真っ昼間に放映してたのをなぜか鑑賞。

屋敷に悪霊取り憑いてる系ホラーかと思いきや、家の扉が異空間と繋がってる!?とファンタジー要素あり、登場人物もどこか間が抜けててあんまり怖くない…普通のホラーと異なる雰囲気に引き込まれました。

この度ハピネットさんから初Blu-ray化!!


主人公ロジャー(「キャリー」のトミー役、ウィリアム・カット)は人気ホラー作家。

自殺した叔母の屋敷を相続しますが、そこは幼い息子が謎の失踪を遂げた因縁の場所でもありました。

部屋には絵描きだったという叔母さんが描いたキテレツな絵があったりして雰囲気バツグン。

ロジャーは屋敷でベトナム戦争での自身の体験を執筆しようとしますが、ある日叔母の亡霊が現れ、「この家は何もかも知ってる」と警告めいたものを残していく…。

そして夜中12時になるとクローゼットから化け物が…ギャァー!!

でもグロいってほど生々しくもなく、コミックに出てきそうなデザインの着ぐるみ感あるモンスターであんまり怖くない。

その上普通に物理攻撃に弱く、さすがアメリカ、物置から銃を取り出し撃ち殺す主人公、さらには完全武装してバトルを繰り広げる…!!

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サバゲー中はしゃぎ過ぎちゃった人にしか見えない。

 

ここにお隣さんが絡んでくるのがまた面白いのですが、1人は太っちょのハロルド。

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なぜか汚れた手で握手してくる。

いきなりお宅侵入して夜食を差し入れという距離感のなさ。でも根はいい人なのか心配してくれてる様子。

 

もう1人は謎の美女、ターニャ。

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魅力的なお隣さん。 

「死んだ叔母さんが入っていいって言ってた。」とよそ宅のプールに勝手に入る、夜いきなり息子預かってくれと押しかけてどっか行く…とマジで訳わからん。

でも主人公になつく男の子が可愛くてほっこり。

呪われた屋敷系かと思いきやご近所さんの押しかけで時々ゆるーく笑わせにくるのが謎です(笑)。


夜中執筆しているロジャーは時々ベトナム戦争での体験を思い出します。

負傷した仲間ビッグ・ベンから「楽になりたいから殺してくれ」とせがまれるも、出来ないと救援を呼びに行った矢先、ベンはベトナム兵士たちの捕虜に…。

PTSDに苦しむロジャーの妄想系ホラーなのかも、と思わせる演出で、屋敷系ホラーと戦争場面が交錯するというのがとにかく斬新でした。

 

途中撃ち殺したモンスターが離婚した妻に変貌する場面にはドキッとさせられ、やっぱり男の潜在意識を描いたサイコ・ホラーだったのかと思いきや…

こういう伏線を一切回収せず、隣人と協力して怪物を追い払い、さらには行方不明だった息子を見つけ出して助けるというアドベンチャーな展開へ突き進んで行きます。

屋敷はモンスターのいる異空間とつながっていた&住んだ人間の心の闇を取り込んで怪物や幻覚をみせてた…みたいな設定なのかな…。

一切なにも説明されなくて、投げっぱなしですが、ミステリアスなのが逆に楽しいです。

キャビネットの中が真っ暗な異空間に繋がってたという場面には、ワクワクしますね。


最後にはかつての戦友ビッグ・ベンの亡霊と対決!!

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このベンも銃での物理攻撃メインであんまり怖くない!

ベンを倒すことがトラウマの克服&屋敷への勝利となったのかよく分からんけど、すっきりするエンディングもまたよし。

 

製作は「13日の金曜日」で知られるショーン・S・カニンガムですが、スプラッタはなく、ホラーとしては恐怖度薄めかも。

でも見せ方が面白く、一度観たら忘れられない、鮮烈にのこる作品でした。

 

 

「花嫁はエイリアン」の謎の包容力に癒される

こんなセクシーな美女が〝キス〟も知らないなんて!?

花嫁はエイリアン [DVD]

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  • 発売日: 2010/02/03
  • メディア: DVD
 

アホかー!!とツッコミたくなる80年代おバカSFコメディ。  

科学者のスティーブは、地球外生命体の存在を証明しようと実験を行うが、アクシデントが起きて、92光年離れたある惑星が滅亡の危機に晒されてしまう。
そこで惑星の長老たちは、美人エージェント・セレスタを派遣し、スティーブに再度実験を行わせようとするが…。

UFOといえば円盤といういかにもなデザインの宇宙船が出現。

しかし襲来したエイリアンが金髪美女のキム・ベイシンガーだったので、皆ハッピー!!

流行が分からずボディコン・ファッションでキメてくる、謎の運動神経でくるくるバク転するシーンのアホらしさに笑ってしまいます。

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宇宙船をイメージしたような大きな帽子、なんて冒険ファッション!!

 

キム・ベイシンガー演じるセレスタたち宇宙人は、人類の遥か先を行く文明を持っているらしいのですが、合理性を突き詰めた結果、性行為もしなければ食事らしい食事もせず、感情というものをとことん排除したのだといいます。

でも身体のつくりとかはほぼ人間と同じという謎…。

ティーブに取り入るため急接近するも、キスが分からない!というので、参考映像を横目に見ながら、やたら長いキスシーンを演じる場面が、滑稽すぎる。

セックスの前には相棒の〝謎のカバン〟が学習のためとアダルトビデオをポンポンと口から吐き出す…ナイスですね!

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本番なぜかセレスタにだけ吹きかかる謎の風(笑)。

 

相手役のダン・エイクロイドもさえない科学オタク感が漂っていてハマり役。

奥さんを亡くして、13歳の娘&ワンちゃんと3人暮らしの子持ちパパという設定も、ガツガツした恋愛ドラマに寄せてなくていいけれど、出会って1日で結婚を決意してしまうのはどーなんだろう。

でも本作の邦題は「My Stepmother is an Alien」。

キム姉さんと娘ちゃんの交流もちょっとあって、ほっこり。

娘役のアリソン・ハニガン(バッフィーのウィロー)がまた素朴で可愛くていい子!!

