ダリオ・アルジェントの「歓びの毒牙」の元ネタだと言われている小説、フレドリック・ブラウンの「通り魔」。
前から気になっていたのですが、映画を再鑑賞するタイミングで比較してみようと、図書館を探してあったのを読んでみました。
元はベルナルド・ベルトリッチが持っていた本をアルジェントが借りて大層気に入ったそうで…
原作料は高くて払えずあくまでベースにしたということらしいですが、一体どこまでセーフなのか…いざ読んでみるととてもよく似ていてびっくり。
ブラウンは短編SFが有名な作家さんらしいのですが、しっかりミステリしていてフィルムノワールの雰囲気。
映画を見ていると話の予想はついてしまいますが、映画にはなかった追加のオチみたいなのもあったりして、新鮮な気持ちで読むことができました。
他の動物3部作との共通点も発見、アルジェント好きには楽しめる1冊になっていました。
◇◇◇
シカゴの町に通り魔が出没し、鋭利な刃物で既に3人の女性が殺されていた。
被害者は、いずれも目の覚めるようなブロンド美人ばかり。
たまたま4度目の殺人未遂の現場に居合わせたスイーニーは、負傷して倒れていた全裸美女に見惚れてしまう。
犯人を捕まえれば美女と一夜を共にすることができるかもしれない…スイーニーは独自に調査を開始するが…
主人公スイーニーは新聞記者で、酒好きなアイルランド系の男。
昼間から飲んだくれて会社にも出社せずなのに、無断欠勤を有給にしてくれる上司が神様すぎる(笑)。
いい加減で気怠いムードの人だけど、なぜか憎めないオーラの持ち主。
書く文章は冴えていて記者としての才能は確か、随所で機転が効いて探偵役としてしっかり魅力のある主人公になっていました。
捜査の動機が〝美女と寝たいから〟っていうのにはビックリですが、ファムファタールに魅入られる主人公…この辺りもフィルム・ノワールっぽいです。
冒頭の目撃シーンから映画にかなり近しい雰囲気。
ガラス越しのマンションのエントランスに傷ついた美女が横たわり、その横を悪魔のような猛犬が威嚇している…白いドレスのジッパーを犬が下ろして女性の肉体が露わになってしまう…
小説もなかなかの変態性を感じる鮮烈なビジュアル。
襲われた女性・ヨランダはナイトクラブの踊り子で、マネージャーであるグリーンという男が彼女を囲っていました。
なぜかグリーンに生理的嫌悪感を抱くスイーニー。「俺の女狙ってんだろ」「あんたが犯人だといいのにな」…男2人のやり取りがギスギス(笑)。
元精神科医だというグリーン、自分の恋人を大勢の男の前でストリップさせるなんて〝倒錯のぞき趣味野郎〟と罵られるのも残当…と思っていたら、意外やこれもちゃんとした伏線に。
事件とスイーニーの書いた記事のおかげでナイトクラブは集客が大幅増。
ヨランダは飼い犬をお供に怪しいストリップダンスを披露します。
白から黒のドレスへ、ほぼ全裸状態になった股下を犬がくぐり、大きな犬にまたがったようなポーズで観客を挑発…思わず映像を頭に思い浮かべてしまう妖艶さ。
その後、スイーニーは先に通り魔に殺害された3人の女性について調査を開始。
骨董品屋で働いていた被害者の女性が、殺される直前にある人形を売っていたことを突き止めます。
〝スクリーミング・ミミ〟と呼ばれるその黒い彫像は、悲鳴をあげた女性の裸像で、まるで通り魔に襲われて硬直した被害者そのものを映し出しているよう…
〝サディストでなければこんなものに惹かれないだろう〟…自らも人形に強く惹きつけられながら、「人形の購入者が犯人に違いない」と確信したスイーニーはさらに調査を進めていきます。
「歓びの毒牙」ではブリューゲルに似た絵画でしたが、小説では不気味な人形がキーアイテムで、こちらもかなりホラーな雰囲気。
どんなビジュアルかはっきり想像できず、自分はなぜか全く関係ない「恐怖と戦慄の美女」の呪いの人形が頭に思い浮かんでしまいました(笑)。
映画と大きく異なっているのは画家の人物像で、「歓びの毒牙」では猫を食するヤバいおっさんでしたが、「通り魔」の芸術家は変わり者だけれど悲哀に満ちた人。
