「死んでいるのは誰?」のアルド・ラド監督による75年のサスペンスホラー。
タイトルからはイロモノっぽい印象を受けますが、意外に侮れない傑作。
「鮮血の美学」に便乗して作られたらしく内容が酷似していますが、単なるパクリに終わっておらず、より洗練された印象。
ラストのオリジナル展開は本家を上回る胸糞度でびっくり。
社会派といってはなんだけど、より深みのあるストーリーに仕上がっている気がします。
「サスペリアPART2」のマーシャ・メリルをはじめアルジェント作品でおなじみの俳優がたくさん出演しているのも嬉しいところ。
鬱なクリスマス映画ですが、この舞台背景だからこそ胸に重たく響くものがあるのかも…陰惨だけれど引き込まれる作品でした。
◇◇◇
ドイツのクリスマスマーケットの様子が映し出される冒頭。
煌びやかな店が並び人々で賑わう町…しかしそんな中にも暗い一幕が…
サンタクロース姿の男性を襲い、ポーチから金を強奪するチンピラ2人組。
チンピラはお金持ちが気に食わないようで、裕福そうなおばさんが着ていた毛皮のコートをイタズラで切りつけて逃走。
警官に追われたところをイタリア行きの列車に飛び込みます。
一方、クリスマス休暇のため実家に帰省することにしたリサとマーガレットの女学生2人も列車に乗り込みます。
デッキまで人で溢れかえった満員の車内はまるで年末の新幹線。
リサは医者の父を持つ裕福な家の娘で、2人とも箱入り娘のよう。
子供の乗客もいる前で「初体験は…」と青春トークしてはしゃいじゃったり、隣の青年に煙草の火をくれと頼むも悪気なく青年の煙草の方を無駄にしてしまったり…
酷い目に遭うのは気の毒ないい子たちだけど、世間知らずで思慮に欠けている部分もありそう…そんな人物描写が上手いです。
さらに列車には黒いヴェールの帽子を被ったマダムが乗車。
身なりがよく上品そうにみえますが、鞄の中から転がり落ちた写真の束…そこには破廉恥な格好で男の一物を加えようとする女性の姿が映し出されていました。
どうやら見た目と裏腹に淫乱ビッチらしいこの女性。
車内をウロついていたチンピラ兄貴分・ブラッキーは女性を見るや否や強引にアタック。
トイレに押しかけて女性を襲いますが、女性も我が意を得たりと言わんばかりの顔で、男の体にむしゃぶりつきます。
好き者同士、瞬間的に察知し合ったということでしょうか…
そんな中、鉄道会社に爆破予告の悪戯電話がかかってきたため、列車は最寄駅で立ち往生してしまいます。
リサとマーガレットは別経由の列車に乗り換え、空いているコンパートメントを独占。ささやかなクリスマスパーティーを楽しみます。
しかしそこにチンピラ2人と、その2人を手なづけた淫乱マダムが侵入。
悪夢の宴が始まるのでした…
うぶな2人に自分たちのセックスを見せつけたり、ストリップを強要したりとやりたい放題の悪党3人ですが、場を支配しているのは淫乱マダム。
自分は直接手をくださず虐めに興じるこういう人、実際にいそうで怖い…
車内はガラガラのため誰も助けに来ませんが、偶然通りかかった中年男性が虐めの様子を目撃します。
しかしこのおっさん、暴力行為を目の前にしても通報せず覗き見。
姿が発見されてマダムにそそのかされると、マーガレットの身体にむしゃぶりつきレイプ。そして何事もなかったかのように去っていきます。
身なりはよく、その後の場面では妻子を持つごく普通の家庭人であることが描かれていましたが、そんな男が加える悲惨な暴力にただただ絶句。
次にはリサがターゲットとなり、チンピラの弟分・カーリーが彼女を襲いますが、処女の女学生を上手く扱えず、淫乱マダムに焚き付けられて彼女の股にナイフを突きつけます。