 

キム・ベイシンガーにとってはセクシー路線を求められてばかりのキャリア期だったのかもしれませんが、いやらしくない、不思議と母性を感じるエロス??です。

元々ウィノナ・ライダーがやるはずだったという「バットマン」のヒロイン役も、あの根暗バットマンを受けとめる姉御肌っぽさがよし、原作のキャラ設定よりずっと年上だけど起用された「LAコンフィデンシャル」のリン役もトラウマ抱えた刑事たちを包み込む母性的な美しさが光っていました。

 

本作では衣装をみるのも楽しく、何着てもサマになってて綺麗!!

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ボブ丈のベールが宇宙人っぽさを演出!?ウェディング・ドレス姿も可愛い。


ティーブと恋に落ちたセレスタは無事再実験を成功させるも、ボスの長老たちが地球を危険視し滅ぼそうかと検討しはじめますが…地球の素晴らしさを伝えようとダン・エイクロイドの「サタデー・ナイト・ライブ」な物真似が炸裂!!危機感ゼロのどこまでもゆるい雰囲気にほっこり。

宇宙人たちの文明は調和のとれた争いがない世界というけれど、それはそれで色んな楽しみを破棄したものなんですね…なんか深いような…。

馬鹿げた面倒なことやぶつかったりもあるからこそ人生は楽しいんだ!!と不思議とすべて肯定されたような気持ちになる、能天気だけど心癒される作品です。

 

 

「デスレース2000年」…モラルガン無視の超B級映画、なぜかカッコいい…!!

今だと絶対つくれないであろう、モラルもへったくれもないトンデモ設定のカルトSF。

低予算の超B級もいいとこなのですが、1周まわってイカしてみえるというミラクルな1本。

ときは西暦2000年。
大衆は大陸横断レースに熱狂していたが、なんとそのレースは走行中に人を轢き殺すことで、ポイントを加算していく死のレースだった…。

大丈夫か、この設定…。

しかも女性、子供、老人はポイントが加算されるという超鬼畜ルール。

アメリカ連邦なるものが世界を統治しているディストピアな未来設定で、まるで教祖様な大統領はどこまでも胡散臭く、レース実況をするテレビアナウンサーたちも狂ったようなハイテンションです。

 

そして肝心のレースはスーパーカーが登場してすごいアクションを繰り広げるのかと思いきや…


デデーン!!

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なんだこの田舎のヤンキーが頑張って改造したみたいな出来栄えは!?

しかしこれがダサいようで1周回ってカッコよくみえてくる…!!

 

競い合うチームは全5組、車も乗り手も皆それぞれキャラが立っていて…

カウガール、カラミティ・ジェーンの乗る牡牛号は牛を形どっていて、尖ったツノが威嚇的!!

ローマ時代のコスプレ野郎、暴君ネロが乗るライオン号は金ピカっぽく派手め。

ナチス娘のマチルダが乗る誘導爆弾号は、まさに爆弾詰んだミサイルのかたち…色々怒られそうなヤツ。

そして注目株・マシンガン・ジョーを演じるのはなんと「ロッキー」前夜、若き日のスタローン。

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車は突き刺すナイフに両サイドは銃というアホみたいなデザインがカッコいい!!

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しかしこのスタローンはなんとライバル役で、主人公はフランケンという過去レースで優勝しまくりの伝説のドライバー。

その名の通り、身体はレース中の事故によりつぎはぎだらけになっていて、顔半分を失ったらしいのですが… マスクをとると…

デデーン!!

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こういうアニメ的キャラはマスクとったらイケメンっていうのが定石じゃないんでしょうか…しかしこのビミョーな感じがまたたまらん。

フランケンの相棒として同乗するのはアニーで女性陣は可愛い子多め。

 

レース休憩地点では皆で全裸マッサージを受けるという謎のエロサービスシーンがありますが、忘れられないのは、フランケンとアニーが2人部屋でダンスするシーン。

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黒パンツ一丁のフランケン、キャラダインのちょっとたるんだビミョーな身体つき、未来感ゼロのただの広い部屋…と別に笑わせに来てるシーンじゃないはずなんですが、爆笑してしまいます。


果たして5組の誰が優勝するのか…というのが大筋ですが、レースシーンは意外にも迫力たっぷり。

早回しで見せているだけのところも多いですが、時折コミカルなプログレっぽい音楽もキマッていて疾走感があります。

轢き殺すシーンはちょっとスプラッタだけど、そんなに気持ち悪くないし、どこまでもゆるーい感じ。

そもそもこのレースの日に外出する人がいるのか、という疑問が湧いてきますが、この面々も非常に工夫されていて、飽きさせません。命知らずのバカはどこにでもいるんですねー。

そして安楽死デー、なんて不謹慎なんだ!!


さらにはこのデスレースに反対するレジスタンス勢もあらわれて、撹乱していくのがまた面白いです。

低予算映画だから背景の群集が紙芝居みたいな絵に切り替わったりするビックリなシーンがあるし、ひたすらアメリカの田舎道ばかりというロケーション…

それでも各キャラクターの狂った感じからディストピアの雰囲気はしっかり伝わってきて、この辺のセンスは「未来世紀ブラジル」にも負けてないかも!?めちゃくちゃなのにSFらしさがちゃんと成立しているのがスゴイです。

 

以下、ネタバレ全開でオチまで語ってしまうと…

 

 

なんと主人公・フランケンは実はその中身がこれまで何度も入れ替わっている、政府が用意したマスコットキャラのような存在でした。(闇が深い!)

