「デビルズ・ゾーン」のデヴィッド・シュモーラー監督が怪優クラウス・キンスキーを主演に迎えた86年ホラー。
先日「異端者の家」をみたときに「デビルズ・ゾーン」と共にこの作品が思い出されたのですが、変な仕掛けだらけの家、サイコパスおじさんが登場する奇怪なホラー。
尺はわずか80分、ストーリーというストーリーはないのだけれど、美術セットの雰囲気が抜群なのと、クラウス・キンスキーの顔の迫力だけで大いに楽しめる作品になっています。
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美女にしか部屋を貸さないアパートの管理人・ガンサー。
通気口を行き来しては夜な夜な美女を覗き見、部屋にネズミを解き放ち女性たちが怯える姿をみてご満悦。
屋根裏部屋では舌を切り取った女性を動物のように檻に閉じ込めて飼育…ここにはギョッとさせられます。
女性がガンサーに「殺して」と書いたメモを渡すと「君が死んだら一体誰と話せばいいんだ」…ってあまりにサイコパスな回答に唖然。
人の生死を掌握したり、〝見えざる者〟になって女性たちを支配する全能感に酔いしれているようですが、クラウス・キンスキーが演じていると本物のヤバいやつオーラがダダ漏れでとにかくおっかない…!!
父親がナチスの実験医だったというガンサーは、父の昔の日誌を読んでから人殺しへの興味に取り憑かれてしまったようです。
自らも医者になり病院で緩和ケアに携わっていましたが、ある日健康な人をミスで死なせてしまい、そこからすっかり殺人の虜に…
唯我独尊、”アパートという異空間で神の如く振舞う男”かと思いきや、過去の犯罪を暴こうと部外者の探偵が訪ねて来ると急に怯えた顔をみせるなど人間的な一面も…
また多少は罪悪感を持ち合わせているのか、「他人を殺したあとは自分も必ずロシアンルーレットを行う」という謎ルールを慣行。
弾がハズレだと「これでよし」と罪がチャラになったような顔でスッキリ、複雑な心理を抱えたドM?(ドS?)のようです。
そんなガンサーのイカれっぷりを露知らず、アパートに住んでいる女性たち4人。
ピアニストのソフィー、男運のなさそうなハリエット、売れないソープオペラ女優のジェシカ、そして新しく越して来た真面目な女学生のロリー。
冒頭、レイプ犯に襲われているのかと思いきや彼氏とそういうごっこプレイ中だった…というソフィーの登場シーンからニヤリ。
遊び心満載のオープニングから独特の世界が広がっています。
アパートの建物は同じくエンパイアピクチャーズ制作の「トロル」で使ったセットを再利用したそうですが、キャラクターの出番こそ少ないものの、各部屋が雰囲気たっぷり、女性たちの個性を映し出しているようで抜群の存在感を放っています。
そんな中でもガンサーの部屋はカラクリ屋敷のような趣。
レトロな振り子のおもちゃに実験室のような屋根裏部屋。
ネズミ1匹忍び込ませるのにやたら機械的な装置が出てくるのには笑ってしまいますが、奇怪な仕掛けがたくさん。
〝座ると矢が突き刺さるイス〟も登場、お尻を刺されたお兄さんはかなり痛そうな死に様でお気の毒…!!
後半からブレーキがきかなくなり一気に狂気を暴走させるガンサーは、住人たちを次々に血祭りにあげていきます。
肝心の殺人シーンが描かれず女性たちがあっさり死体で登場するだけなのは物足りない気がしますが、女物メイクを顔に施してずんずん迫ってくるキンスキーがとにかく不気味。
生き残ったロリーが通気口に逃げ込みそれをガンサーが追跡するシーンは、悪夢的でまさに映画を象徴するクライマックス。
真っ先に思い出されるのは「エイリアン2」!?アルジェントの「オペラ座/血の喝采」にも通気口が出てくるシーンがあったと思いますが、閉塞感に満ちた迷宮はホラーとの相性バッチリ。
いきなり出てきた台車に飛び乗って猛スピードで滑走していくガンサーのなんと不条理なこと。
でも余りにもシュールな画に笑ってしまいます。
ラストは自分の罠で死んだと見せかけて再登場、女性の怯える姿をみて悦ぶのがサディスティック。
しかしロリーの放った拳銃がついに命中してガンサーは死を迎えます。
ナチ設定も結局なんだったのかよく分からないまま…「デビルズ・ゾーン」のスローソンさんの方がキャラの内面やドラマが感じられてよかったと思いますが、本作のガンサーも逃れられない狂気の宿命や寄る辺ない孤独感を感じさせて、不思議な魅力が漂っていました。
奇人変人で監督は撮影中大変だったそうですが、クラウス・キンスキーならではの怪演が作品を只ならぬものにしています。
ストーリー性に乏しく、80分という短さでとにかく本数を量産することに必死だったこの時代の低予算ホラー。
それでも侮れない何かがあって、悪夢的映像のセンスが卓越…!!
”狂った男の閉じられた精神世界”を描くホラーにはなぜか惹きつけられるものがあって、奇妙な魅力の1本でした。