1979年にスティーヴン・キングがリチャード・バックマン名義で発表した長編小説ですが、大学生の頃に書き上げていたものらしく実質キングの処女作と言われています。
デスゲームものの走りであり、「バトルロワイヤル」の原型とも言われてますが、処女作とは思えない完成度。
↑自分が昔図書館で手に取ったのはこんな表紙でこの絵だけでもう怖かった…
舞台は近未来のアメリカ。
少年100人が集められ、ひたすら南へ歩くという競技が行われていた。
レースにゴールはなく速度が落ちると射殺され、最後の1人になるまで続けられる…
走るのではなく歩くというのがこのゲームの怖いところ。
定められた最低速度は時速4マイル(6.4キロ)。ヒトが1時間で歩く距離が大体4キロだと言われているので、競歩まではいかない早歩きって感じでしょうか。
さらに、速度を下回るたびに警告を受け警告が4回に達すると射殺されるというルールがあります。
警告を受けてもいかに冷静でいられるか…走るという勝負なら単純な肉体の勝負になりそうですが、歩くとなると精神的な戦いになってきます。
食事も排泄も歩きながらするか警告時間内に終わらせなければならず、何日もぶっ通しで、睡眠も意識を飛ばしながら歩き続ける…
地獄としかいいようがなく読んでるだけで動悸がしてきますが、スタンドバイミー的な少年同士の友情、青春ドラマがここに交わるのがキングらしく圧巻です。
あえて友をつくらず攻撃的な態度で歩こうとする者は精神が持たず、ほとんどの者がグループをつくってお互い気遣いあったりして過ごす。
矛盾してるようですが、誰かに寄りかからないと続けていられず、他愛無い会話をしながら何とか正気を保とうとするのがリアル。1人がパニックを起こすとその不安が一気に伝染するあたりなど、集団心理の恐ろしさもまざまざと感じさせます。
加えて意外に思われるのは、ゲーム参加者たちが皆むりやり参加させられたというわけではなく全員志願者だということ。
(年代的に考えるとベトナム戦争を意識して書かれたもののようにも思われますが…)
貧しい家の生まれで賞金を目当てに参加する者がいる一方、主人公含め「参加せずにいられたのに参加した者たち」が多いことに驚かされます。
なぜ自分はこのゲームに参加したのか??レース中主人公が問う中で浮かび上がってくるぼんやりした孤独…
主人公ギャラティはメイン州出身でロングウォークのコースもメイン州〜ニューハンプシャーへと下る旅なのですが、行く先々森と畑と小さな街の繰り返しで同じ景色が続き、そのこともレース参加者の精神を疲弊させていきます。
アメリカの田舎町のじめじめした独特の空気感、逃れられない単調な人生への諦め…みたいなのは他のキング作品でもみられるものですが、レース中内省を繰り返す主人公と田舎町をひたすら移動し続ける風景が重なってえも言えぬ寂寞感が漂っています。
世界観の設定は緻密とは程遠く、なぜこんな競技があるのか説明らしい説明がありません。
レースに夢中な群衆の狂気は伝わってきますが、「バトルランナー」よりもずっとSF要素は低い。
・第2次世界大戦が長引きドイツがアメリカを空爆した
・人口爆発していて産児制限がある
・反体制的な者は兵に連行される
散見される情報はあるものの、どんな未来なのかあまり伝わって来ず、この辺りは荒削りな感じもするのですが…
しかしそんな中途半端なところも全てが白昼夢のような不気味さを醸し出し、「レースはアメリカの競争社会そのものだ!」「辛いことがあっても歩み続けなければならない人生の縮図だ!」などと哲学を感じさせるような詩的さに昇華されているように思います。
そして何と言っても魅力的なのが仲間の面々。
ムードメーカーだと思われたオルソンの精神がいち早く崩壊し生きる屍となりながら歩き続ける姿には恐怖。嫌味で自分勝手な男に思われたパーカーが皆の心を1つにしようと兵に立ち向かう様には嗚咽。
ともに歩むことでその人間性を知り、心を交わし、別れゆく過程はある意味これぞ青春!という王道ストーリーになっています。
主人公を何度も助けてくれ反骨精神をみせるマクヴリーズはバトルロワイヤルでいったら川田っぽい??
「ひょっとして俺はお前に首ったけなのかもしれない。」
…なんて冗談めかした台詞もあったけど、極限状態で芽生える男の友情(以上の何か)にドキドキ。
自殺願望しかないマクヴリーズ、付き合ったら愛が重たく絶対に束縛してくるヤンデレさん。
誰とも交わらずしんがりを歩き続ける謎めいたステビンズはバトルロワイヤルでいったら桐山っぽい…と思っていたら…あと残り20ページかそこいらというところでビックリな事実が発覚。
この設定だけでもうひと展開出来そうなのに、もっと早く言ってくれーー!!という気もしました。
そっけないようで主人公には絡んでいっぱいお喋りしてくれるツンデレさん。
ラスト数ページの展開は意外なほどにあっけなく、けれど前半あれほど他者の死に沈みこんでいたのが、レースの終わりではすべての感覚が麻痺している…というところにリアリティを感じさせ、ラストの迸る狂気は圧巻でした。
「死のロングウォーク」が恐ろしいのは、もうレースが始まった地点から皆の死は確定していて、その引き伸ばされた死の瞬間に浮かぶ孤独感…ある者は死を受け入れられないまま、ある者は家族を心の砦にして、そして多くの者は誰かに何かを掬ってほしいと願いながら去っていく…シンプルなお話の中にリアルな人生の死が詰め込まれていて、他のエンタメ系デスゲーム作品とは比べものにならない重たいものを感じました。
これまでに何度も映画化の話が出ていたみたいですがまだ実現していないようで…
読むだけでいっぱいいっぱいになるので映像では見たくないような…小説にある人物の内面に迫るドラマが再現できるのか…と色々心配に思われてこのまま観れなくてもヨシな気もします…
読むとその恐ろしさに酔ったような気持ちにさせられますが、キングの凄さをひしひしと感じる1冊です。