しかしこの何代目か分からない今年のフランケン、レジスタンスと似た志をもっていたのか、反逆精神をもって最後に大統領を殺してしまう。

大衆の絶大な支持を得たフランケンが次の大統領になるも、今後デスレースは一切禁止するという。

「しかし閣下の人気は暴力が築いたものでは?」

「競争と殺戮はアメリカの文化だぞ。暴力のどこが悪い?」

どうした!?急に真面目か!!とツッコミたくなるメタ的社会派メッセージにポカーン。

民主化を進めるはずの次のトップもまた異端者を暴力で排除するという皮肉なエンディングを迎えます。

 

この「デスレース2000」は1975年の作品なのですが、時期的にはベトナム戦争終結の年。

アメリカは暴力で力を得てきた国、テレビメディアの圧倒的力…そういうものをシニカルな目線で描いた意外に社会派な作品なのかもしれません。

エンドロールには「暴力と人間」いう哲学思想みたいなのが流れてくるんですが、全体的になんか雑…もっと丁寧につくるか、とことんアホなまま終わるかどっちかにしてくれ、とラストは賛否が分かれそうですが、勢いだけで強引に終わる感じ、自分は嫌いじゃないです。

 

プロデューサーはB級映画の帝王と呼ばれるロジャー・コーマン

監督は光るカルト映画をたまに撮っているポール・バーテル。

フランケン役はその生涯で200本の映画に出演したといわれるB級映画界の重鎮!?デヴィッド・キャラダインですが、自分は再放送でみた「燃えよ!カンフー」のケインが大好きで、キャラダイン映画を追いかけて観たのがこのデスレースでした。

dounagadachs.hatenablog.com


「燃えよ、カンフー!」も「デスレース2000年」も今だとあちこちから怒られて絶対に撮れない作品じゃないかなあ。

自由すぎる70年代の空気感に酔える、不思議な魅力の1本です。

 

「レベッカ」(原作)…レベッカも怖いけど、主人公夫婦2人も怖い

ヒッチコックのハリウッド進出第1作目で、ヒッチコック全作品中、アカデミー賞作品賞を唯一受賞している「レベッカ」。

レベッカ [DVD]

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  • 発売日: 2011/02/16
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両親のいない天涯孤独の身の「わたし」は、付添人という仕事に就き、貴夫人にこき使われていたが、大富豪の男性、マキシム・ド・ウインターに見染められ、結婚する。

優雅な邸宅マンダレイに越したものの、そこには美貌の先妻レベッカの存在が色濃く残っていた…。

 

映画は白黒の映像にて大邸宅が映し出されるのが何ともミステリアスで、ジョーン・フォンテインの儚げな美しさもぴったり…と、よく出来ているのですが、あとから原作を読むと本の方が面白いなあと思いました。

原作者のダフネ・デュ・モーリアは、他には「鳥」「赤い影」も映画化されていますが、ダークな作品が多い印象です。

 

最後まで決して名前が明かされることのない主人公の「わたし」…。

給仕してくれる人にさえ気軽にモノを頼めず、自分の悪口大会を脳内で想像してしまうようなネガティブ思考の女性で、人によっては読んでいてイライラするかもしれません。

でもあらゆるところに気を配る主人公だからこそ、些細なやりとりの裏に何が隠れているのか…と一緒に疑いだし、その緊張がヒリヒリするように伝わってくる…極上のミステリといっていい、語り口が本当に魅力的な小説です。

 

マンダレイに行ってからは、生活の勝手が全く分からない中、使用人たちから「前の奥さんのときはこうでした」などと言われてばかり…部屋やお庭も全部先妻レベッカの趣味で整えられたとのものだというから、その居心地の悪さ、想像しただけでいたたまれなくなります。

旦那が事前に色々教えてくれてるか、間に立ってくれるかしてくれればいいけど、そんなことは一切ない(笑)。

そしてレベッカは、社交的でもてなし上手だったというから、内向型人間として劣等感を抱く気持ち、すごくよく分かるー!!

親戚の集まりやらパーティー、お宅訪問とぎっしり予定があって、優雅な貴族の生活も大変そう…21歳の若さでこれまでの人生と全く違う生活習慣の人たちの中に入っていくのは物凄いプレッシャーでしょうね。

 

さらにはレベッカを崇拝していたという家政婦長、ダンヴァース夫人が登場。

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映画の女優さん、迫力あって怖かったー!

「なんでオマエ如きがあの奥様の後釜なんだよ」という悪意ある仕打ちをビシバシ受ける。

落ち込んでても夫は無視、到底愛されてると思えない、結婚は失敗だった…と沈みこむ主人公。

しかしレベッカの乗っていたボートがある日突然発見され、驚愕の事実が明らかに…!

 

なんと夫・マキシムがレベッカを殺害して海に沈めたのだと告白。

原作では明らかな殺意で撃ち殺したことになっていますが、映画では、たまたまレベッカが倒れて頭を打ってしまった…という事故死みたいな感じに改変されています。

でも前の台詞で「私は怒りで我を忘れた。殴ったんだろう。」とローレンス・オリビエが言っているので、絶対殺してるとしか思えない…。都合よく記憶変えて嘘ついてるんだとしたらこの夫かなり怖いな。

 

しかし主人公はその非も受け入れて、夫を庇い、以前よりも逞ましい女性へと変わっていきます。

世の中には、自分自身で張り巡らした内気とか遠慮とかいう蜘蛛の巣を払いのけることができず、自分の不明と愚かさとから、真実をかくす大きくゆがんだ壁を自分の前に築き、そのために悩む人や、いまだに悩みつづけている人が、どんなに多いだろうと、わたしは思った。

わたしのしてきたことは、そのとおりだったのだ。  

こういう繊細な内面に迫る文章が読んでいて本当に引き込まれる。

マキシムはレベッカを愛していなかった/わたしはレベッカに勝っていた…という事実を知って、自分のネガティブ妄想まちがってたわー、と一気に自信を持つのですが…同時に倫理観も全て捨てて自分を認めてくれた夫に執着してしまうのですね。

