話題になっていてタイトルだけは知っていたのを今更鑑賞。
3部作らしく、次作「パール」に続き最新作「マキシーン」が来月公開予定とのこと、予習にみてみることにしました。
評価が高いのは「パール」だけでこっちはイマイチなのかな…と思っていたら自分はこちらもかなり良かったです。
予想よりも地味で動的な盛り上がりは少ないものの、B級映画と見せかけてかなり凝った作り。
音楽、カメラワーク、画面の切り替えなど70年代らしいムードが満点。
オマージュシーンらしきものも見られましたが、特盛で持ってこられた「サブスタンス」よりこちらの方が美味しくいただけたかも(笑)。
逃れられない老いの宿命や人生への未練など、静かながら悲哀が迫ってきて、個人的にはとても好みの作品でした。
◇◇◇
1979年。ポルノ映画の撮影隊がロケのためテキサスの農場を訪れることに…
農場に住んでいるのは第一次世界大戦の退役軍人であるハワードとその妻・パール。
ロケのことを黙ったまま借りたゲストハウスで撮影を始める一行でしたが、老夫婦は実は只者ではなくて…
(以下ネタバレ)
性に奔放な若者たちが殺人鬼に出くわすというホラー鉄板のストーリーですが、若者勢が思いの外好印象。
胡散臭そうなプロデューサーのウェイン。「ホームビデオは必ず当たる」という台詞にこの時代の空気感をビンビンに感じますが、商魂逞しい姿がどこか清々しい。
スタッフ内で起こった男女いざこざにも付き合ってパンツ一丁で一緒に彼氏を探してあげるの、意外と面倒見がよくていい人そう(笑)。
竿役!?の黒人俳優ジャクソンはベトナム帰還兵。チャラ男かと思いきや軍人の誇りを持ったクールな面も持ち合わせていて常識的。
その彼女でブロンド主演女優ボビー・リンも性に奔放ながらサッパリとした気前のいい性格。
一見非常識そうなこの2人が老人を労わる優しい心の持ち主で、油断した結果殺られてしまうのが大変気の毒でした。
メガホンを撮る監督のRJは「単なるポルノ以上のものを撮る!!」と息巻いていて芸術家志向。
一生懸命なのが伝わってくるのは微笑ましかったですが、エロとホラーを格下にみている残念な奴(笑)。
大人しかったガールフレンドのロレインがマキシーンの演技に感化されて「私も撮って!!」と電撃参加したことで、2人の関係にヒビが…
映画でよくある〝レイプされた女性が体を清めようとシャワーを浴びるシーン〟。
彼女の濡れ場を撮った彼氏の方が浴びているのが斬新で笑ってしまいました。
「映画の中の出来事は全て偽物だ」という議論、最後に殺人現場にやって来た保安官が「フィルムの中身はホラー映画だ」発言して幕が閉じるところなど、現実と虚構を行き来するような構成が非常に凝っていてお洒落。
一攫千金、〝平凡な人生ではない何か〟を追い求めるクリエイターチームの主人公勢と、農場で閉ざされた人生を送ってきた老夫婦との対比が鮮烈で、序盤から作家性の高さを感じさせました。
そんな中一際強い印象を残す主人公のマキシーン(ミア・ゴス)。
「普通の人生は嫌、私はスターになるの」と豪語。
ヤクを過剰にやったり承認欲求が強そうだったりいかにも地雷女っぽい…と思ってみていましたが、いざカメラが回ると渾身の演技(濡れ場)を披露。
アンニュイな雰囲気が最後には不思議とカッコよくみえてきます。
ラストでは、このマキシーンが度々映されていたキリスト教番組に出ている伝道師の実の娘だったことが明かされていました。
相当抑圧された環境で育ったんだろうなあ…その反動でこういう道に走ったのかなあ…最後までみたあとにあれやこれやと想像させられるのも面白かったです。
そんなマキシーンに並々ならぬ関心を持つ農場の老夫婦。自分の若い頃に似ているというマキシーンをみてお婆さんは激しく心を揺さぶられた様子でした。
元ダンサーだったというお婆さん。破れた夢への後悔や選択肢のなかった自分の人生を憂う気持ちなどが漠然と伝わってきて、突然踊り出す狂気のシーンにもどこか物悲しさが漂っていました。
