どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

楳図かずお「おろち」…家族ホラーの傑作、子供対大人の物語

不思議な能力を持ち歳をとることのない謎の美少女・おろちが人々の運命をそっと見つめていく…

最近文庫版を入手し久々に再読したのですが、いやー面白い。
オカルトホラーというより心理サスペンス、家族ホラーの趣が強く、オムニバス形式というのもあって読心術者のお手伝いさんが各家庭を点々とする筒井康隆の「家族八景」と少し印象が重なります。

子供を描いた作品の多い楳図漫画ですが「おろち」に収められた9編も子供対大人の物語が多かったです。

親子の上下関係が今よりも厳しかった時代。虐待や軽んじられる子供の姿も描かれつつ反転して子供の聡明さ、希望も描かれているように思われました。

長い年月を生きているというおろちは案外人の表面的な部分しか見えず決して賢くはありません。

物事をハッピーエンドに納められるような力も持たず、家族のことはその家族の中でしか解決しえないという孤立感がリアルに思われます。

以前読んだときには女性主人公の話が印象に残っていたのですが、改めて読むと男の子主人公のエピソードがいいなあと思いました。

↓以下文庫版掲載順で各エピソードをネタバレで取り上げています

 

◆姉妹
18歳になると醜くなってしまう家系に生まれた姉妹。しかし妹のルミだけは実は養子だったという…

姉妹の確執&どんでん返しと映画「何がジェーンに起こったか?」にインスパイアされてそうなエピソード。

改めて読むと美貌・若さに執着する女性像というより「同じ境遇だと思っていた人間に差があると知ったときの不公平感」に狂う人間の姿が恐ろしいと思いました。

先に醜くなっていた姉妹の母親が妹・ルミの方だけに真実を告げたのは一体どういうつもりだったんでしょう…

f:id:dounagadachs:20210826161633j:plain

↑エミは本当にいないのだね?と確認してるしどうみても確信犯

もし本当の養子であるエミの方に真実を告げていたら同情心からエミは妹の面倒をずっとみたかもしれない…っていうのは楽観的すぎるかもしれないけど、無関係な養子を巻き込み姉妹の仲を歪ませて自分以上の不幸を背負わせた母親の所業が1番怖いと思いました。

 

◆ステージ
目の前でひき逃げ犯に父を殺された3歳の少年。犯人の目撃情報を伝えるも幼いゆえにその証言は疑われ無効となる…

大人がいかに子供の言うことを軽視し対等に扱っていないものなのか…やるせない無力感もつかぬ間、誰にも耳を傾けてもらえなかった少年が相手の声を奪い全く同じ目に遭わせるというかなり手の込んだ復讐劇が展開されます。

途中佑一くんが歌のオーディションで汚い手を使うところは楳図作品っていつも芸能界を怖いところとして描いてるなあと思いました。

花田が最後に佑一に渡した手紙は事故の前からしたためていたものなのか、事故後に書く余裕があったものなのかハッキリ分かりませんでしたが…
罪悪感があったという事は本当で正体に勘づいていても佑一を手放せなかったのかなと思いました。

最後に元の家庭に帰っていく姿にはホッとさせられ、不思議と読後感は悪くなかったです。

 

◆カギ
普段嘘ばかりついている少年ひろゆき。ある日隣家の殺人を目撃するが誰にも信じてもらえず犯人から命を狙われる…

力を持たない子供が孤立するというストーリーは先の「ステージ」と同じですが、この少年の場合は自分のそれまでの行動の報いが降りかかってきます。

けれどなぜこの少年が嘘をつくようになったのか…共働きの両親が夜遅くまで帰ってこず寂しくて誰かに構って欲しかったんだろうなあと切ないもんがこみ上げてきます。

隣家の親が障害のある我が子を手をかけるというのも陰鬱度マックスな話なのですが、そのお母さんの見た目が目の下にクマがあり頬はこけている…楳図かずおの画力、こういう何気ない表現が凄まじいなと思います。

