マイケル・ヨーク主演、88年制作のルッジェロ・デオダート監督作。
今年購入したフルチ本の〝イタリア血みどろ職人列伝〟デオダート監督のコーナーでタイトルがあげられていて面白そうだったのを初鑑賞。
前情報なしにみるのが1番な作品かもしれませんが、以下ジャケット写真とともに内容をネタバレ。
早老症の病に罹った主人公が殺人鬼と化す悲劇のホラー。
「犯人がどんどん老けて容姿が変わっていくため、目撃情報と一致せずなかなか捕まえられない」というプロットがとにかく秀逸。
主人公を追う刑事を演じているのはドナルド・プレザンス。音楽はピノ・ドナッジオ。
単なるスリラー映画にとどまらず、年を取ることの辛さ、人生の儚さなどが胸に迫ってくる作品でした。
◇◇◇
演奏会を成功させた有名ピアニストのロバート。
名声に寄ってくるのか、はたまた生来の魅力なのか…女性にモテモテで、35歳の独身貴族ライフを謳歌中。
スザンナという長く付き合っている恋人がいるものの、彼女が結婚話を持ち出すとうんざりした様子。
パーティーで出会ったファッションデザイナーの女性・エレンといい感じに…
演奏会の直前には近くで医者の女性が何者かに殺される事件が起きていて、刑事ダティ(プレザンス)もコンサートに出席していました。
実はロバートは女医から難病の告知を受けており、猛スピードで老けていく不治の病に罹っていました。
本来は子供の病気だけれど、ロバートは潜伏期間が異様に長く30歳を過ぎてからいきなり発症したレアケースなのだといいます。
女医はロバートに入院を勧めましたが、カッとなったロバートは医者を惨殺してしまいます。
善良な医者を殺してしまうの、「鬼滅の刃」の無惨様みたいでどうしようもない(笑)。
女性関係をみても、傲慢な浮気男という感じで決して好印象ではない主人公ですが、急激に脳細胞が破壊されることで異常な行動に駆り立てられてしまうのだとか。
老人の姿になるにつれ、凶暴性を増していく主人公が迫真でスリリング。
「俺は若い奴も老人も許せない。若い奴には先があるし、老人は十分楽しんだのにまだ生きている。みんな殺してやる!!」
言いたい放題な主人公にドン引き。でも曝け出された心の闇にちょっぴり共感してしまう自分がいたりして…
「歳をとることは美しい」なんてどこぞのセレブが語っていたりするけど、美容医療にめっちゃ金かけたような見た目で言われても説得力ゼロ。
加齢を楽しめる人は生活や体力に余裕のある人で大概の人間にはしんどくて辛いものじゃないだろうか…
「老いとは残酷なものなんだ!!」と描く本作はどこまでも誠実で、止められない時の加速に絶望しては若さに嫉妬する、そんな主人公の姿に見入ってしまいます。
途中寄ったトイレにて髪を梳かしていると大量の抜け毛が出てきて動揺するロバート。
それを見ていた隣の男性が「俺なんてもっと酷かったよ〜」と朗らかに声をかけてきますが、えもいえぬ怒りに駆られたロバートは男性を強打してしまいます。
男性には全く悪気がなかったけど主人公はもっと深刻なものを内に抱えていた…
誰しも他人からは見えない苦労や悩みを抱えていたりして、何気ない一言で相手を深く傷つけてしまっていることがあるのかも…短い一幕ですがとても印象に残るシーンでした。
途中からは舞台がベニスに…
カーニバルのシチュエーションが効果的に生かされていて、老いた顔を仮面で隠して群衆に混ざるロバートはまるで「オペラ座の怪人」。
古典ホラーのムードとともに主人公の孤独が伝わってきます。
地元ベニスにて、ロバートは初体験の相手だった女性のもとを訪れますが、当然ながら自分だと気付いてもらえません。
15年前の美しい回想シーンと、老人となり全く相手にされない現在との対比が残酷。
次には神父の同級生に救いを求めるも、なんの慰めも得られないまま…過去の思い出に縋るも辛くなる一方。
唯一心の拠り所となるのが年老いて捨てられた犬で、老犬を愛でる姿に切なさが込み上げます。
女医と恋人を殺害したロバートは、追手の刑事・ダティに電話をかけ、脅迫めいた挑発を繰り返すようになります。
捕まる危険性を増す矛盾した行動ですが、孤独に耐えきれず誰かに構ってほしい、止めてほしいという思いが伝わってくるようでした。
ドナルド・プレザンス演じる刑事のキャラが名刑事とは言いがたく、感情的に映るのがちょっぴり残念でしたが、犯人の目撃情報や声のトーンがその都度変わり、捜査陣が翻弄されていくのがサスペンスフル。
すれ違う犯人と刑事にヤキモキさせられます。
急速に老いが加速していくなか、ロバートはかつて一夜を共にしたエレンから「妊娠した」という驚きの知らせを受けとります。
「生まれてくる子供には自分と同じ病があるかもしれないから殺す」…お腹の子を亡き者にしようとエレン共々殺そうとするロバート。(この辺り、今だとホラーにするのが躊躇われそうなセンシティブなテーマ)
かつての幼馴染も警察も誰も気付かなかったのに、突然家にやってきた老人をみて「ロバートに似てる」と異変に気付くエレン。
いかんせん相手が老体なので、殺人鬼とのラストバトルは緊迫感少なめですが、ピノ・ドナジッオの美しい音楽とともにスローモーションで歩行し蹴躓いていく主人公の姿が悲痛。
人間年を取るのはあっという間、人生は儚いものだからこそ生きている瞬間が尊い…
そんな気持ちにさせる主人公の最期がストレートに胸に迫りました。
同じような題材でロビン・ウィリアムズの「ジャック」という作品があったと思いますが、類似したテーマを描くも殺人鬼の話にしてしまう、イタリアンホラー恐るべし。
リメイクしても面白そうな作品に思いましたが、特定の病気が暴力性を増すという誤解を招く描写は今だとしっかり配慮されそう。
特殊メイクの魅力はこの時代ならではかもしれません。
元はルチオ・フルチの「ザ・リッパー」にあったアイデアを流用した作品だそうで…
犯人が警察に電話をかけて挑発してくるところ、病気に関連した犯人像など、共通しているところもありますが、2作品あまり似ている印象はないかも…
「ザ・リッパー」も面白くて好みの作品でしたが、こちらは老化殺人鬼というアイデアを上手くサスペンスに生かしているのが傑出していると思いました。
なぜか日本の剣道を嗜んでいる主人公の稽古シーンがシュールな雰囲気を醸し出していたり…1人目のガールフレンドを殺した動機がぼんやりしていたり…全体的に粗っぽさはありますが、それをカバーして余りある魅力。
若くて健康なときにはピンと来ないけど、思いがけない病や避けられない加齢が確かに存在していて、そのときになって初めて死について考える…主人公の言葉が胸に残りました。
思ったよりもシリアスな作品で鑑賞後はしんみりとしてしまいましたが、いい作品でした。