悪役は作品の中で1番印象が強かったりするけれど、“悪いけど魅力的な悪役”“ひたすら怖い悪役”“悪の自覚がないけど、とんでもない奴”…などなど、色々あるかと思う。
今回は、個人的に「この映画のこの悪役がスゴかった…!」と思ったものをあげつつ、好きな映画作品について語ってみたい。
「ゆりかごを揺らす手」のペイトン・・・演:レベッカ・デモーネイ
主役(悪役)のペイトンは産婦人科医の奥さん。しかし医者の夫が診察中わいせつ行為をしたと訴えられ、その後自殺してしまう。妊娠中であったペイトンはショックで流産し、2度と子供を望めない身体となってしまう…。
怒りの行く先は、最初に夫を訴えた患者・クレアへ。ペイトンはベビーシッターに扮し、一家に潜入、恐ろしい事件を引き起こす…。
作品を観ていると、ペイトンを哀れに思う気持ちも湧いてくる。夫を失い、死産した彼女の悲しみを思うと辛い。夜中にクレアの赤ちゃんにこっそり自分が授乳させて、母の喜びを体験するペイトンの表情が幸せそうで怖い。
ただペイトンは悲劇が起こる前から、あまり善い人間ではなかったのでは?とも思う。クレア一家で働いているソロモン(黒人でおそらく軽度の知的障害をもっている)への態度などを見ると、元から本質は冷たい人間だったのではないだろうか。
ペイトンの怒りは、夫が無実だと信じていたが故にクレアに向かったのか。それとも“夫がそんな人間”だとどこかで分かっていたけれど、どうしても自分の不遇が認められず誰かに復讐心をぶつけたかったのか。自分は後者な気がする。
はじめは大人しかったペイトンが少しずつ図々しくなり、家庭を乗っ取ろうとするのが怖い。悪役が主役の、よくできたサイコ・サスペンスだと思う。
「マラソンマン」の歯医者・ゼル・・・演:ローレンス・オリヴィエ
ダスティン・ホフマンの映画をみていて、ダスティン・ホフマンの印象が薄くなる…というのは滅多にないことだが、この「マラソンマン」は、悪役・ローレンス・オリヴィエの印象がぶっちぎりで強い。
本作の悪役・ゼルはウルグアイに亡命中の元ナチ党員で歯医者。とある事件をきっかけに、かつて強制収容所でユダヤ人を殺害し巻き上げたダイヤモンドを受け取ろうと、アメリカに入国する。
この映画で有名なのは、元歯医者のゼルが、ダスティン・ホフマンを尋問・拷問するシーン。“歯を引っこ抜く”というシンプルなものだが、ものすごく怖い。
ゼルは「楽しんで人を殺す人間」では決してないと思う。むしろ「自分以外の人間を利用することに執心している」「人を人とも思っていない」といった方がしっくり来る気がする。
自分が窮地に立たされても絶対に下手にでない様子からも、異常な高慢さを感じる。
ゼルがニューヨークのダイヤモンド街を訪れると、そこにはたくさんのユダヤ人がいて、かつての被害者たちと偶然出会い、「悪魔をつかまえろ!」と追いかけられる。このシーンは子供の頃にみて、とても怖かった。
ナチスものの映画ではないが、戦争時代に恐ろしい人間がいて、そういう人間が罪を逃れ、国外で素知らぬ顔をして生きていたということに恐怖を感じる。
ローレンス・オリヴィエは、イギリス演劇界の超重鎮だが、自分は彼の功績や作品をあまり知らない。でも、唯一映画「リトルロマンス」だけはみていて、「あの自転車漕いでた優しいおじいちゃんととても同一人物とは思えん…!凄すぎる…!」と驚愕…!
