子供の頃テレビ放映されてたのを観たのが最初でしたが、「美女と野獣」の変形ラブストーリーなどと言われるだけあって、レクター博士とクラリスの微妙な男女関係にドキドキ。
映画も原作も好きで何度も手にとった作品でした。
事件解決の情報を得るため殺人鬼と接触するクラリス…さながら気難しい男の好感度を上げてく乙女ゲーのようで、雨の日にタオル差し出してくれるレクター博士のツンデレっぷりにドキッ。
囚人と捜査官、父娘のような年の差と高いハードルを挟みつつ、お互いの内面を認め合い心通わせる姿に胸が高鳴りました。
先日2012年に発売された新訳版の原作を遅ればせながら読む機会があったのですが…
↑左が菊池光訳の旧版、右が高見浩訳の新版。
新しいのは上下巻に分けられ文字も大きくなって物凄く読みやすくなっていました。
クローフォドには、優れた知性とはべつに独特の頭のよさがあって、スターリングはまず、FBIのクロゥン培養的な捜査官の服装の中にあってすら、彼の衣服の色彩感覚や生地の好みにそのことを感じた。
今の彼は羽毛の抜け替わり時のように、きちんとはしているが魅力がない。
(菊池光訳より)
クロフォードという人には、本来の知性とは別な一種独特の洒脱さがあって、クラリスが最初にそれに気づいたのは彼の服装の色彩感覚や生地の選び方に目が止まったときだった。
きょうの彼の身だしなみは、きちんとはしていても、どこかくすんでいる。脱皮しかけている虫のように。
(高見浩訳より)
旧版はカナ英語の表現に気取った感じがしたり、今読むと古めかしいところもありますが、硬派な文体がキャラクターたちのストイックさとマッチしていい感じ。
新版は全体的に柔らかめな印象になってますが、軽いという程でもなく自分はこっちもありだなーと思いました。
どっちが好みかと言われれば旧版だけど、分かりやすくサクサク読めるのは嬉しかった。
原作と映画を比較すると、映画はレクターとクラリスの関係にスポットをあてて2時間でテンポよくまとめてるなーと思う反面、脇キャラクターの緻密な描写は大幅にカットされていて惜しくも思われます。
特にクロフォードは映画だけみてると「部下をいいように使う冷淡な上司」「クラリスをみる目線があやしい」とあんまりいい男に見えないのですが、原作を読むとクラリスの優秀さを認めていて2人が信頼関係で結ばれてることがもっと伝わってきます。
私生活ではずっと妻の介護をしていることも分かって、その大変さをおくびにも出さず仕事に徹するプロフェッショナルの精神が凄い。心から愛していた妻を看取るシーンの喪失感には胸がいっぱいになりました。
仕事のできる上司も組織の中では万能ではなく、しがらみもありつつ協力的な人を探してやるべきことをやらなければならない…硬派な仕事人ドラマは原作の方が分かりよく伝わってきました。
ときに不愉快な男の目線にさらされながら、基本どこ行ってもモテモテなクラリス。
数多の男性が彼女に心を寄せてましたが、射撃教官のブリガムが個人的には一推しでした。
↑映画だとこの人かな。ほぼ出番なし。
利害や組織の思惑とかけ離れて親身にアドバイスをくれる。ピンチに立たされたときには上に一言申して庇ってくれる。
決してクラリスから見返り期待してるわけじゃなく、海兵隊出身の硬派な男が無自覚にクラリスを好き…ってところに胸キュンしてたのですが、続編の「ハンニバル」ではクラリスに告白して振られてるわ、冒頭に射殺されるわ、とめちゃくちゃ悲しかったです。
他にも死体から発見された蛾の特定に動いてくれた博物館のピルチャーとロドゥン…この2人は映画でも独特の印象を残してましたが、原作を改めて読むと結構出番が多かった。
↑眼鏡をかけていないのがピルチャー
「2人の男に会ったとするわ。いつも、好きでない方が電話をかけてくるのよ。」…真面目なクラリスもこんなガールズトークするんだーと思って面白かったけど、ピルチャーさんの方が気遣い屋さんでいい男。
原作のラストではクラリスは何とこのピルチャーと結ばれてました。最も家庭的で平凡そうな男を捕まえつつも最後にやって来るのはレクター博士の手紙…
またクラリスは新たな子羊の悲鳴を聞いて戦い続けるんだろうなーとこのラストで完成されていて「ハンニバル」要らなかったなーと思ってしまいます。
映画は小柄なジョディ・フォスターが男たちに囲まれている画が印象的だったと思います。
クロフォードがクラリスを利用して保安官を人払いするシーンがありましたが、その後「あなたの態度が警官たちの指針になる」と一釘刺すところは、クロフォードに信頼があるからこそ言えたのかもしれないけどクラリス強いなあ、カッコいいなあと思いました。
クラリスの過去の告白、「子羊が殺された」は性的虐待を受けたことの暗喩なのだと昔映画秘宝という雑誌で読んで驚いたのですが…成程そう言われるとそうとしか思えなくなってしまった…
抱えるトラウマが故に救世主たろうとする主人公の善良さがヒロイックで、少年漫画のキャラクターのような魅力を感じます。
最初の被害者を洗い出す場面など小説の方は非常によく出来ていて、アメリカのさびれた田舎町に生まれた女性の選択肢の少ない人生、そこに横たわる閉塞感…被害者女性の生活を心でトレースし手がかりを掴むのが白眉でした。
捜査モノとしては加害者に同調して事件を追う「レッドドラゴン」の主人公の方が鬼気迫っていたと思いますが、女性捜査官が女性被害者を想い、その努力が最後に報われるのに最高にスカッとします。
レクター博士はアンソニー・ホプキンスが完全に原作を喰っていて圧倒的すぎた。
瞬きもしない全てを見透かしたような眼差し、人間超えたかのような知性ある佇まい…
あまりにも魅力的だったために続編の「ハンニバル」はレクターをヒーロー化しすぎた作者の二次創作みたいになってしまっていて残念です。
あれだけ知的な紳士なのに脱走シーンでとんでもないことやらかす振れ幅が予測不能でドキドキでした。
どちらかというと映画は主演2人の美しさもあってロマンチック要素が強く、原作の方がタフな仕事人ドラマという印象ですが、どちらも素晴らしく両方併せて楽しめる作品でした。