一緒に暮らしていた妹が精神病院を脱走した凶悪犯に襲われ、心を病んだのち死亡…被害に遭った時の妹の恐怖の形相が忘れられず、そのときの様子を映し出したのがミミ人形なのだと語ります。
再び通り魔事件が話題になった今、もう一度宣伝すれば人形がバカ売れして大金持ちになれる…とスイーニーが話を持ちかけるも、「妹のことはそっとしておいてやりたい」と貧しい芸術家はその申し出を断ります。
男の誠実さに心打たれて過去の話題に触れずに人形を売り出す方法はないかと取り計らうスイーニー。
ダメ男2人には、不思議なあたたかみを感じました。
どんでん返しの結末は概ね映画と同じ。
ヨランダを見張っていた警察が、彼女の悲鳴を聞き駆けつけると、グリーンが犬に襲われて窓から転落していました。
「自分が犯人だ」と告白して息絶えるグリーン。自宅から彫像も発見され犯人はグリーンということになりますが、その後なぜかヨランダが行方をくらまします。
スイーニーの頭を恐ろしい推測がよぎり、ヨランダを追跡して真相を問い詰めますが…
(以下完全にネタバレ)
なんとヨランダはミミ人形をつくった画家の実妹でした。
死んだとされていましたが、実は生きていて、精神を病んだのち病院に収監。
そこで出会った医者のグリーンが彼女に恋をして、実験的な治療を施しトラウマを忘れさせることに成功します。
兄には死亡の便りを出して亡くなったことにしていましたが、奇しくも兄の作った芸術作品が過去のトラウマを蘇らせてしまいました。
自分(=ミミ人形)を外部からみたことで加害者の心理に同期し、ブロンド美人を殺すように…
「歓びの毒牙」では冒頭襲われていたのは実は夫の方だった…というオチでしたが、こちらでは少し違っていて、グリーンがショック療法のためもう一度ヨランダに被害者になってもらおうと彼女を襲って手加減して刃物で切り付けていた…という真相。
例のストリップダンスも、後から読むとヨランダがトラウマを乗り越えるための儀式めいた振り付けになっているように思えて、伏線がしっかり凝らされていました。
ショック療法が荒療治すぎたり、死んだことにして勝手に女性を囲っていたり…ヤブ医者っぽくてあまり同情できない男だったけど、運命の女に心乱されて暴走してしまったのかも…
人形の存在を知って取り上げようとしたものの、犬に襲われ転落死という哀れな最期でした。
「被害者だと思われていた女性が実は殺人犯だった」という部分はしっかりトレースしつつ、映画は視覚的な効果を存分に発揮した場面に大胆アレンジ。
アルジェントがみた夢を再現したという「水のない水槽の檻」のビジュアルも鮮烈。「サスペリア」然りクライマックスを最初に持ってくる手腕が光り、見事な脚色。
先日参加した「4匹の蝿」上映トークイベントでも「小説では主人公が殺人犯に襲われることがないが、映画版は主人公が犯人につけ狙われるのが恐怖で、原作を超えている」というお話がありました。
確かに350ページある小説は起伏が少なく緊迫感に乏しいのが残念。この点映画は巻き込まれ型サスペンスとして見事に機能していて、比較しても本当に素晴らしい出来栄えでした。
「歓びの毒牙」以外にもアルジェントが本作をネタにしていると思われる部分がチラホラ。
「わたしは目撃者」にて、殺人事件の話をしながら床屋のおっちゃんがカミソリの刃を主人公の首に突き立てる…というユーモラスなシーンがありましたが、小説「通り魔」でも全く同じような場面が。
また「4匹の蝿」に登場したバッド・スペンサー演じるディオのキャラクターも、本作に登場する主人公スイーニーの飲み友達・ガッドフリーによく似ています。
公園をたむろする陽気なホームレスで、主人公にアドバイスを送る存在。ゴッド/神というあだ名まで全く同じ(笑)。
動物3部作がこの「通り魔」に大いにインスパイアされたことが窺えます。
以前にもアルジェント作品の元ネタ探しでエラリイ・クイーンの小説を読んだのですが、「通り魔」はある意味原作といっていいくらい似通ったプロット。
でも不思議と丸パクリ感はなくて、アイデアを拝借しつつも独創性溢れまくりの作品になっているのがアルジェントの凄いところ。
単体でも雰囲気のいいよく出来たミステリだと思いますが、比較して読んでも楽しい1冊でした。