「ガス燈」のグレゴリー・・・演:シャルル・ボワイエ
古い作品なのだが、自分の中で、めっちゃ嫌なモラハラ男をいい感じに演じているシャルル・ボワイエがツボな作品。
主人公の女性ポーラは、結婚を契機に、ロンドンにあるかつて伯母が殺害された家に引っ越してくる。次第に夫から物忘れや盗癖を指摘されるポーラ。身に覚えのないことばかりで、ポーラは自分の精神状態を疑い、苦しむ…。しかしそれは巧妙な夫の策略であった…。
ポーラを演じるイングリット・バーグマンがとにかく美しい。両親と愛する伯母を幼くして亡くしているが、裕福な家庭に育ち、社会経験がなく、世間知らずで、人を疑うことを知らない。
そのポーラをネチネチ責めるのが、シャルル・ボワイエ演じる夫、グレゴリー。地味な細工を施しまくって、妻に「自分は精神的に不安定な存在」「病人」「弱者」と徹底的に思い込ませる。
冒頭からこのグレゴリーがろくでもない男なのは明白だけれど、シャルル・ボワイエの顔芸とも思えるほどの、うさんくささが堪らない。「なんで、こんなのに騙されるのよ~」とツッコミたくなるストーリーだが、主演の2人の演技がすごいので、ハラハラしながらみてしまう。
家族(夫婦)という近い距離でモラハラを繰り返されて麻痺すると、こんなに人間弱ってしまうんだなあ…と地味だけれど、なかなか怖い悪役だったと思う。
「007 ロシアより愛をこめて」のグラント・・・ロバート・ショウ
大好きな強面俳優・ロバート・ショウ。007シリーズの中でもダントツで1番面白い「ロシアより愛をこめて」は悪役陣が光り輝いていると思う。
冒頭から、グラントの漂う“強敵感”に強くひかれる。対ジェームズ・ボンドのためだけに訓練された暗殺集団の中でも飛びぬけて優秀な男。
「デキる仕事人がボンドを倒しにやってくる」という危機感にワクワクしてしまう。尾行、偽装をなんなくこなす用意周到さ。列車の中でのボンドとの対決は何度見ても面白い。
優秀だけれど、あくまで“傭兵”であったことが弱点でもあって、「あんなにペラペラしゃべらなければ」なんて思ってしまう。勝っていたのに惜しいっ…!
「ロシアより愛をこめて」は、グラント以外にも、№3のおばちゃんも迫力があって、なかなかカッコいいと思う。非道なだけでなく、悪の組織の”中間管理職の辛さ”みたいなのも伝わってきて好きだ。
悪い奴らなんだけれど、「優秀な組織の歯車」として働く悪役は、仕事人感が強くて、なぜかちょっぴり応援したくなってしまうのが不思議だ。
「バットマン リターンズ」のセリーナ・カイル(キャットウーマン)・・・演:ミシェル・ファイファー
ノーラン監督のダークナイトシリーズも好きだけど、自分はティム・バートン版の方がより好きで、過剰なくらいに孤独感を極めたリターンズが1番好きだ。
そしてキャットウーマン(セリーナ)は、その中でも不安定な感じがする女性だと思うが、でもそこがいい。
セリーナは、独り言が多く、家に帰ってもブツブツ1人でお話している寂しい女性だ。(ひとりぐらし、あるある)
留守番電話には母親からのメッセージがたんまり。「クリスマスなのになんで実家に帰ってこないのよ。」の伝言にイライラ。
地味で自信がなさそうだけど、本来は優秀で優しい女性のようにみえる。腹黒い上司にいいようにこき使われていたが、彼の重大な陰謀を知って、殺されてしまう…しかし、猫たちが奇跡を起こして、9つの命を得る。
リターンズの話の展開の中で、キャットウーマンの行動は、「結局誰の味方をしたいのか」「世の中の何に腹をたてているのか」支離滅裂にもみえてしまう。
本人すら、自分が何をしたいのか、分かっていない。それが分からないから辛いんだし、ただ漠然と怒りと孤独感を抱えているセリーナに共感もしてしまう。
バットマン(ブルース)に、「僕たちは同じ。人格が2つに引き裂かれている。」などといわれるものの、ブルースがブルースを主人格に/バットマンを仮面に…と2面性を保てているのに対し、セリーナは人格の境界線が曖昧だ。今までの自分が“つくってきた方”で、初めてその自分から脱却しようとしているキャットウーマンは、ペンギンの言う通り“少女”であって、大人ではないのかもしれない。
キャットウーマン(抑圧された女性)とペンギン(親に捨てられた奇形の子ども)は単なる悪役とも言い難い、社会が生み出した産物という悲劇性があるし、彼らが暴れまわって不平を訴える姿は、バットマンよりも魅力的にみえてしまう。
「ゴッドファーザーPART2」のハイマン・ロス・・・演:リー・ストラバーグ
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言わずと知れたマフィアもののゴッドファーザーシリーズ。 “全員悪人”的世界観だし、ある意味主役のマイケルが1番の“悪”なのだと思うが、個人的にはPART2で登場する、ユダヤ人富豪ハイマン・ロスの漂う”ラスボス感”がすごい。怖いおじいさん枠の悪役の中でもすごい迫力。
