どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「女相続人」…条件付きの愛で人間不信に陥る女性

ヘンリー・ジェイムズの原作をウィリアム・ワイラー監督が映画化。

1949年アカデミー賞に8部門ノミネート、「風と共に去りぬ」のメラニー役の印象が強いオリヴィア・デ・ハヴィランドが主演女優賞を受賞しています。

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観終わったあと暗澹たる気持ちが残りますが、心理サスペンスともいえる登場人物のやりとりにドキドキ…すごく面白かった。

展開する父娘の愛憎劇は古さを感じさせず、普遍的な親子のテーマの1つかと思いました。

 

1800年代半ばのニューヨーク。
裕福な医者の娘・キャサリンは内気な性格。
社交パーティーの場に出かけても、誰とも打ち解けられずでしたが、ある日若くハンサムな男・モリスが急接近、彼女に交際を申し込みます。
舞い上がるキャサリンに対し、父親は断固結婚を反対しますが…。

子供の結婚相手について親がとやかくいうことじゃない、と思うのですが、相手がどうみてもお金目当ての男で、娘が不幸になるのが目に見えてるというなら止めたくなる気持ちも分かるかなあ…。

でも娘が幸せかどうかは本人にしか分からないことだし、そういう男を選んでしまう〝目〟しか育てられなかった自分の子育てを胸に問う場面なのかもしれない……なんて思っていたら、この父親・オースティンもかなり曲者だということが分かって、話が二転三転していきます。

 


◆条件付きの愛しかみせない父親

「妻は美しく華やかな女性だった。なのに娘は…」

オースティンが、亡くなった妻と娘を比較して劣っていると見下しているかのように話すシーンがあります。

娘の前で「お前はダメだ」と直接罵るようなことはしていなかったみたいですが、あのキャサリンの自信のない&流されやすい性格は、肯定されずに育ったがゆえのもので、その一方で子供の力を信じられず過保護に育てすぎたために世間知らずになってしまった…そんな風にみえてきます。


父の説得をのまず、何としてもモリスと結婚しようとするキャサリンに、オースティンは言ってはいけない残酷な言葉、本音をぶつけてしまいます。

「信じたくないだろうが、お前は何ひとつ取り柄のない人間だ。」

だからあの男はお前の金しかみてない、結婚はやめろ…と。

キャサリンが本当にいいところが1つもない人間かというとそんなことはなく、優しく誠実な内面を持っているし、刺繍の腕前も凄い特技だと思うのですが、父親の目にはそれは些末なことにしか捉えられず、全く評価しようとしない。

 

途中、オースティンがモリスの身辺調査がてら彼の叔母を呼び出した際、

(モリスを)「我が子のように長所も短所も受け入れています。」

と語る場面がありましたが、キャサリン親子にはこういう基礎的な信頼関係が欠けていたのではないでしょうか。

幸せに生きていくために子供には多くの美点を持っていて欲しいという願いはわかるのですが、彼女本来の姿を完全に拒絶しての親子関係、エゴだなあと思います。


「奥さんを美化しすぎてるわ。」とオースティンが親戚にたしなめられる場面もありましたが、亡くなった妻にだって欠点もあったろうに、いい思い出だけがのこってしまっている…都合の良い忘却も痛々しくうつります。

町の人から慕われるお医者さんで、他人の本質を見抜く賢さを持った立派なお父さんなのに、案外近くにいる家族のことが1番みえにくいのかもしれませんね。

 

キャサリンは自分がオースティンから全く認められていなかったということにショックを受け、一転して父親を拒絶してしまいます。

 


◆恋人モリスも薄情な男

しかし残念なのは父親だけではなくて、恋人モリスも中々ひどい男。

駆け落ちを約束したにもかかわらず、父親との決裂を知ったモリスは、手にする遺産が大幅に減ると踏んで彼女を裏切って逃亡…。

モリスの気持ちはあやふやな描写になっていて、愛する人が自分のために遺産を手にできなくなるのが嫌だったから身を引いた」とあとから言い訳して再登場しますが…いやいや絶対嘘でしょ、とその面の皮の厚さにドン引きです。

 

モリスが父親不在の際に家を訪れたときの態度は、勝手極まり、まるで品定めでもしているようで、この家を自分のものにしたいという欲が漏れ出ているようでした。

「父親の遺産を継ぐ女性」という条件なくしてはキャサリンを愛せない男。

 

そうすると父・オースティンの、結婚に反対する気持ちも分かるはずなのですが…
このお父さんの場合、モリスへの調査も金遣いという1点に終始していて、「娘が不幸になるのが嫌だから反対している」というよりも「自分の財産が気に入らない男に渡るのが許せない」というお金への執着がにじみ出てきました。

結局男2人の金の取り合いにも思えるから恐ろしいドラマです。

 


◆人間不信に陥った主人公の結末

愛していた父と恋人に裏切られたキャサリンは、極度の人間不信になり、他者を拒絶するようになります。

オリヴィア・デ・ハヴィランドの顔つきが完全に変わってしまっていて、前半と後半の豹変っぷりがすごい…。

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穏やかな表情が…

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こんな険しい顔に。


奇しくも以前より理知的で美しくみえるのですが、まるで周囲を憎んでいるようです。


結局父・オースティンとは和解せぬまま死別し、モリスが再び彼女を訪れやり直そうと提案するも、見事な復讐でそれを拒みます。

お金もあるし、趣味もあるから幸せな人生となればいいけれど…

でも彼女がモリスに未練はあるのは明らかで、多分この先新しい恋をすることもなく、他人に心を閉ざしたまま、父親と同じ部屋で死を迎えるのかな、というところまで予期させる、バッドエンドになっていました。

 

「どうやったら幸せになれたのよ!?」と鬱な気持ちだけが残るのですが、やっぱり最初にお父さんがモリスとの結婚を認めていたら… 金遣いは多少荒くて浮気もするかもしれないけど、それでもキャサリンは盲目的に彼を愛して幸せでいられたのかもしれません。

 

短い場面ですが、「お父さんが死際に会いたいと言っている」と使用人がキャサリンを呼びに行ったものの、彼女がそれを無視するシーンがとても印象的でした。

父親の方をあえて全く映さないという演出で、より想像がかき立てられて何とも悲しい気持ちに…。

親の最期は看取るべきとか最後には分かり合えるとか、そんなことは思わないけど、キャサリン自身見送っておいた方が楽ということはなかったのかなあ、父親はこういう人だったと諦めてきちんとお別れしておいた方が気持ちに踏ん切りが付いたんじゃないかなあと、色々思ってしまいました。

 

不信感と憎しみだけが残ってしまったキャサリンのその後の人生はどうなったのだろう…観終わったあとも思いが巡ります。

暗いけれど見応えたっぷりのドラマでした。