イギリスの名優チャールズ・ロートンがメガホンを撮った1955年制作のサスペンスホラー。
先日鑑賞した「フレイルティー 妄執」DVDにて、製作陣がインスパイアされた作品として語っていて面白そうだったのを初鑑賞。
幼い子供2人が聖職者の皮を被った殺人鬼に追われる…何やらとても恐ろしそうなホラー。
ドイツ表現主義的と評される1作だそうですが、「ヘンゼルとグレーテル」など童話を想起させてメルヘンホラーともいうべき独創的ムード。
モノクロ映像の美しさが絵画のようで圧巻でした。
92分というコンパクトさ、三幕仕立てになったような構成で、前半と後半でトーンがガラッと変わったりもするのですが、ミッチャムの殺人鬼キャラがユニークでとても怖かったです。
道徳的テーマが明快に示されたストーリーになっていて、信仰の恐ろしさと同時に尊さも描く離れ業。
スティーヴン・キング絶賛、カルト的名作と名高いのも納得の1本でした。
◇◇◇
貧しき一家の父親ベン・ハーパーは、家族の生活のために強盗殺人を犯してしまいます。
逮捕直前に盗んだ1万ドルのありかを長男・ジョンと長女・パールにだけ告げたのち処刑。
同じ刑務所に収監されていた偽伝道師・ハリー・パウエルは、ベンの寝言から幼い子供2人が大金の隠し場所を知っているのではないかと疑います。
釈放されたハリーはハーパー一家を訪問し、未亡人・ウィラと住民に取り入り、再婚。
長男ジョンは頑なに心を閉ざしお金の在処を語らず沈黙しますが、豪を煮やしたハリーがとうとう子供たちに襲い掛かります。
とにかく不気味でおっかないロバート・ミッチャム演じる偽伝道師・ハリー。

天に向かって神に語りかける姿は心からのもので、信仰者であることは揺るぎない真実。
右手にLOVE、左手にHATEの刺青が入った両手を使いながら、人間の心の善悪を説く一人芝居を披露。
そんな陳腐なお説教が村人の心をキャッチしてしまうから恐ろしい。
でもこういう口先が上手い詐欺師じみたカリスマなんちゃらの人本当にいそうだし、そんな人の信者になる大衆もたくさんいそうで嫌なリアルさが漂います。
神の名を騙りながら実は多くの女性を手にかけた殺人鬼でもあるハリー。
女性たちを深く憎悪し、着飾ったり性的アピールをする女性には我慢がならないようです。

ウィラと再婚するものの初夜を心待ちにしていた妻に指一本触れることなく性行為を頑なに拒絶。
「この体は子供を産むためのものだ」…キリスト教原理主義的なガッチガチの思考、プレイボーイ的見た目に反して性に異常に厳格なのが大変不気味です。
長男ジョンだけがハリーの邪悪さを見抜きますが、抱っこされて「パパ」とすぐに懐いちゃう小さい妹・パールちゃんが可愛い(笑)。

しかしお金の在処をなかなか話そうとしない兄妹に剛を煮やし、ハリーは子供たちを脅して叱りつけます。
そんな夫を見ても愛想笑いを浮かべることしかできないお母さんのなんと情けないこと。
母親役は若き日のシェリー・ウィンターズ。

この母親自身も内心ではお金に執着しているようで、そのことに罪悪感を覚えつつも自分の気持ちを誤魔化し、ハリーを利用してその想いを解消しようとしているようでした。
悪気なく子供よりも自分を優先してしまう、依存的な心の弱い母親の姿がリアル。
しかしハリーは邪魔者となったウィラをあっさりと殺してしまいます。
宗教絵画のような三角屋根のベッドルームでの殺人風景。

水中に沈められたウィラの死体の髪の毛が水草と共にたなびく様はまるで「オフィーリア」。

白黒映像と相まっての幻想的美しさ、不気味さに圧倒されます。
ウィラを殺したハリーですが、「妻が子供たちを捨てて出て行った」と周囲の村人に大嘘をついて同情を買うことに成功。
ウィラに再婚を勧めていたアイスクリーム屋のおばちゃんは、人当たりがよさそうにみえて上っ面でしか物事をみない浅薄な人でいい迷惑。
ハリーの邪悪さを見抜きながらも自分に嫌疑がかかることを恐れ死体を放置、酒浸りの船小屋のおっちゃんは豆腐メンタルで情けない。
頼れる大人がおらず、兄妹は孤立。
本性を現し襲ってきたハリーから逃れようと、お金の真の隠し場所だったお人形を持って、ジョンとパールは夜の闇を駆け出していきます。
ふとした隙にハリーがつまずき間一髪でその手先から逃れるなど、まるで神の采配が生きたような決死の脱出劇。
乗ったボートが川を下る中、さまざまな動物たちが映し出されていく映像は絵本の世界のようでメルヘンチック。