夫婦ってこんなもんなのかなあ…原作読むと主人公もなかなか恐ろしい女です。

 

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死んだレベッカを敵にして急に結束する夫婦。

 

夫のマキシムは、そもそも主人公との結婚自体、

・屋敷に1人きりでいるとレベッカを殺した罪を思い出すから代わりに新しい妻をおいて空気を変えたかった
・次の結婚相手はレベッカと180度違う大人しい自分の言うことを聞きそうな女を選ぶ

というエゴが透けてみえるようで、身勝手な冷たい男に思えます。


死体発見からレベッカの検死がはじまり、マキシムは無罪で逃げ切れるのか…とハラハラのサスペンスが続きますが、そこで浮かび上がるレベッカ像もまた戦慄もの。

余命わずかでどうせ死ぬなら旦那を激昂させてわざと自分を殺させる…「ゴーン・ガール」のエイミーみたいなやり手だなー、浮気しまくりで性格最悪だったみたいだけど、なんか旦那も残念っぽいので、ちょっとだけそのガッツを尊敬してしまうなー。

 

ショックなのは病気のことを何も知らされていなかったダンヴァース夫人。

映画だと悪魔の手先みたいでしたが、原作だとレベッカを思い出して泣きじゃくる場面があったりしてもっと人間臭い感じがします。

レベッカもダンヴァース夫人もその性格はさておき何でもこなす優秀な人だったみたいなので、特になんの技量もなくのほほんと生きてる上流層(マキシムのような男性)を「けっ、なんだよ!」と馬鹿にして気が合ったんじゃないでしょうか。

館に火をつけてしまうラストは同じで、ここは「あの2人がレベッカの亡き後幸せに暮らすのが許せない」という嫉妬の感情みたいなのかなあと思っていましたが…

 

原作を読むとこのダンヴァースさん、本当にレベッカのことが好きだったんだなあ、レベッカが小さいときから面倒をみてたというけど母性は全く感じない。崇拝というよりはむしろラブを想像してしまう。

自分が実はレベッカに打ち解けられてなかったことがショックで、元カレとか好きだった人のもの全部捨てたい感覚で火を放っちゃったのかしらね…なんて煩悩にまみれた見方かもですが、そんな風に思いました。


映画は何となく、レベッカ&ダンヴァース夫人が悪で、その闇を振り払った2人が館を失いつつも結ばれるというロマンス度高めなストーリーとして完結している印象。

対して原作は冒頭から「生き残った2人の現在の夫婦生活を描く」という構成になっており、下巻ラストを読んだ後、必ずまた最初に戻りたくなってしまいます。

生き残った2人は人目を避けて外国のホテルで静かに暮らしてるけど、旦那は覇気がなくもぬけの殻。

主人公は以前より図太くなったけど夫にだけ尽くす人生に明らかに退屈しているという様子。全く幸せにみえないのがまたなんとも…

 

「昨夜、わたしはまたマンダレイに行った夢をみた。」

穏やかな暮らしを手に入れてもあの邸宅のことを主人公は忘れられない…嫌な思い出の場所なのかと思いきやマンダレイに恋焦がれている…。

もし館が燃えなければ自信をつけた主人公が自分の「巣」として色々改造していたんでしょうがそれも叶わず…館の女主人になれなかったという点ではレベッカと彼女を愛したダンヴァースの勝利なのかも!?と妙な余韻がのこります。

 


映画は原作に比べると暗さ控えめな印象ですが、でも相当な分量の内容を130分に綺麗にまとめて、上品で飽きさせず面白い。

ヒッチコックアカデミー賞について「プロデューサーのセルズニックに与えられた賞」と語ったそうで、確かにこれがヒッチコックの代表作、No.1とはならないなあと思うのですが…

ヴァン・ホッパー夫人をシニカルかつコミカルに描いているユーモア、主人公男性の独特の冷たさ、なんとなく主人公男性に性的不能を感じる点…など後年の代表作にも続くヒッチコックらしさは随所にあるのかなあと思いました。

 

それにしてもジョーン・フォンテインが美しいので、彼女を不美人扱いできるレベッカってどんな女性だったんだよ!!と思ってしまう。

レベッカは黒髪の美女だったらしく、ローレンス・オリビエつながりで、ヴィヴィアン・リーが頭に浮かんできました。

 

レベッカ (上) (新潮文庫)

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レベッカ (下) (新潮文庫)

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 (本文抜粋部分は「レベッカ新潮文庫 デュ・モーリア/大久保康雄訳より)

 

「女相続人」…条件付きの愛で人間不信に陥る女性

ヘンリー・ジェイムズの原作をウィリアム・ワイラー監督が映画化。

1949年アカデミー賞に8部門ノミネート、「風と共に去りぬ」のメラニー役の印象が強いオリヴィア・デ・ハヴィランドが主演女優賞を受賞しています。

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観終わったあと暗澹たる気持ちが残りますが、心理サスペンスともいえる登場人物のやりとりにドキドキ…すごく面白かった。

展開する父娘の愛憎劇は古さを感じさせず、普遍的な親子のテーマの1つかと思いました。

 

1800年代半ばのニューヨーク。
裕福な医者の娘・キャサリンは内気な性格。
社交パーティーの場に出かけても、誰とも打ち解けられずでしたが、ある日若くハンサムな男・モリスが急接近、彼女に交際を申し込みます。
舞い上がるキャサリンに対し、父親は断固結婚を反対しますが…。

子供の結婚相手について親がとやかくいうことじゃない、と思うのですが、相手がどうみてもお金目当ての男で、娘が不幸になるのが目に見えてるというなら止めたくなる気持ちも分かるかなあ…。