おろちの最後の一言、「うそつきはやがて立派な大人になるような気がした」には能天気すぎひん??と思ったけど、そんなような気もしてしまうラスト。

嘘で痛い目をみるも一方で嘘によって助けられる、優しそうな大人が決して見た目通りとは限らないことを知る。幼稚園児なのに過酷な体験しすぎやろと絶句ですが、人の本質を見抜く〝鍵〟を手にして賢く成長していくのだろうか…タイトルが〝うそつき〟でなく〝カギ〟というのも面白いです。

こちらも不思議と読後感は悪くない作品でした。

 

◆ふるさと
事故にあった男性が久しぶりにふるさとを訪れると村の人々は何かに怯えていた…

ストーリー的には9編の中で1番ぼんやりした印象ですが、雰囲気はあるホラー。

大人たちが不気味な子供に怯える様は映画「光る眼」と似てるかも。

実家には帰れる時に帰っておいた方がいいとかよく言うけれど男性が母親に二度と会うこともなく故郷が消えてしまったのだと思うと悲しいラストでした。

 

◆骨
墓から蘇った亡き夫が美しい未亡人を追いかける…

昔読んだ時にはこのエピソードが1番怖くて強烈だったのですが、改めて読むとおろちが要らんことしすぎ!!
”ついあんなことを口走ってしまったのです”…のところもコマの使い方といい何だか可笑しくて、全体的に怖がらせ方が大仰でギャグっぽくみえてしまいました。

f:id:dounagadachs:20210826161640j:plain

↑けどこういう〝どっちともとれる表情〟とか凄いのよね。

幼少期から家族の介護を任され親から搾取されるばかりだった千恵。今もそういう家庭はあるでしょうが昔の貧しい家庭では子供を労働力としか見ない親が今よりたくさんいたのだろうなあと冒頭の回想が重たいです。

同じ苦難を味わいたくなかったという千恵が気の毒で何の因果もなく続いてしまった不運が1番残酷でした。

 

◆戦闘
誰に対しても親切な尊敬できる自慢の父親。しかしその父の過去は戦争中ガダルカナル島で人の肉を食べて生き延びたという壮絶なものだった…

9エピソード中で最も重厚なストーリー。

無関係な子供を巻き込んだ所業といい岡部に他の兵士を殺そうと誘う回想の一部始終といい佐野が親切な人だったかは疑問が残るのですが、それは第三者の吐く綺麗事でおろちの、

わからない…すべては信じがたい極限状態の中でのできごとなのだ
いまわれわれが住むあんのんとした状況の中ではとうてい判断しがたいできごとなのだ

という言葉が突き刺さります。

息子が自ら体験する事で悟ったように状況によってはどんな人間もどんな行動をとるか分からない…けれどだからといって他人に絶望し拒絶することが正解なのだろうか…

他人を疑うだけでなく自分自身にも疑いを向けているあたり主人公の少年はかなり真面目です。

人に親切にするのも結局自分のため…本当の自分を突き詰めればそういう部分があるかもしれないけど、その都度自分が納得して行動していればそれでいいんじゃないだろうか…上手く言語化できないけど少年がうら若い潔癖な考えから世界を許容して大人になっていくそんな話に思えました。

こちらもタイトルが「戦争」でも「親切」でもなく「戦闘」というのが意外。親子が下山してこない曖昧なままの結末も人の中の常に揺れ動く葛藤を表しているような、すごく文学的な味わいのするエピソードでした。

 