裏ではマイアミを牛耳っているにもかかわらず、本人は小さな居宅で、質素な生活をしている。
高齢で訪問看護などを使っており、健康チェックに余念がなく、「俺、もうすぐ死ぬし。」などと毎日言っているが、死ぬ気全然なし。
表向きはマイケル(アル・パチーノ)に協力的なのに、実はPART1でマイケルがやったことをメッチャ根にもっているというマフィアらしさ。
200分の本編の中で出番は非常に少なく、10分もなかったかもしれない。それなのに物凄いオーラと存在感があった。
演じているのがまたスゴイ人のようで、アメリカの有名な演劇学校の先生、リー・ストラバーグ。なんとアル・パチーノやデ・ニーロの師匠らしい。弟子と師匠がアカデミー賞を取り合うなんてすごい世界だ…。
個人的に「ゴッドファーザー」シリーズは、PART2が1番好きである。PART1のときは、利益を巡るマフィアの裏切り抗争で分かりやすかったが、PART2になると政治も絡んできてややこしい。「頭の良い、冷たい奴しか生き残れない」厳しい時代に直面したマイケルの苦悩が若き日のドンと対比して描かれていると思う。
ハイマン・ロスは観ていて、「こういう人がアメリカの片隅で世界を牛耳っているのかもしれない。」とリアルな感じがして、少ない出番なのに強烈に心にのこっている。
「殺しが静かにやって来る」のロコ・・・演:クラウス・キンスキー

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もう顔だけで100点満点の超悪役といってよさそうなクラウス・キンスキー。
イタリア製西部劇(マカロニ・ウエスタン)の中でも異色の作品といわれる「殺しが静かにやって来る」は、主人公がろうあ者のスゴ腕ガンマン、ヒロインが黒人女性、西部劇に珍しく全編雪景色という、印象の強すぎる作品。
その中でさらにギラリと輝くのがクラウス・キンスキー演じる悪徳賞金稼ぎである。
悪徳判事と手を組んで、村人を犯罪者に仕立て上げ、お尋ね者にし、“法の下”だというお墨付きをもらって、“人間狩り”を行う。
雪の中に死体を保存して、テキパキと回収してまわる姿からは、村人を自分の“商品”としか考えていない、彼の下衆さが伝わってくる。
西部劇には、よく決闘シーンがある。善玉と悪玉の、プライドをかけた一騎打ち。ロコはそれすらやらず、開き直って卑怯で憎たらしい。しかし自分が勝てる勝負しか絶対にしないのは、過信な輩の多い西部劇には珍しく!?分をわきまえる冷静さの持ち主ということなので、少し感心もしてしまう。
怖い悪者というより、ゲスい小悪党感の強いキャラになっているのは、クラウス・キンスキーの個性だからか、マカロニ・ウエスタンという世界観だからか。
色んなフラグをたてておいて、まさかのあのラスト。でも、現実なかなかうまく行かんのよ…と思う人間にとっては、こんな西部劇もありだよ、と思う。
「ジャンゴ」のスティーヴン・・・演:サミュエル・L・ジャクソン
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マカロニ・ウエスタンが好きなので、この映画は「ジャンゴ」の主題歌がきけるだけでも嬉しく、当時何度も劇場に足を運んだ。
そして、見る度に、サミュエル・L・ジャクソン演じるスティーヴンの役がよく出来ているなあ、と感心。
スティーヴンは、黒人を酷使する農園領主カルヴィン(レオナルド・ディカプリオ)に仕える老僕なのだが、彼自身は虐げられておらず、むしろ屋敷の中で重要なポジションをキープして“いい暮らし”をしている。屋敷の全ての黒人の中で一番地位が高く、その立場を利用し、他の黒人奴隷を虐げることで自分の地位を保っているという、実にズルい、嫌な奴である。
時代背景を考えるとこれがスティーヴンの生き抜くすべだったのかもしれない。
主人のカルヴィンは大物ぶっているが、実は何の教養もない小物。農園を実質経営しているのはスティーヴンだと思わせる描写が映画の中にある。嫌な奴だが、相当の切れ者でもあったのかもしれない。
サミュエル・L・ジャクソンの独特のしゃべり方やリアクションはコミカルさ満点で、笑わせながらも、ねっとりした悪を感じる。
最後の対決がジャンゴvsスティーヴンになっていることに、この映画の本当の良さがあると思う。
黒人対白人の戦いに終わらせず、あえて黒人側にもズルい奴がいたと描くことで、差別は誰の中にも存在し得るのだと気付かせてくれるスティーヴンは素晴らしい悪役だと思う。
ざっとあげてみると、「怖い系」の人の方が印象強いからか、頭に思い浮かびやすい。
大人気の!?「羊たちの沈黙」のレクター博士や、「レオン」のスタンスフィールドも大好きだ。
魅力的な悪役が出てくる作品、また色々書いてみたい。