すると思いの外ナイフが深く突き刺さってしまいリサは死亡。
友人の死に錯乱したマーガレットはコンパートメントを飛びましますが、チンピラたちに追いつめられて窓からダイブ、やはり死亡してしまいます。
次の停車駅では、愛娘を迎えるべく、リサの両親が車で迎えに来ていました。
姿が見えず、不安に思う両親でしたが、列車にトラブルがあったという情報をきいて、一旦家に帰ることに。
しかし何の因果か、チンピラ&淫乱マダムと出会す両親夫婦。
父親はマダムの怪我した足を善意で診ようと自宅に3人を招きますが、娘のリサがプレゼントとして用意していたというターコイズ色のネクタイを首につけたチンピラをみて違和感を抱きます。
そして娘たちが死体で発見されたというニュースをラジオできいた両親は、あまりのことに呆然。
どう考えてもこいつらが犯人だと、3人組に父親が襲いかかります。
流れがまんま「鮮血の美学」…けれどクライマックスの暴力シーンにはあちらほどの勢いがなく、母親は突っ立っているばかりで活躍しません。
しかしラストの展開がちょっと違っていて、チンピラ2人は制裁されるも、淫乱マダムはお咎めなし…2人に脅されたと罪をなすりつけて事なきを得ます。
ヴェールのついた帽子で顔を隠し、また社会に戻っていくことを暗示したラストが重たくて暗い…
クレジットに至るまで名無しで、一貫して”匿名人物”として描かれているマダムのキャラクター。
裁かれない悪人の残る結末がリアリスティックで、何とも言えない余韻が残りました。
マダムも相当胸糞だけど、個人的に1番ムカついたのはやり逃げじじいの方かも…
ニュースで女学生2人が亡くなったことを知るやいなや警察にタレコミ電話。
犯人の人相を伝えて電話を切りますが、死人に口無し&自分はお咎めなしだと確信してからの行動。女学生たちが生きてたら絶対しなかったであろう行為。
やったことに対する罪の意識はあるけどそれを背負う覚悟もなく、自分が気持ちよくなるために中途半端な情報を残してトンズラ。
こいつが1番のクソ野郎だと思いました。
チンピラたちもどうしようもない悪党でしたが、兄貴分ですらナイフを突きつけたところでは止めに入っていたり、弟分は麻薬に溺れていて元は気弱な性格なのが窺えたり…2人を利用して愉悦を啜ったマダムとおっさんがより悪辣。
愚かな若者が、老獪な大人に利用されている構図がこれまた陰鬱です。
途中には両親夫妻がもてなす富裕層のクリスマスパーティーの一幕が挟まれていましたが、貧困層の暴力をどう捉えるか皆で議論。
医者のお父さんは精一杯日々の仕事をこなしていて悪い人に思えなかったけど、およそ自分たちには無縁だと思っていた災厄が突然ふりかかる皮肉。
アルド・ラド監督、「死んでいるのは誰?」も暗いものが残るストーリーでしたが、こちらもメッセージ性の強い重みのあるドラマでした。
淫乱マダム役は「サスペリアPART2」で霊媒師役だったマーシャ・メリル、チンピラ兄貴分役は「サスペリア」で盲目のピアニスト役だったフラヴィオ・ブッチ。
医者の父親役は「歓びの毒牙」で警部をやっていたエンリコ・マリア・サレルノ、女学生役は「インフェルノ」のアイリーン・ミラクル…とアルジェント映画に出演している役者陣がたくさん。
特にマーシャ・メリルの淫乱マダムは意外なハマり役でした。
序盤から人物描写が丁寧で、走る密室の逃げ場のない緊迫感など手堅い演出。凄惨な目に遭う娘と踊る両親の姿が交互に映し出されるシーンも鮮烈。
音楽はモリコーネ。冒頭とラストにかかる本編内容とはまるでかけ離れたメロディアスな美しい歌と、チンピラ弟の奏でるハーモニカが強い印象を残します。
気分がどん底に沈むようなクリスマス映画ですが、深い余韻の残る作品でした。