「お前も特別なんかじゃなくて老いてこうなるんだから!!」と夢見る若いマキシーンに毒づく姿が痛々しく、ミア・ゴスの1人2役が劇的な効果。
過去と未来を映し出した合わせ鏡のような2人から、嫉妬や虚ろな想いが胸にひた迫ってきました。
それにしても老夫婦の性欲の強さにはびっくり(笑)。
ヨボヨボになってもそんなに元気なの!?と驚いてしまいましたが、そういえば筒井康隆の老人バトルロワイヤル小説「銀齢の果て」でも老人の性事情が描写されていたなあ…
老人だからといって性欲と無縁とは限らない。2人の生々しいベッドシーンが何よりもグロテスクに見えてしまうのが、老いの残酷さを突きつけられたようで複雑でした。
それ以前にもヒッピーの若者を殺したと語っていて、あの沼を見る限りかなりの常習犯っぽい老夫婦。
お婆さんの方が力を握っていそうで、婆さんの欲求に応えられない爺さんが罪悪感もあって加担、秘密を共有することで夫婦関係を保って来たのかな…と思いました。
でも爺さんの方も「現役のお前には分からんだろう」と言いながらジャクソンを撃ち殺していたりで、ちゃっかり若い男に嫉妬。似たもの同士な夫婦なのかも…
もっと〝べらぼうに強い殺人鬼〟を予想していたら普通の老人だったのが意外でしたが、爺さん・婆さんが突然ヌッと出てくるだけでギョッとしてしまう(笑)。
同じ色のアイシャドウを塗っていたり変な行動にゾゾッ、地味だけれどしっかり怖さのあるホラーに仕上がっていました。
最期はびっくりしちゃってポックリ、銃の反動で身体が吹き飛んじゃったりで実に弱々しかったですが、そんな〝あっけなさ〟も妙に切なくて味わい深かったです。
夫婦仲がよくて、生涯寄り添って愛してくれる夫がいたならそれでよかったじゃない…なんて思うけど、そんな綺麗事じゃ割り切れない想いがあったんだろうなあ…荒涼とした農場の景色が人生のままならなさをひしひしと感じさせました。
3部作の構成がどんなものなのか全く想像がつきませんが、「ジョジョの奇妙な冒険」みたいに世代を変えながら複雑な因果を描いていくのかな…
ラストの〝伝道師のオチ〟が逃れられない家族の呪縛を暗示しているようで、何とも不穏。
「善良なキリスト教徒の家に悪魔がやってくる!!」と演説していたけれど、実際に邪悪だったのは慎ましやかな生活を送っていそうだった老夫婦。
一見奔放そうにみえた若者たちの方は悪い人ではなくてそんな彼らの方が餌食になってしまった…というのが皮肉めいていて、アンチクライスト観を感じさせました。
ところどころで名作ホラーのオマージュと思われるシーンが登場。
窓から外をみる婆さん&その婆さんを外からみる主人公は「センチネル」っぽい。
ワニのいる沼と赤い照明は「悪魔の沼」。
冒頭のワゴンの雰囲気や家屋と家の玄関を捉えたショットは「悪魔のいけにえ」。
目ん玉串刺しは露骨に「サンゲリア」(笑)。
破った扉からの顔見せと裸のお婆さんといえば「シャイニング」。
主人公が「絶対に成功する」と鏡の中の自分に向かって話しかけるのは「ブギーナイツ」。
突然のスプリットスクリーンはデ・パルマ、沼に沈んだ車は「サイコ」。
お婆さんの最期の死に様も「悪魔のいけにえ」、且つ「サスペリアPART2」のカルロが頭をよぎったりして…
名作ホラー、特に70年代作品への憧れと深い愛を感じつつ、どれもこれも浮いておらず本編に溶け込んでいるのが素晴らしかったです。
音楽も非常に好みでタランティーノっぽいセンスを感じました。
一見粗っぽく作ったようで相当計算されて巧妙に作られたことが伝わる完成度の高さ。
映画の世界が眼前に広がっていくような冒頭の独特のカメラワークからゾクゾク。泳ぐ主人公の跡をワニがつけている空撮のショットなども不穏でインパクト大、終始引き込まれっぱなしでした。
「エックス」も充分面白く大変好みだったので、「パール」への期待が俄然高まります。