◆秀才
幼い頃に強盗犯に首を刺された息子・優。後遺症から子供の発達を気にした母親は息子に異常に勉強を強要するようになるが…

オチはかなり序盤で読めてしまいますが、読めてしまうからこその辛さ。

真実を知っても息子があれだけ必死に勉強し続けたのは母親に愛されたかったから、本当の息子だとどこかで信じていたかったからではないでしょうか。

教育ママという言葉は60年代に登場し70年代にブームとなったそうですが、自分に出来ることが出来ない我が子を許容できない親、あるいは自分の出来なかったことを子に託し成してもらおうとする親…両者とも子供を自分と同一視し他者として尊重できないが故にハマってしまう落とし穴なのではないかと思います。

これを逆手にとって繋がりを否定しようとする母親の屈折した心理…めちゃくちゃ恐ろしいサイコサスペンスです。

先の「戦闘」の佐野しかり、自分の代の恨み辛みを関係ない次の世代に持ち込む憎しみの連鎖も恐ろしいですが、溜まったヘイトを加害者本人にぶつけられず別の場所でより弱い人に向けて発散するというのは案外多くの人がやっている行為なのかもしれません。

長編作「洗礼」と同様、どれだけ傷つけあっても家族は良くも悪くも特別な絆で(この話では血が繋がっていない親子ですがそれでも過ごした時間に意味があると示唆されている)他人であれば到底修復できないような傷も癒しうることがあるのだろうか…悲しいけれどラストは救いを感じさせる終わり方になっていました。

 

◆眼
盲目の目撃者が殺人犯と戦う…

9編の中ではあっさりした印象のエピソードで「ブラックジャック」に似た雰囲気。

主人公の女性が部屋を真っ暗にして相手と戦う場面は映画「暗くなるまで待って」とよく似てました。

環境破壊する工場が街にあっても住民も仕事が欲しいので訴え出る人の方が村八分的扱いになってしまう…一筋縄ではいかない現実が垣間見えたラストにどんよりした気持ちが残りました。

 

◆血
幼少期から出来る姉と比較され卑屈な性格となった妹。時を経て病を患った姉を甲斐甲斐しく看病していたが…

文庫版の掲載順も姉妹の話ではじまって姉妹の話で終わる構成となっていました。

ラストに「一体誰が悪かったのだろう?」と語りかけるおろち。

どう考えても姉妹比較していじめたオカンやろ、と思ったけど、この母親は母親で格式ある家に嫁いでプレッシャーがあり大変だったのかもしれない…父親が全く出てこないところも闇深です。

感情的で絵を描くのが好きだったという妹、もしかしたら彼女には彼女の才覚があったかもしれないのに…「ゴッドファーザー」のフレドとか全く合わない家に生まれてしまった子供の受難って悲しいもんがあります。

タイトルは「血」ですが、おろち9編の中でも家族と似ていることに恐怖を感じる人もいれば似ていないことに疎外感を感じる人もいて様々でした。お前はうちの子じゃないと言われてきたこの妹が姉を追い詰めたのは血の繋がりを肯定してもらいたかった屈折した愛の裏返しにもみえました。

姉のみせる死に様は強烈ですが、「元気なときには綺麗事がいえるけど、いざ死を迎える際に気持ちが変わったり人が変わることもある」というのがまたリアルに思えます。
妹が希望をちらつかせてそう仕向けたっていうのが悪いんだけど…死ぬのはそう綺麗なことではない、穏やかに死を迎えられる人ばかりじゃないっていう結末にも震えました。

木村佳乃が出演していた実写映画「おろち」はこの「血」と最初のエピソード「姉妹」に「何がジェーンに起こったか?」を足したようなお話になっていて、なかなかよく出来てました。(自分が観た中で唯一まともな楳図作品の実写がこれでした)

最後にあっさり去っていくおろち、最終回にしては物足りない幕引きです。
もっと他のエピソードがあっても良かったのにと思うけど、彼女の背景は特に語れないままずっと傍観者の立ち回りで終わったのは良かったです。

改めて読んでの個人的ベストは戦闘、秀才、姉妹…かな。

陰鬱家族ホラーしつつただ暗いばかりのエピソードにもなっていなくてじーっと余韻の残る作品でした。