フランスの名匠ジャック・ベッケルの遺作。60年のモノクロ作品。
「脱走山脈」「パピヨン」と年末からみた脱走系映画が目から鱗で素晴らしかったので、同ジャンルの最高傑作と名高いらしい「穴」という作品を鑑賞してみました。
フランスのサンテ刑務所で1947年にあった脱獄事件を元に作られたそうですが、まるで脱獄を一緒に体験しているかのような迫真の映像と音。
脱獄映画といえば穴掘りですが、掘り方があまりにも大胆で衝撃的(笑)。
知らない俳優さんばかりで話の予想が全くつかずドキドキ、フランス映画らしい深い余韻を残すラストに悶絶。
手に汗握る極上のひとときでした。
◇◇◇
パリのサンテ刑務所にある牢獄の一室。
狭い部屋に4人の男が収監されていましたが、そこにさらにガスパールという青年が別房から移動してやって来ます。
4人は前々から脱獄計画を企てており、最初は新入りを警戒。しかし素直そうな人柄を見込んで仲間に加えることに。
こうして5人で穴を掘り進めていくことになりますが…
先日みた「パピヨン」に比べると刑務所の中が自由すぎてびっくり(笑)。
看守の前でタバコ吸うわ、各々私服着てるわ…差し入れも受け取り放題。
パンにバターに石鹸…看守が全ての物品を同じナイフで切断して入念に中身を確認していくシーンの異様な面白さ。
こうしたディテール部分が刑務所ライフを覗き見しているようで迫真。
豪華な食事の詰まったガスパールの差し入れには他の囚人との格差を感じました。
独房は狭い部屋に5人の男が詰め込まれていてなかなか窮屈そう。
部屋の片隅には丸見えの便器が1個、プライバシーもへったくれもなくコミュ障には過酷な環境かもしれません(笑)。
5人並んでパンを食べたり布団を並べて寝ている様子は修学旅行のようで楽しそうにもみえてしまいました。
ムードメーカーは”僧侶”の仇名を持つ朗らかな性格のボスラン。砂時計の材料を見事にくすねて来て満足気な顔をみせるのが何だか可愛らしい。
無愛想で用心深いのはマニュ。ついに穴が外に貫通したときの嬉しそうな表情など、時折見せる笑顔がこれまた何とも愛らしい。
女の話題以外興味がなく寝てばかりかと思いきや、ここぞという時はしっかり働き、母親想いで情に厚いジョー…このおっちゃんにもギャップ萌え。
そしてとんでもなく器用で頭がまわり、脅威の度胸とタフネスを見せつける脱獄のプロ・ロラン。
濃ゆい顔のおっちゃんですがひたすらストイックに脱獄に打ち込む姿には惚れ惚れ、もうめちゃくちゃ格好よかったです。
今の映画だと「このキャラはこういう罪で投獄されていて元の職業はこれこれで…」と説明らしい台詞が山程入りそうですが、そんなものが一切なく、それでも各々の個性がしっかり伝わってくるのが凄い。
そんな中唯一背景が語られるのが新人のガスパール。
お坊ちゃん育ちで財産を食い潰し3歳年上の妻のヒモに…しかし17歳の義妹と浮気、それがバレて妻と揉み合いになって銃が暴発。
本人曰く計画的に妻を殺害しようとしたというのは誤解で、運悪く起訴されてしまったのだとか。
差し入れの食べ物を何の躊躇いもなく仲間と分け合おうとするところなど育ちのよさが感じられますが、良くも悪くも世間知らずな雰囲気。
新参者が来たことで、えも言えぬ静かな緊迫感が一同に付きまといます。
そんな中ロランの采配でいよいよ脱獄計画がスタート。
真昼間にガン!!ガン!!とコンクリの床に鉄槌を振り下ろしまくる大胆な力技にびっくり(笑)。
このシーン異様に長いわ、音がめちゃくちゃデカいわで、こちらの心臓もバクバク。その場で一緒に作業してるような心地になる臨場感。
開けた床穴からさらに地下道を行き、格子を切断、合鍵を作成…流れるような手際を見せるロランにただただ脱帽。
睡眠時間を確保するため作業は夜中に交代。
時間が分からず「時計が欲しい」となって、きっかり30分計れる砂時計を作成。
夜の巡回をやり過ごすため、関節の稼働する人形も製作。「アルカトラズからの脱出」を上回るクオリティにびっくり…!!