ボートを俯瞰で映した上からのショットなど、神様視点で見ているような心地になる、不思議な神々しさに満ちています。
途中でボートを降り民家に身を寄せようとするも、思い直して動物たちのいる納屋を選び身を隠すジョン。
〝馬小屋で生まれたイエス〟を想起させるなど、ところどころで宗教色を感じます。
「あいつは夜も眠らないのか」…遠くの暗闇の中、賛美歌を口ずさみながら馬で闊歩し追跡を続けるハリーをみつけ溜め息を漏らすジョン。

影絵のような映像も鮮烈で、人間離れしたハリーが悪魔そのもののように思えてきてひたすら恐怖でした。
川下りを続けてボートの中で眠りこけていたある日、兄妹はクーパー夫人という女性が営む孤児院ハウスに偶然流れつきます。
夫人に保護されることになったジョンとパール。
一見厳しくみえるクーパー夫人でしたが、自立心を育むため子供たちを躾けている愛情深く心優しい老婦人。
信心深い夫人は夜には聖書の物語を子供たちに語って聞かせますが、ジョンは偽伝道師・ハリーのことを思い出しそっと背を向けます。
そんな訳あり兄の複雑な様子を見逃さない夫人。
そんな中ある日とうとう兄妹の行方を掴んだハリーが孤児院ハウスを訪問。
自分がジョンとパールの実の父親だと騙しにかかりますが、真実を見抜く夫人はハリーを見事に追い返します。

(見事な構えでバーサンかっこよすぎ!!)
子供たちを守るため寝ずの番をするクーパー夫人と、寝込みを襲おうと狼のように家の前に陣取るハリーが、同時に賛美歌を口ずさむ場面はどこか西部劇的。
どちらも同じ信仰者ではあるのですが、決して交わらない2人。静寂ながら緊迫感いっぱいの名シーン。
ついに隙をついて家に侵入してきたハリーに夫人が発砲、遅れて駆けつけた警察の手によってハリーはようやく逮捕されます。
その様子をみて自分の父親が逮捕されたときのことを思い出し、「もうやめて!!」と叫ぶジョン。
トラウマが蘇り錯乱したようですが、自分たちをあれだけの目に遭わせた男を”金に翻弄された愚か者”として受け止め憐みをみせたかにも映る幼い少年の姿に、胸を打たれるような、哀しいような複雑な気持ちが込み上げます。
それに対し、かつてハリーに騙されていた村人たちは、態度を一変。「悪魔を死刑にしろ!!」と鬼の形相で狂乱し始めます。
本作のテーマは非常に明快で、冒頭モノローグで語られていた「人を裁くな、あなた方も裁かれないようにするためである」という言葉だと思います。
〝性的な女性は悪〟だと一方的に決めつけて神の名の下に殺害していたハリー。
前半あれだけハリーに夢中になっていたのに違う事実が明るみになると手のひら返しでリンチに勤しむアイスクリーム屋の老夫婦。
冒頭に登場した死刑執行役の子持ち男性も、愛情深い常識人かと思いきや、処刑対象が世の憎まれ男だと知ると満面の笑顔をみせます。
素朴な人々の〝善人であれ〟という思いが他人を攻撃するのに悦びを見出すようになるのがとても怖いと思いました。
その中でもアイスクリーム屋の老夫婦の醜悪さといったらなく、見た目と聖職者という職業に騙されて何も考えず盲信。時流が変わると己の過ちを省みることもなく簡単に主張を変えて他人を攻撃。

確固たる信念のあるハリーよりある意味では悪質なのかもしれないと思いました。
そしてもう1人、ダメ人間キャラとしてはクーパー夫人の孤児院ハウスの年長娘・ルビーという女の子も印象を残します。

