改めてみてもすごいタイトル…。
障害者差別との批判が懸念されたためか、長らく国内でソフト化しておらず、コアファンは海外版DVDを購入している、といういわく付きの映画だったと思う。
しかし封印作品などと言われると人は余計にみたくなるもの。
リバイバル上映をやっていることが案外多く、自分は上京した頃、池袋の新文芸坐にて鑑賞した思い出がある。
暗くて重たい作品なのかなと想像していたが、途中大爆笑もさせてくれる摩訶不思議な作品だった…!!
1969年公開の「恐怖奇形人間」は江戸川乱歩作品の複数が原作になっていることでも有名だ。
しかし乱歩を全く知らない状態でみても面白かったし、あとから乱歩を追って読んでみても面白かった。
”好きな人こそ…”の作品だと思うが、その魅力について語ってみたい。
◆悪役・丈五郎の圧倒的な魅力!!
薄暗い、どこか退廃的な雰囲気が漂う大正時代の日本。
事件に巻き込まれた外科医の主人公が、謎の孤島に住む男・丈五郎を追う…というのが映画の大筋。本作の悪役である丈五郎は、元々は裕福な家の当主。しかし手に魚のような水かきや鱗がついているという「奇形」が生来あり、人と違った見た目のため、差別を受けてきた。
裏切りに遭い怒りが爆発した彼は、自分のように”奇形のある人が暮らせる楽園”をこの世に作ることを決める。
それは、一般市民をさらい、自分たちと同じ奇形人間に改造し、虐げるという、世への恐ろしい復讐であった…。
「恐怖奇形人間」の見所は、もうこの丈五郎に尽きる。
演じている役者さんが土方巽という人で、本職は舞踏家らしいのだが、この人の演技が他の俳優さんを遥かに圧倒していると思う。
荒波打ちよせる岩陰からズズズと登場し、着物を逆さに来た衣装で浜辺を走り舞うシーンは一度見たら忘れられない。
リメイク版「サスペリア」でもやっていた暗黒舞踏。よく知らんけど、こっちの方が迫力あるわ~。
独特の歩き方、低いけど不思議なよく通る声、ギラギラした眼差し。謎のカリスマ性。
丈五郎も他の”奇形人間”たちも、現実離れした雰囲気で、障害の苦悩を克明に描こうとした映画では全くないと思う。
「自分は人と違うからと、自信がなく、心を閉ざした孤独な男」「見た目で人を判断し、深い情愛をみずに裏切った酷な女」…
案外ドラマとしてははオーソドックスな悲劇で、描かれているのは、ごく普通の人間の弱さのように感じる。
見目の異なる強烈なインパクトの丈五郎は意外と普通の人間で、終盤明かされるもう1人の悪役の方は、健常な人間のようで実は最も狂っていた…。
作り手側は面白いものをつくるという志一本で、なーんにも考えてなさそうな気もするけど、通してみると構成もなかなか上手いなあと思う。
◆破天荒な映画のつくりにポカーン
シリアスなドラマ…丈五郎の怒りと悲しみに魅せられつつも、破天荒ともいえるストーリーがあたまからハイテンポで進んでいき、ツッコミながら大いに楽しんでみれる映画になっているのが、この作品のすごいところだ。
若いのかおじさんなのかよく分からない外科医の主人公(滑舌悪め)。
この主人公が、「死んだ自分のそっくりさん」の墓を暴き、実は生きてたと芝居を打って”成り代わり”を果たすのが面白いところだが、「バレるか、バレないか!?」のサスペンスは割と雑で、後半なんにもいきてこない(笑)。
結局ハイライトは寝取りエピソードやん!ずっと眉間に皺よせて、致し方なく…感を出しているが、絶対楽しんでるよね。
島に行ってからは外科医のさらなる唐突な恋に、節操がないなとちょっと付いていけず…。真剣なはずのオペシーンにてなぜか丈五郎がチラチラとカットインしてくるのがなんかツボで笑ってしまう。
そして…!!伝説の明智小五郎登場シーンにポカーン。
なんか冴えないお付きのおっさん、こんなキャラいたっけ!?ぐらいの印象しかなかった人が、いきなり名探偵を名乗り出し、作中の出来事全てを解説してくれるという超展開に椅子から転げ落ちそうな位本当にビックリした。
でもこのくらいやってくれないとマジで序盤の展開とか分からないままかも…。
冒頭でナイフを主人公に向けていた精神病棟の女性は、トラウマになって真似をしていたのか…!と、そーゆーとこだけめっちゃ伏線凝ってんのね、と気合の入れどころがミステリアス。
そして、最も有名なラスト、”おかーさん”のシーン。劇場で笑っている人が多かったように思うが、ここはなぜか自分は笑えず、呆気にとられてみてしまった。
支離滅裂の一歩手間をかいくぐり、最後には悲劇の恋と、家族のドラマで締めくくってみせた「恐怖奇形人間」。
豪胆すぎる話の進め方に時折唖然としながらも、それでもなんとかドラマとして成立しているのがすごすごる…!
