映画はさておきトマス・ハリスの作品の中ではこれが1番面白いんじゃないかなーと思います。
「羊たちの沈黙」のクラリスがタフな野心家だったのに対し、「レッド・ドラゴン」の主人公グラハムはもっと脆く繊細。
話している相手の癖を無意識に真似てしまうなど、病的と言っていい程の高い共感能力を持った男。本人は静かに暮らしたいがFBIがその能力を放っておかず、精神同調するかの如く犯人の思考をトレースしていく。
81年当時こういうプロファイル捜査モノの走りだったのでしょうが、主人公を通して異常な犯人の目線をジャックしたような感覚にヒリヒリします。
犯人は「羊たちの沈黙」でのバッファロー・ビルもトラウマを抱えた人物だと描かれてましたが、「レッド・ドラゴン」のダラハイドはもう1人の主人公と言っていい程掘り下げられていました。
障害を抱えて生まれ、母親に見捨てられ、祖母から苛烈な折檻を受け…と陰鬱なお話ではあるのですが、子供時代の強烈なストレスがずっと本人の中に残っていて、差別を受けた怒りと劣等感が澱のようにたまっている。
終盤の「絵を食べる」という狂気の行動も本人の中では理にかなった行動であって、単なるバケモノになっていないところが魅力でした。
「レッド・ドラゴン」は1985年と2002年に2度映画化されています。
マイケル・マンが撮ったという85年度版「刑事グラハム」をずっと観ていなくて、気になっていたのを初鑑賞。
2本比較してみたいと思いますが、まずはメジャーな2002年版から。
◆レッド・ドラゴン
監督は「ラッシュアワー」のブレット・ラトナー。脚本は「羊たちの沈黙」と同じテッド・タリー。
分かりやすくザ・エンタメでまとめられてて、良く出来てるのではないかと思いました。
好きな俳優だけど個人的にミスキャストだと思われたのはエドワード・ノートン。
自分の原作のグラハムのイメージは〝変わり者の不器用なおっさん〟だったんだけど、どうしても頭いい器用なエリートにみえてしまう。
若干ベビーフェイスだからか若くも見えて、お歳を召したレクター博士とまるで父子、もっと対等なおっさん同士の対決の方が良かったかなあと思いました。
もう1人ハーヴェイ・カイテルもリーダー上司にはとても見えずイメージが違いました。前作のスコット・グレンがビジュアル的にピッタリだったけど、年齢的に無理だったのかな。
反対に素晴らしかったのは、盲目の女性・リーバ役のエミリー・ワトソン。
障害を抱えながらも自立心があり、孤独な胸中抱えつつ他者を思いやる優しさと強さを持っていて…原作にも忠実な人物像でこの人の演技を観てるだけで涙出てきます。
色気を感じさせるところも良かったです。
ダラハイドがかなり美形っていうのはどうなんだろう、と思ったけど端正な顔立ちのレイフ・ファインズが自分を醜く思ってるっていうのが闇を感じさせて不気味な気もしました。
出番が大幅に削られてしまっていたのはクズなマスコミ記者ラウンズ。
原作では彼も嫌な人間ながら気骨があり、自分なりのポリシーで仕事やってることが分かって中々悪人とも切り捨てられないキャラなのですが…
やさぐれた感じとかこういう記者いそうとリアルでフィリップ・シーモア・ホフマンもすごい良かったです。
ダラハイドの過去は深く説明されませんでしたが、グラハムの「日記を読んで胸がつぶれた」という台詞、ダラハイド家の不気味な家屋のセットがよく出来ていて、上手く補完されてるなあと思いました。
ラストにグラハムがダラハイドの祖母の物真似してピンチを切り抜けるところも原作の台詞そのまま持ってきてて、ああいう演技はエドワード・ノートンもめっちゃハマってました。
原作のグラハムは顔を撃たれてアルコール中毒になるという悲劇的な末路ですが、こっちは負傷も少なく家族の元に戻るというあっさりした明るいエンディング。
陰鬱度は控えめ、「羊たち」に比べると劣るけどこっちもまあまあ上出来なんじゃないでしょうか。
レクター博士は出番が増え、冒頭から逮捕劇みせてくれるところも次作にバトン繋げたエンディングも嬉しいファンサービスだと思いました。
お次は85年度版、刑事グラハム。2002年度版と上映時間はほぼ変わらず2時間、マイケル・マンが脚本監督ですが…
◆刑事グラハム/凍りついた欲望
刑事グラハムって言うけどグラハムは期間限定FBI捜査官で刑事じゃないよね…と不安になるタイトルですが、原題はManHunter。適当につけられた邦題っぽい。
グラハム役の俳優さんはテレビドラマで有名な方みたいだけど、個人的にはこっちの方がイメージぴったり!
暗いおっさんが被害者宅でボソボソ呟きながら捜査、時々興奮して大声出す…とても危なげで良かったです。
うーん、普通のおじさんにしかみえない…
アンソニー・ホプキンスでイメージついちゃうと物足りなくてしょうがないです。独房の雰囲気も猛獣かの如く隔離されてた「羊たち」のセットにはただならぬ緊張感があってよかったです。
ダラハイドは中々登場せず、ラウンズ殺害の場面でようやくその姿をみせます。この見せ方は不気味でいいなあと思いました。
そして今回のダラハイドは美形じゃなくて、かなりの長身で孤独感漂よう男。
原作のイメージはこっちだなあと思ったのですが、肝心のリーバとの恋愛ドラマが大幅カットされてました。
「車で送っていく」の直後から動物園のシーンになっているのは強引すぎる。
2人が惹かれあって、そして生まれて初めて愛した女性を守ろうと葛藤するところにドラマがあったと思うのですが…
ブレイクの絵を食べに行く場面も消滅してて、薄っぺらい異常者になってしまってました。
加えてグラハムの人物像も後半原作とかけ離れたものになっていました。
「望まないのに事件に駆られる男」だったのに自分から積極的に作戦にどんどん参加。
「男には家族を置いてでもやらねばならんことがある」というマイケル・マン的男の世界が炸裂!!
面白いけどこれグラハムじゃねえという展開になってました。
映像はオシャレできれいな画が多かったです。
FBIや市警とチームになって手紙を分析する前半の雰囲気などは硬派な仕事人ドラマの空気に満ちていてすごく良かった。
原作気にせずマイケル・マンが好き!!という人は楽しめる作品になってるのかもしれませんが、それにしても後半の脚本が雑ではないかと思いました。
それなりにボリュームのある原作の映画化はどうしても脇キャラクターのエピソードなどカットせざるを得ないものだと思います。
「羊たちの沈黙」同様、結局美男美女のラブストーリーでザ・ハリウッドって気もしますが、2002年版の「レッドドラゴン」がダラハイドとリーバのドラマ部分はカットせずにほぼ全再現させていて、そこに焦点を絞ってたのは良かったなあと改めて思いました。
クラリスに負けない魅力あるキャラクターのグラハムが、ジョディ・フォスター並にしっくりハマる人に出会えてなかったのは残念。
マッツ・ミケルセンの演じてるレクターはどうなんだろう…ここまでスピンオフ化してれば、別モノとして思い切り楽しめそう。
グラハムも出てるみたいでこっちのはどんな人だったんだろうと気になります。