どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった」をイッキ見してしまった

1人ニタニタしながら一期の全12話をぶっ通しでみてしまいました。

2020年に1クールが放送されてちょうど今2クール目が放送してるアニメ。略して「はめふら」って言うらしい…

なろうサイト出身のいわゆる異世界転生モノでアニメもみなくなってしまっていた自分にはなじみのないジャンルの作品でした。

ある日公爵令嬢カタリナは頭を打ってしまい、
・自分が前世の現代で17歳で命を落とした乙女ゲーマーだったこと
・今の世界はかつてプレイしていたゲームの世界で悪役令嬢と同じ名前の自分はやがて最悪死亡の破滅エンドを迎えること
を悟ります。

こういうなろう/転生モノといえば「事故で死んで異世界にチート能力持って生まれ変わる」がテンプレだと思ってたので、前世が現代??という設定がなんだかとても意外で最初スッと頭に入ってこなかった(笑)。

でもこの設定だと〝その世界で過ごした8年間〟があらかじめあるわけで異世界の文字を学ぶとか世界を知る努力も何もしなくていいんだなー、勢いよく話がスタートさせられるんだなーとよく練られた設定のようにも思えました。公爵令嬢ものの1つの型なんでしょうか。

カタリナは自身の破滅を避けるため本来のゲームのキャラと違う立ち振る舞いをし、そんな態度があろうことか男性陣から「おもしれー女」と意図せず受けてしまいどんどんモテモテになっていきます。

男性陣はズラッと並ぶと「似たり寄ったりのイケメンばっかり」という印象で、もっと先生役の年上キャラとか3枚目寄りキャラとかメガネキャラとかいなくていいのー??と思ったけど、ちゃんと1人1人キャラが立ってました。

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1:本命王子っぽいジオルドはそんないう程腹黒でもなかったような…本命ポジの王道キャラが薄味なのあるある。

2:義弟キースのキャラが1番よかった。真面目そうで依存心強いヤンデレっぽさを底に感じるところもGOOD!本来のルートならチャラ男になってたって人間出会いで人生変わるのね。

3:無自覚俺様系のアラン。もうどんだけーってくらい分かりやすすぎるテンプレキャラだけどかわいい。メアリとくっ付かないどころかカタリナ取り合うことになるなんて…

4:作画と声がやたらいいニコル。離れて思う系。カタリナが「この人前世で攻略してないわ」って言ってたけど攻略しないままになっちゃうキャラいるいる。

そして最後に現れる黒幕がもうね…登場時からどうみても隠しキャラでしかありませんでした。

全ルート攻略しないとプレイ自体が開始しなくて、心に闇抱えまくっててフラグ回避しないとトンデモないバッドエンドにしてくるあいつ…先の展開は早々と読めてしまうものの分かってても面白かったです。

自分はゲーム好きの人間では全くないのですが過去に2作だけ乙女ゲーをプレイしたことがあって、乙女ゲーあるあるが蘇るというか要素を上手く取り入れてつくった話だと思いました。

自分が以前プレイしたゲームでは「主人公の女の子(プレイヤー)より友人キャラの女の子の方が可愛いなあ」と思ったことがあって…

プレイヤーを映す主人公には色が付けにくいのかも、なんか自分がない感じで味気ないな…とツンデレ全開な友人キャラの方に心惹かれたのですが、「はめふら」はそういうキャラ配置を逆手にとったようで面白いと思いました。

本来のヒロインまでたらし込むことになるなんて…2人の組み合わせが非常に可愛らしかったです。
前世の友人が登場する展開もこういう異世界系はとことん現世とグッバイしてんのかと思ってたので意外でグッときました。

全体的にキャラデザの良い、絵師ガチャ大当たりの作品なんだろうと思ったけど、特に女性陣のキャラクターがズラッと並んでも華やかでよかったです。

人間ドラマと設定はガバガバ、そもそもカタリナ様、オタクなのにコミュ力も運動神経も抜群ってどないやねん!!と思ったけど、チート能力持たされたわけでもなく、現代の科学技術をドヤ顔で披露するわけでもなく、「本来の性格の良さ」で危機を突破していくところが温かかったです。