でも娘が幸せかどうかは本人にしか分からないことだし、そういう男を選んでしまう〝目〟しか育てられなかった自分の子育てを胸に問う場面なのかもしれない……なんて思っていたら、この父親・オースティンもかなり曲者だということが分かって、話が二転三転していきます。

 


◆条件付きの愛しかみせない父親

「妻は美しく華やかな女性だった。なのに娘は…」

オースティンが、亡くなった妻と娘を比較して劣っていると見下しているかのように話すシーンがあります。

娘の前で「お前はダメだ」と直接罵るようなことはしていなかったみたいですが、あのキャサリンの自信のない&流されやすい性格は、肯定されずに育ったがゆえのもので、その一方で子供の力を信じられず過保護に育てすぎたために世間知らずになってしまった…そんな風にみえてきます。


父の説得をのまず、何としてもモリスと結婚しようとするキャサリンに、オースティンは言ってはいけない残酷な言葉、本音をぶつけてしまいます。

「信じたくないだろうが、お前は何ひとつ取り柄のない人間だ。」

だからあの男はお前の金しかみてない、結婚はやめろ…と。

キャサリンが本当にいいところが1つもない人間かというとそんなことはなく、優しく誠実な内面を持っているし、刺繍の腕前も凄い特技だと思うのですが、父親の目にはそれは些末なことにしか捉えられず、全く評価しようとしない。

 

途中、オースティンがモリスの身辺調査がてら彼の叔母を呼び出した際、

(モリスを)「我が子のように長所も短所も受け入れています。」

と語る場面がありましたが、キャサリン親子にはこういう基礎的な信頼関係が欠けていたのではないでしょうか。

幸せに生きていくために子供には多くの美点を持っていて欲しいという願いはわかるのですが、彼女本来の姿を完全に拒絶しての親子関係、エゴだなあと思います。


「奥さんを美化しすぎてるわ。」とオースティンが親戚にたしなめられる場面もありましたが、亡くなった妻にだって欠点もあったろうに、いい思い出だけがのこってしまっている…都合の良い忘却も痛々しくうつります。

町の人から慕われるお医者さんで、他人の本質を見抜く賢さを持った立派なお父さんなのに、案外近くにいる家族のことが1番みえにくいのかもしれませんね。

 

キャサリンは自分がオースティンから全く認められていなかったということにショックを受け、一転して父親を拒絶してしまいます。

 


◆恋人モリスも薄情な男

しかし残念なのは父親だけではなくて、恋人モリスも中々ひどい男。

駆け落ちを約束したにもかかわらず、父親との決裂を知ったモリスは、手にする遺産が大幅に減ると踏んで彼女を裏切って逃亡…。

モリスの気持ちはあやふやな描写になっていて、愛する人が自分のために遺産を手にできなくなるのが嫌だったから身を引いた」とあとから言い訳して再登場しますが…いやいや絶対嘘でしょ、とその面の皮の厚さにドン引きです。

 

モリスが父親不在の際に家を訪れたときの態度は、勝手極まり、まるで品定めでもしているようで、この家を自分のものにしたいという欲が漏れ出ているようでした。

「父親の遺産を継ぐ女性」という条件なくしてはキャサリンを愛せない男。

 

そうすると父・オースティンの、結婚に反対する気持ちも分かるはずなのですが…
このお父さんの場合、モリスへの調査も金遣いという1点に終始していて、「娘が不幸になるのが嫌だから反対している」というよりも「自分の財産が気に入らない男に渡るのが許せない」というお金への執着がにじみ出てきました。

結局男2人の金の取り合いにも思えるから恐ろしいドラマです。

 


◆人間不信に陥った主人公の結末

愛していた父と恋人に裏切られたキャサリンは、極度の人間不信になり、他者を拒絶するようになります。

オリヴィア・デ・ハヴィランドの顔つきが完全に変わってしまっていて、前半と後半の豹変っぷりがすごい…。

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穏やかな表情が…

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こんな険しい顔に。


奇しくも以前より理知的で美しくみえるのですが、まるで周囲を憎んでいるようです。


結局父・オースティンとは和解せぬまま死別し、モリスが再び彼女を訪れやり直そうと提案するも、見事な復讐でそれを拒みます。

お金もあるし、趣味もあるから幸せな人生となればいいけれど…

でも彼女がモリスに未練はあるのは明らかで、多分この先新しい恋をすることもなく、他人に心を閉ざしたまま、父親と同じ部屋で死を迎えるのかな、というところまで予期させる、バッドエンドになっていました。

 

「どうやったら幸せになれたのよ!?」と鬱な気持ちだけが残るのですが、やっぱり最初にお父さんがモリスとの結婚を認めていたら… 金遣いは多少荒くて浮気もするかもしれないけど、それでもキャサリンは盲目的に彼を愛して幸せでいられたのかもしれません。

 

短い場面ですが、「お父さんが死際に会いたいと言っている」と使用人がキャサリンを呼びに行ったものの、彼女がそれを無視するシーンがとても印象的でした。

父親の方をあえて全く映さないという演出で、より想像がかき立てられて何とも悲しい気持ちに…。

親の最期は看取るべきとか最後には分かり合えるとか、そんなことは思わないけど、キャサリン自身見送っておいた方が楽ということはなかったのかなあ、父親はこういう人だったと諦めてきちんとお別れしておいた方が気持ちに踏ん切りが付いたんじゃないかなあと、色々思ってしまいました。

 

不信感と憎しみだけが残ってしまったキャサリンのその後の人生はどうなったのだろう…観終わったあとも思いが巡ります。

暗いけれど見応えたっぷりのドラマでした。

 