ハウスのお手伝い仕事ではヘマばかり、裁縫の練習に通うといいながら男遊びしたさに町をフラフラ。
危険な男・ハリーに一瞬で夢中になって兄妹の情報を簡単に売り渡す様には、「こいつホンマどうしようもない奴やな」と冷たい目線でみてしまいました(笑)。
そんなルビーを見限ることなく、粘り強く諭し愛情を示し続けるクーパー夫人。
年上男のハリーに「私ってかわいい?」って擦り寄るルビーの姿は妙に物哀しく、親からの愛情に飢えていて何とかその満たされない気持ちを埋めようとこういう男に惹かれてしまったのかも…
恋に夢中な女性をみては「愚かね」と一蹴するクーパー夫人の逞しいこと(笑)。
もしかすると夫人にも苦い過去があって他者の過ちにも寛大なのかな、と思いました。
道を違えたルビーにも寄り添い、時に厳しい言葉をかけながらも見捨てない夫人の優しさが胸に迫ります。
世界恐慌という時代背景。自分が生きることだけに必死になってしまうのは致し方ないことなのかもしれないけど、最初に強盗殺人を行ったお父さんにもほんの少し寄り添いを見せてくれる誰かがいたら、罪を犯すには至らなかったのかも…
この作品、個人的には「鬼滅の刃」に感じるものとよく似ていて、ハリーのLOVEとHATEの手芝居に象徴されるように、どちらに転ぶか分からない善悪の揺らぎを丁寧に描いた物語だと思いました。
劇中ハリーの過去は一切明かされませんが、彼の子供時代はまさしくジョンのようなものだったのかもしれません。(金に執着せざるを得ない状況に追い込まれる、母親が子供の自分よりも男を優先し女性嫌悪も待ったなしの環境で育つ)
ハリーは闇堕ちした未来のジョンの姿だった…2人は表裏一体の存在として描かれているように思いました。
クーパー夫人とハリーの歌声が重なるシーンにも、人間どちらに転ぶか分からない危うさが込められていて、だからこそ自分を追い詰めた殺人鬼に肉親(或いはこうであったかもしれない自分自身)を重ねて情けをみせたジョンの姿が一際胸に残ります。
厳しい世界を映し出しつつも、終盤さらにもう一幕あってハッピーエンドのクリスマスで幕を閉じるのが意外。
プレゼント交換の場面。クーパー夫人から懐中時計を贈られるジョン。
冒頭では村のお店で時計をじっと眺めるジョンの姿が描かれていましたが、子供たちのことを普段からよくみていて欲しいものを分かっている夫人の愛情深さに感心してしまいました。
そして贈り物を用意していなかったジョンは、布にくるんだリンゴを慌てて夫人にプレゼントします。

大人を信じられなくなって心を閉ざしていたジョンが、クーパー夫人には心を開き信頼関係で結ばれたことが分かるラスト。
迷える子羊が家に帰ってきたエンディング。
めちゃくちゃ怖いホラーだったけれど最後はあったかクリスマス映画に…
世の中には悪しきものや恐ろしいものもあるけれど、それに拮抗する良いものもある…少年が希望を取り戻すラストが美しく感動的でした。
原作もあると知って、図書館で借りて読了。

内容はほぼ完全に同じ。伝道師・ハリーの影が迫るシーン、歌と共に馬に乗ったハリーが遠くから姿を現すシーンなどもそのまま小説にありましたが、映画→原作の順で読むとまるで絵本のように映画の名場面が次々と脳内再生されるばかりでした。
ルビーが困った娘なのは同じでしたが、幼い子供が大好きで世話をするのが得意らしく、めっちゃ良いとこあるやん!!と悪く思ったことを猛省(笑)。
お金の隠し場所が人形だったのは終盤まで明かさない方が盛り上がったのでは…と思いましたが、小説でも序盤で明かされていてそんなところも原作に忠実。
ハリーとの出会い→川下り逃亡→クーパー夫人登場…と映画は三幕仕立てになっていましたが、小説もほぼ同じ章立て。
映画は途中でトーンが急に変わるというか、場面転換がぶつ切りに思われるところもありましたが、映像美の吸引力でさほど粗っぽさを感じず没頭してみれてしまいました。
後半25分しか出番のないクーパー夫人役リリアン・ギッシュの圧倒的存在感。
若い頃に夫に先立たれ成功を収めた息子は薄情な人間となり疎遠に…原作だとより人間臭い老婆の印象でしたが、映画は凛々しい美しさとその中にある愛らしさに釘付けでした。
そして〝美しいテノールの歌声〟と評される偽伝道師役・ロバート・ミッチャムはドンピシャのハマり役。
映画では、子供を取り逃した時と夫人から撃たれた時にハリーがあげる動物のような鳴き声が悪魔じみていて大変不気味でした。
あの指の刺青が「ケープ・フィアー」に受け継がれたとのこと。
宣教師ルックの殺人鬼、ビジュアル的にもかなりインパクトがあり、「サイコ」のノーマン・ベイツに先駆けてこんなキャラクターがいたのか、と驚きでした。
ロバート・ダウニー・ジュニアでリメイクの話が出ているらしく、この人も物凄く似合いそう…でも白黒のあの映像美はきょうび再現できなさそうで、唯一無二のメルヘンホラーな雰囲気に圧倒されました。
チャールズ・ロートンってビリー・ワイルダーの「情婦」に出ていたやり手弁護士のおっちゃん、こんな凄い映画撮ってたのね…
「フレイルティー」でインスパイアされたと製作陣が語っていたのは、子供たちの頭が夜空に浮かんでいるちょっぴりシュールな映画オリジナルの冒頭シーン。

この部分だけでなく、常識人の長男が孤立して追い詰められるところ、神の名を借りて裁きを下そうとする父親など、かなり影響を受けていそうに思いました。
信仰心が人を傷つけることもあれば救うこともある。
人生の恐ろしい嫌な面とともに優しく尊いものを描き出していて、汚れ切った大人の心にこそ迫る、美しい暗黒メルヘンでした。
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