◆乱歩の原作、あちこちからネタどり
「恐怖奇形人間」には、タイトルのあたまに”江戸川乱歩全集”と付いているが、乱歩の複数の原作を集めてきてごった煮したという、恐れ知らずの脚色である。
映画鑑賞後、自分は初めて江戸川乱歩に手を伸ばしたのだが、「なんで今まで読まなかったんだ?!」としばらく夢中になった。
以下、「恐怖奇形人間」の原作となったと思われる作品について、映画と照らし合わせつつ、簡単に紹介したい。
●孤島の鬼 (1929年〜30年連載)
見目の異なる「謎の男」が、人を攫って、自分たちと同じ異形の見た目にしてしまう…。
ショッキングな映画の大筋は、この「孤島の鬼」がベースになっている。しかし原作の丈五郎が卑劣な悪漢という印象で終わりがちなのに対し、映画版の丈五郎は悲哀があって素晴らしいと思う。
原作で圧倒的に魅力的なのは、諸戸という、主人公の友人役。
頭脳明晰&強い精神力の持ち主だが、同性愛者であることに悩んでいる。主人公に愛を捧げても報われない…その恋が胸をうつ。諸戸がとにかくめっちゃカッコいいし、哀しい。
また映画でも登場した、男女のシャム双生児、秀ちゃんと吉ちゃんのキャラクターもこの「孤島の鬼」から。
秀ちゃんの告白文なる”人外境だより”というパートは、短いがここだけでも読みごたえ充分。見た目の異なる人の悩み苦しみ…男女関係の悲哀…多重人格…など、読み手によって如何様なドラマにも受けとれる底知れない感じがする。
乱歩の中で最高傑作の呼び声高く、自分も読んだ作品の中では「孤島の鬼」が1番好きだ。
●パノラマ島綺譚(1926年〜27年連載)
パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション (6) (角川ホラー文庫)
- 作者: 江戸川乱歩
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2009/05/23
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 9回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
「恐怖奇形人間」にて、主人公がそっくりさんの墓を暴いて入れ替わるくだりは、このお話からトレースされているし、主要登場人物の名前も「パノラマ島」と同じ。
また、映画版で丈五郎がつくった楽園の世界観も、「孤島の鬼」だけでなく「パノラマ島」からも着想を得たのかな、と思う。
ペイントを施した裸体の女たちが、人魚や白鳥のように泳ぐ、幻想的な世界観。映画版はパノラマ島みたいに美しくはないと思うし、もっとアングラな感じがするが、「独り善がりの世界をつくる」という異常さは上手く表現できているように感じる。
映画ラストの花火シーンも本作からきていて、あれも乱歩のアイデアだったのか…と驚いた。
●白髪鬼 (1931年)
「恐怖奇形人間」は、丈五郎の妻への復讐劇ともいえる。
「絶対に許さず残酷な復讐する男」というキャラクター像はこの「白髪鬼」から着想を得ているようだ。
江戸川乱歩の「モンテ・クリスト伯」ともいうべき、大変読みやすい(しかしグロテスクな)一編。映画のときさんは、「白髪鬼」の妻ほど悪女ではないと思うが、一方通行の恋慕は悲しい。愛ゆえに根に持つ男がおっかない。
●「蜘蛛男」(1929年~30年連載)
映画での明智超推理シーンにて、「新聞広告で女性事務員を募集。面接と偽って身寄りのない美女を選んで監禁。」…という黒幕の手口が明かされるが、ここは「蜘蛛男」にソックリ…!
自分が読んだ乱歩の中では残酷度高めで、「ウッ」となってしまうところもあった。
「恐怖奇形人間」のオープニングシーンでは、なぜか蜘蛛が延々と映される。「お話に沿うならそこは蟹にした方がよかったのでは??」なんて思ったけど、蜘蛛の方が猟奇的な世界感でるもんね。
●人間椅子(1925年)
短編の中でも評価の高い「人間椅子」。その椅子そのものだけをラストにぶっ混んでくる映画の大胆さよ。
せっかく変態度の高い素晴らしい作品があるんだから、とりあえず映像にしてしまおう、という心意気がすごい。とても贅沢な使い方だ。
●屋根裏の散歩者(1925年)
こちらも独特の世界観が人気の短編だが、「殺人シーン」のみ、ここから拝借。
「人間椅子」同様、絵的に間違いなく面白いからなんか入れてみたろ感が強い気もするが、うまく入り込んでいた。
また映画版で明智に暴かれた黒幕は、女装趣味のドSで、この人の演技もなかなかよかったが、「屋根裏の散歩者」の主人公の犯人も、また女装好きな殺人者。ヒッチコックかな。
↑↑ 「人間椅子」「屋根裏の散歩者」の両方が読める短編傑作選は乱歩入門としてオススメなようで、自分もこれから読んだ。
乱歩の原作を追うと、ますます、「よくこんな複数のエピソードぶっ混んでまとめられたなあ」と映画版の謎の傑作ぶりに驚いてしまう。
自分は当時の東映のエログロ路線の背景などが分からないが、乱歩の世界を忠実に表現しようとした…というより、アイデアをまとめてオリジナルの面白いものをつくろうとした自由な映画なのだと思う。
自分が劇場で観たのは確か2008年だったが、2017年にはファン待望の国内版DVDが発売されている。
現在は有料だがAmazonでも配信されているようで、以前に比べ、観る敷居が格段に低くなっていることは喜ばしいことだと思う。
原作を追うのも楽しい作品だったが、乱歩既読・未読にかかわらず、もう土方巽の丈五郎だけでも観る価値あり…!!改めて鑑賞しても見ごたえ充分だった。