「雨に唄えば」の宝塚歌劇の再現度が素晴らしかった

雨に唄えば」といえば…アメリカ映画協会が選んだベストミュージカル映画1位にも輝く1952年の色褪せぬ名作。

元気の出る映画で自分もこれまで何回もみている大好きな作品です。

こういうミュージカル作品、ストーリーはシンプルであってないようなモノ、って場合もあるけど、「雨に唄えば」はお話もめちゃくちゃ面白いんですよね。

サイレントからトーキーに時代が移るハリウッドのバックグラウンドを知る面白さ、人気俳優がこの変化の中で生き残りをかけるというドラマ。

そして何と言ってもミュージカルの大スター、ジーン・ケリーの躍動感溢れるダンスが見所ですが…

主演のジーン・ケリーだけでなくこの映画を観るまでは名前も知らなかったドナルド・オコナーという助演の俳優さんもすんごい芸達者で、2人の切れ味抜群のタップダンス、初めて観たときは本当に衝撃でした。

 

そんな大好きな「雨に唄えば」…先週末、宝塚歌劇団が舞台化したものが宝塚専門チャンネルでオンエアされていて鑑賞することに。

宝塚好きなのか、っていうと全然そうではなく…旦那が前から「銀河英雄伝説」の宝塚版を観たいと言っていてチェックしてたらしいのですが、銀英伝ないけど雨に唄えばがやってるから観たいということで、お試し登録してみることに。

正直かなりの期待薄、あの神映画はどうやっても再現できないのでは…と思っていたら、映画と比較しても全く嫌な気持ちにならない、予想以上の再現度にびっくりしました。

観劇のポイントとかも全く知らないズブの素人ですが、すごいと唸ったところをひたすら呟いていきたいと思います。

 

※鑑賞したのは、2008年の宙組公演です。

 


◆オリジナルへのリスペクトがハンパない

まず感動したのは、ストーリーを全くカットせず、台詞もほぼ完コピと、オリジナルを忠実に再現する脚色だったことです。

メインの登場人物だけでなく、冒頭映画のプレミアシーンで登場する脇役キャラたちでさえ全くカットせず、衣装から舞台装置に至るまで何もかも映画に似せていました。

作品の中で上映される映画の場面も、あらかじめ別撮りしたものをプロジェクタで上映、フィルムのカラーや質感も当時の映画の雰囲気を出すというこだわりっぷり。

 

ダンスに関しては、もちろんジーン・ケリーたちのような踊りをみせているわけではなく…ステップの数も少なく、激しい動きの部分は相当カットされていたけど、歌劇の人たちの動きのキレのよさ、優雅さに魅せられ、とにかく楽しそうに踊っているところに「雨に唄えば」らしさが感じられました。

 

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こういうバイオリンのような小物をそのまま使っているところも観ていて嬉しかった!!

 


◆コズモがイケメンすぎる…!

雨に唄えば」の中で1番魅力的ではないかと思う、ドナルド・オコナー演じる、主人公の親友役コズモ。

映画では愛すべき3枚目キャラですが、宝塚版は超イケメン!!

コズモに限らず出てくる男役の人がもれなく麗しいオーラの人ばかりなので、「どこだよ、コズモは!?」と序盤は区別がつかなかった(笑)。

コズモがドンを元気付けようとセットのあちこちを移動して歌い踊る「Make’EM Laugh」のシーンは映画のハイライトの1つで、初めてみたときには、もう目が点になるくらい、すごすぎる!!と感動したシーンですが、ここもカットせずに再現。

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コズモのように床蹴ってバク転したり、パントマイムのような技巧をするところはやっぱりなくなっていますが、その分、セットの方を動かす形でかなりオリジナルに近づけていて、深い愛を感じました。

 

◆リナ役が素晴らしかった

もう1人、「雨に唄えば」という作品で輝きを放っているのは、どこか憎めない悪女役リナかと思います。

黙っていれば美人、しかしひとたび喋るとその悪声にみんなうんざり、トーキー時代到来に女優生命の危機が…と気の毒ではあるんだけど、性格に難ありの大女優。

あの声と喋り方を再現するのはかなり大変そうだなあと思ったのですが、仕草、顔の表情、どこをとっても完全にリナ!!という見事なリナが登場。

リナ役を演じていたのは北翔海莉さんという元星組トップスターだった人のようで、普段は男役を演じてる人が異例で女性役にチャレンジした…ってすごい芸域の広さですね。

時々ドスのある低音をわざと出したりして、そこも笑いに変えていたり、途中映画にはないオリジナル曲まで披露…リナの哀しさまで伝わってきてそこも含めて魅せられました。

 

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映画のジーン・ヘイゲンも地声は穏やかで、演技であの声を出していたというからビックリです。



◆語感を大切にした日本語訳

ミュージカルの日本語歌詞って、ディズニーの吹替とか聞いていてもダサいなあと思ってしまうことが度々あって、コズモの♫Make’EM Laugh が ♫笑わせ〜 という訳だったのは、もうそこは英語のままにしてよ、と思ったのですが、発声訓練のシーンはオリジナル愛を感じるものになっていました。

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♫Moses supposes his toeses are roses~とリズムよく話し歌う場面。


ここを、♫申せず、サボれず、人知れずは労せず、申せず、サボれず、休みが好き~という歌詞にアレンジ。

意味は分かりにくいけど音の響きの楽しさを近づけてくれてるところがいいなあと。

リナの特訓場面の、Can't の部分は、出来なーい→出来にゃーい とベタべタな日本語訳だったけれど、ここも笑わせてくれました。

 


◆雨も降らせる驚愕の舞台装置

宝塚歌劇とこの「雨に唄えば」のクラシックミュージカルの世界観は相性が抜群にいいのか、後半のブロードウェイメロディーのパートも、夢の世界って感じがしてかなり映画に近いイメージ。

しかし舞台装置で1番びっくりしたのは、あの名場面で雨を降らせたというところです。

2幕構成だったこの宝塚ミュージカル、この場面を1幕の終わりに持ってきてたので、インターバルのあいだに濡れた床全部拭いたんだなーと思うのですが、雨まで降るとは思わないとビックリでした。

 