創意工夫と無駄のないチームワークにひたすら敬服の想いが湧き上がります。
そしてついにある夜シャバに通じる地下道のコンクリ壁を完全に破壊、マンホールから地上をチラリと覗き見するマニュとガスパール。
ほんの一瞬垣間見るシャバの開放感たるやもう…
しかしいよいよ明日決行というとき、新入りガスパールが突然所長に呼び出されてしまいます。
なんと妻が訴えを取り下げたとのこと。
そうなるともう脱獄する必要がないのでは…一同愕然となるも「どのみち数年収監されるから自分も予定通り脱獄する」と答えるガスパール。
「2時間も所長と話していたのは脱獄の情報をタレこんで取引していたんだろう」…4人は不信感を露わにしますが、裏切り者と疑われて心底傷ついた様子のガスパールをみて、皆は彼を信じることに…
そうしていよいよ予定通り決行時刻を迎えますが…
(※以下ラストまでネタバレ)
いよいよ穴に突入しようとした矢先、見張り役のジョーが扉の外を監視していると、突然鏡に映り込む看守の大群。
(このシーン、鳥肌が立って本当に恐ろしかった)
やっぱり脱獄の情報は筒抜けだった…!!
4人は看守たちに取り押さえられ、ガスパールだけがただ1人独房に連れて行かれます。
去っていくガスパールにロランが一言、「哀れだな」…
ガスパールは本当に仲間を売ったのか、その部分は全く描かれておらず実に含みのあるラスト。
自分は「妻が起訴を取り下げた」っていうのも所長がついた嘘だったんじゃないかと思いましたが…
そもそもなんでガスパールだけ急にこの4人部屋に移されてきたのか…都合よく利用できそうな甘ちゃんの彼を全て見越して放っていたのだとしたら、所長はかなりのやり手っぽい。
ただガスパールが保身のため積極的に皆を売ったのかというと自分はそうは思えなくて、器用に嘘をつくタイプにはまるで見えませんでした。
裏切り者と疑われたときの落胆した表情やラストの「違う!」という言葉は心からのもので、本人にその自覚はなかった…所長とお茶飲んで会話しててなんかいいように誘導されちゃったとか、そんな感じだったのかなあ…と思いました。
しかし思い返せばあらゆる場面で皆と違っていたガスパール。
配管工が修理に来て部屋のものをくすねていったシーン。
元いた4人は盗られたものを自分たちの手で取り返したけど、ガスパールは1人蚊帳の外。
暴力行為が嫌いな優しい青年にも映るけど、その直後には彼らの行為を讃えていて返って来たものだけはしっかりと受け取る…
自分の手は汚さないけど他の人間にやってもらうのはOK…みたいなところに何だかモヤモヤ。
マニュと2人でシャバを覗き見していたときには、皆を置いて1人で走り出しそうな気配が既にあった(笑)。
「欲しいものは何でも手に入れてきた」と語っていましたが、17歳の義妹に手を出すし、財産は食いつぶすしで、悪気なく欲望の赴くまま、深く考えずにその場その場で流されるタイプ。
途中には仲間のことを「すごくワクワクする、出会えてよかった」などとキラキラした目で語っていたけど、あのフワフワした感じ、現実しか見てない野郎4人との温度差がすごい(笑)。
”妻の計画殺人”もそんな大それたことを緻密に計画立ててやれる人じゃないでしょ…と自分はシロだと思ったのですが、家政婦が証言を翻したとか、判事に嫌われたとか、気付かないうちに誰かのヘイトを買ってそうなタイプ。(←偏見にみちた想像)
うっかりと別棟に足を踏み入れてしまった場面。「やっぱり僕は彼らとは違う」と思ったのか、脱獄が重荷に感じられたのか…深層心理があらわれたようで、ここも印象に残る場面でした。
生きてきた環境がまるで違う一蓮托生の仲良し4人組の中にいきなり放り込まれたのだと思うと、大変気の毒ではあるのですが、主体性に欠けどうにも宙ぶらりんな感じのする主人公。
解釈は色々ありそうですが、どっちにしろガスパールが来た地点で4人は”詰み”だったんだろうなあ…
ああ、やっぱりこの人は相容れない人だったんだ…カタルシスのようなものをどこかで感じてしまうのが複雑。
あれだけ頑張った4人の努力が水泡に帰してしまうのにも凄い喪失感があったけど、それ以上に主人公に漂う虚ろさ・寄る辺なさに何ともいえない気持ちになる、強烈なラストでした。
映画の始まりは〝実際にあった話をこれからお見せします〟とロランが画面に語りかけてきて物語が幕を開けていました。(この場面があったので脱獄成功して終わるのかと思ったらそんなことはなかったww)
ロラン役のジャン・ケロディは実際に刑務所に収監されて何回も脱獄を繰り返したリアル脱獄王だったそうで…
だからこそのリアリティなのか、すべてに宿るホンモノ感。
歯ブラシの柄に鏡の破片を巻きつけた潜望鏡、窓から窓へ紐を通して物を受け渡しする密輸ルートなど、ディテール部分にひたすらワクワクさせられました。
溢れる臨場感と濃密な心理サスペンス、知的で奥深くて1度みただけではとても咀嚼できた気がしない非常に尾を引くラスト。
脱獄映画最高傑作と名高いのにも納得の、物凄い作品でした。