全然歌劇知らない自分用に、とりあえず主要のキャストさんをメモすると…

・ドン役・・・大和悠河
・コズモ役・・・蘭寿とむ
・リナ役・・・北翔海莉
・キャシー役・・・花影アリス

大和悠河さんのドン、ジーン・ケリーのドンと違って若々しい少女漫画の王子様みたいな雰囲気のイケメンでしたが、甘さ倍増で夢の世界に連れてってくれる感じ…これはこれでいいなあと(笑)。

『雨に唄えば』 [DVD]

『雨に唄えば』 [DVD]

  • 発売日: 2008/10/05
  • メディア: DVD
 

みなさん美しく、きっと映画を何回もみてすごい稽古されたんだろうなあと想像してしまいました。

 

もう映画と比較するという目線でのみの鑑賞になってしまいましたが、とにかく観てて楽しく、テレビでみてこんなだから生はもっとすごいんだろうなあと思います。

宙組以外の「雨に唄えば」もあるようだし、各組の特色や、原作との相性、演出家の違いとか、掘り下げたらすんごい深い世界が広がっていそうな…。モノによってはそれこそ銀英伝のように元がミュージカルでないものをミュージカル化した作品もあるだろうから、どんなのか気になりますね。

元の映画の素晴らしさも蘇ってくるような愛を感じる再現度にうっとりでした。

 

筒井康隆「七瀬」シリーズ、3作それぞれ異なる面白さ

人の心を読むテレパスの設定は、映画や漫画でもよくある設定の1つだと思いますが、筒井康隆の「七瀬」シリーズは、人の思考が括弧でくくられた文章で迫ってくるのがまず新鮮で面白くて、夢中になって読みました。

自分が手に取ったのは「七瀬ふたたび」からでしたが、前作を知らずとも楽しめ、その頃観たブライアン・デ・パルマ監督の「フューリー」という映画とイメージが重なって、テレパスがもし自分の周りにいたらどんなだろう、自分に超能力があるならどの能力がいいだろうか…などと厨二的妄想にも耽っていました。

同じ人物を主役に据えた全3作のシリーズ。

ジャンル的には別個といってよい、全く違う切り口でみせてくるところが〝七瀬〟のすごいところだと思うのですが、各作品、少し振り返ってみたいと思います。

 


◆家族ハ景 

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

大人になって読むと圧倒的傑作はこれじゃないだろうかと思う1作目。

18歳の七瀬は、自身のテレパス能力を隠すため、住み込みのお手伝いをして各家庭を転々として生きている…そんな設定で8家族の情景が描かれるのですが、SFというよりも家族の日常ドラマの中で展開される鬱屈とした人間模様が圧巻です。

 

8編どれも印象的ですが、「水蜜桃」の桐生家の父親は、いかにも〝高度経済成長期の日本のお父さんの一悲劇〟という感じがして、結末の残酷さも含めて気の毒にも思えてしまいました。

早期定年退職した父親・勝美が家にいるのを、妻も子供も疎ましく思っている…。本人は社会から疎外されたと感じている…。

簡単に父親を無下にする家族の冷たさも嫌なものには違いないのですが、このお父さんの方も、子育てに何の関心もなくこれまで家族と上手くコミニケーションをとってこなかったんじゃないかなあ、と自業自得の部分もあるように思えてしまう。

その上趣味がないというのが致命的なところで、しかし人一倍性欲は強く、他のことで発散できないままストレスを抱えていく…。

年重ねたとき、読書でも工作でも何でもいいから1人で時間を過ごせる趣味があるか、あるいは地域に知り合いがいて家庭以外でも過ごせるかどうか…老齢期を快適に過ごすのに明暗を分けるポイントの1つなのかなあ、などと思ったりするのですが、仕事以外何もなくて自我の危機を覚える父親…。

あくせく働くことだけに邁進した結果、思わぬ落とし穴にはまる父親像がリアルなものにうつりました。

 

夫婦の不貞も当たり前のように描かれますが、世間体や完全な崩壊を恐れて向き合わず、見てみぬふりしたりする…そうして家庭がさらなる不和に陥って、余計に外側に居場所を求めるという負のスパイラル。

2組の夫婦が、お互いお隣さんの伴侶に欲情する「芝生は緑」もユーモラスながら毒舌極まっていて強烈な印象をのこしますが、浮気相手を真剣に好きになる純愛なんてものじゃなく、ただ自分はまだイケる!って存在証明したいがためのエゴだったり、マンネリへの危機感からの打算だったり、とんでもなくドス黒いです。

自由や体力が年々減っているように感じる不安みたいなものは、大人になって共感する面はあるんですよね…。家族の鬱ドラマってだけじゃなく、中年のアイデンティティの危機みたいなのの描き方がエグいなあと思います。

 

七瀬は主役と見せかけて、狂言まわし的存在ですが、続編に比べても〝強い超能力〟としてテレパス設定が誇張されておらず、他者の気持ちを敏感に察する人という身近な存在にもうつって(まさに「無風地帯」のお母さん)、そういう人が1番疲弊して壊れていくというのも怖いですね。

1編くらい幸せな家庭もみたかった気もします(笑)。

 

 

◆七瀬ふたたび 

前作から打って変わって、ライトノベル感の漂う1作ですが、子供の頃に読んでもバツグンに面白かった…!!

七瀬ふたたび (新潮文庫)

七瀬ふたたび (新潮文庫)

  • 作者:筒井 康隆
  • 発売日: 1978/12/22
  • メディア: 文庫
 

20歳になった七瀬は同じ超能力を持つ仲間と出会うが、やがて超能力者たちを排除しようとする組織に命を狙われ、血みどろの戦いがはじまる…。

冒頭からはじまる予知能力者の心を読んでの列車事故予測と回避、悪しき透視能力者との対決など、読んでいて視覚的なイメージが強く脳内で再生されるのが“ふたたび”の特徴かと思います。

エンタメ一辺倒かと思いきや、能力者という本来強者であるはずの人間が社会に溶け込めず、少数派の弱者として駆り立てられていく様子は鬼気迫っています。

 

そして、前作で家庭というものにとことん絶望したはずの七瀬が、血のつながりのない超能力の仲間と擬似家族めいたものをつくっていくのですが、メンバーがまた皆それぞれ魅力的。

なんかいいなーと好きだったのは予知能力者の恒夫。

七瀬に恋したけど、心を読まれたことが辛くて怖くて近づけない。遠くから見守って助けの手を差し伸べてくる…っていう姿にドキドキ。(再映像化するなら窪田正孝希望) 

何人もの男に脳内で服を脱がせられる…っていうどんだけーな美人設定の七瀬、恒夫も七瀬とは1回しか会ったないのに完全に顔だけやん!って思うんですが、でも、それまでの人生ずっーっと超能力持ってるのは自分しかいないって孤独感抱えてて、初めて会った仲間が超美人なら惚れてしまうのかも!?

1章のラスト、急に手を振り返す恒夫がどんな思いだったか、想像するとすごく切ないです。

 

もう1人、藤子という女性キャラクターも七瀬と違った優しい感じがして魅力的ですが、彼女の時間遡行能力の捉え方というのがまためちゃくちゃ面白かった。

時間遡行をしてAの出来事を打ち消して違う未来に突入した場合、Aの世界線ではトリップした藤子の存在は不在となったままになる。

 「時間遡行することで多元宇宙を発生させてしまう」という発想…深く考えようとしたとたん頭痛がしますが、パラレルワールドの設定に意識して触れたのもこの作品が初めてだったので、凄いしなんか怖い!!と驚嘆でした。

 

ラストの展開もまた壮絶で、七瀬が「どこかの世界線では皆んなで幸せに暮らせてるかもしれない」と思いながら生き絶えていく部分は、救いにハッピーエンドを残しているのかな、と能天気に思っておりましたが…改めてみると七瀬の幻想的な願望にしかみえず完膚なきまでのバッドエンドですね。

1作目よりドラマ要素は遥かに低く、エンタメに大きく寄せた感じですが、めっちゃ面白い映画を1本みたような満足感で、何度読んでも飽きないです。

 

 

◆エディプスの恋人 

2→1と読んでから、大分間が空いて手にとったのが良かったのかどうか…SF色が最も濃くスケールの大きすぎるストーリーに整理が追いつきませんでした。

エディプスの恋人 (新潮文庫)

エディプスの恋人 (新潮文庫)

 

2作目のエンディングを完全にスルーしたかたちで、「高校で事務職員として働く七瀬」から物語がスタートするのは、もう七瀬っていうキャラだけを生かすことにしたのかなあ、と別物としてすんなり受け入れて読み進めましたが、それがとんでもないことに…。

 

勤め先の学校にて、ある生徒「彼」の周りで不可思議な事件が起こっているのを疑問に思い、その生徒の出自を独自に調査し始める七瀬。

雪深い村を訪れて聞き込みをするところなんかは、最近でいうと「ドラゴンタトゥーの女」っぽいというか…人の心を読める圧倒的優位な七瀬が駆け引きで相手の思念を引き出すところも面白いです。

 

どうやら既に亡くなっている「彼」の母親が、「彼」に害なすものを超能力めいたもので排除しているようだ…その力は遥かに七瀬を凌駕した、「世界を思い通りにつくりかえれる神」のようである…と気付いた矢先、いきなり七瀬が自我を失ったようにその謎の男子生徒と恋に落ちるのですが…

後半の展開はホラーと言っていい不気味さで、七瀬がこんなに気味の悪い家族に迎え入れられるなんて…前作以上のバッドエンドに叩き落とされた感じ。

 

生前の珠子がどんな人だったのかもう少し描写が欲しかった気もするのですが、
村人みんなに好かれる優しい女性で、ダメな男に惚れて献身的に支える。人の本心を見抜くのが上手く、才能ない絵描きの夫に「好きなことやっていいのよ、きっと成功するわよ。」と全肯定する。

この母性の強い女性が宇宙意志になったのち、自分の家庭に執着しまくる、と。

「神というものがもし存在していたとして、人の祈りを聞き入れるような善なる存在ではない」という世界観は個人的にはとても好きなのですが、その神の寵愛を受けた元家族2人…絵描きでありながら偽の評価を甘んじて受け入れる頼央も、「自分は選ばれた人間」と強い自負のある息子の「彼」もこれでいいの!?とどこか不気味です。

 

競争重視、孤立主義っぽい家庭像だった「家族八景」からの反省のように?母性をとことん重んじた結果、それはそれでバランスを欠いたものになった…一見優しそうで実は過保護で自由を欠いた家庭(社会)にこれからなるのでは…という作者の予見と風刺なのでしょうか。話が壮大すぎてなかなか理解が追いつきませんでしたが、すごいところを突いているような気がします。

 

ラスト、「果たしてこの世界は/自分の感覚はリアルなものなのか?」というフィリップ・K・ディック的なSFが展開するのも面白く、しかもこれを2作目と地続きの物語であったと明かすことで一気に叩きつけてくるところが恐ろしいです。

虚構世界を思い通りにつくりかえれる神とは作者・筒井康隆氏である…と、メタフィクション構造にもなっているようにも受けとれそうで、そういうところも含めて好みが分かれそうな作品。

でも最後に七瀬が鬱な家庭に向かっていくことを暗示して終わる…1周して1作目「家族八景」にかえっていくような絶望の幕引きが圧巻です。

 

単純に好きな順に並べるなら、思い出補正的なのもあって、2≧ 1 >3 かなあ。

「ふたたび」が1番テレパス設定ではあるあるな直球のストーリーな気がするけど、3作品それぞれ全く違った切り口の面白さで、きっちり繋がった物語としても成立しているのが本当にすごいです。