「破滅して国外追放になったときのために耕作ができるようになっておく」…上手くいかなかったときのことを常に考えておくなんて謙虚、不思議と応援したくなる主人公でした。

ラストも何となく予想のつく感じでしたが、自分が前にやった乙女ゲーも「誰ともくっつかないルート」があってそれがすごい味わい深いやつでした。

エンディングも含めもう1期でこれ以上ないくらい完成されてて2期でやることあるのかなーって感じがするけどカタリナ様可愛いから続きもみようかな…癒されるアニメでした。

トラウマ映画「オーメン」/もしダミアンが悪魔の子じゃなかったら…

子供のころ親が私の頭をくしゃくしゃにして「頭に666はないかー、あったらオーメン、悪魔の子なんやでー」とよく冗談を言っていました。

「おお麺??」と言葉が全く頭に入って来ずある日「おーめんって何やねん」という話になり名作ホラーのタイトルなのだとビデオを借りてきて観せてくれることになりました。

以前「ジョーズ」をみてから水溜りすら怖くなったとテレビで語っていた芸能人の方がいましたが、私にとっては「オーメン」がそんなインパクトを受けた作品でした。

鑑賞後しばらく外に出ては上から何か落ちてこないだろうかと不安になる(笑)、横断歩道を渡るのにも信号が点滅したら絶対に渡らない…などとまるで居住まいを正されるような強い恐怖が残りました。

「人はいつか死ぬ」という理解は漠然と子供の時分にもあったと思うのですが、「オーメン」が伝えてくるのはより厳しい現実、「人はいつでも死に得る」ということでそれがとてつもなく恐ろしいことのように思われました。

数ある登場人物の中でもやはり強烈だったのは写真家の死に様です。

トラックからガラス板が飛び出すあの場面は大きくなってから「ファイナル・デスティネーション」をみたときにピタゴラスイッチみたいな所がとてもよく似ていると思いました。
あちらのシリーズは「志村後ろ後ろ」の感覚で笑って楽しめるのですが…

まさに〝生き残るのは死んでも無理”…避けられない不幸が人を襲う恐怖…「オーメン」はそんなホラー映画の真髄を極めたような作品だと思っていました。

そしてつい先日、リチャード・ドナー監督が91歳で亡くなったことを知り、「オーメン」が彼の監督作の1つだったことに今更ながらとても驚いてしまいました。

上質娯楽作をつくる職人監督のイメージで、ホラー畑でない人がこんなに恐ろしい作品を撮っていたのか、考えてみればポランスキーやフリードキンもホラー監督ではないのだけれど…
2006年のリメイク公開の際に見直していたはずなのですが今回特典映像やコメンタリーも探ってみようと久々にみてみたところ…

今まで持っていたイメージと真逆の印象で全く違う恐ろしさを感じてしまいました。

本当にダミアンは悪魔の子だったのだろうか…もしかしてこれは身勝手な親の方が恐ろしい話ではないのだろうか…

まず1番の被害者だと思っていた母親(妻役)のキャシーが以前観た時と全く違う印象でした。

子供の遊び声にうんざりした顔をみせる、世話の一切合切を任せている若い家政婦が息子と2人で写真を撮ろうとすると嫉妬でもしたのか邪険に子供を引き剥がす…大統領夫人になれるかもとはしゃいでいるところなどをみると意外に野心家な面も伺わせます。

序盤にはダミアンが教会に入ろうとすると癇癪を起こすという場面がありました。

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「邪悪な悪魔の子だから神聖なものがダメなんだ」…そう思ってみていたシーンですが、事前の出来事をみるとダミアンは家政婦さんと公園に遊びに行こうとしていました。
「大人の冠婚葬祭の行事がつまらなくて遊びに行きたかった」…5歳の男の子がワガママしたかっただけだったのかもと思うとまるで違う映画のように思われました。

キャシーは実は血の繋がっていないダミアンに疑念を抱きはじめ、自分の望みとどこか違った子供に苛立ちを募らせていきます…

親が子供に何かしらを期待するのは当然のことだろうし、きれいなことばかりじゃない子育ての中で親も慈悲深い神のように子供に接していられるばかりではないものだと思います。
キャシーを悪く捉えるのは意地悪な目線なのかもしれませんが、ある角度でみれば親の方が利己的で不寛容に映る…実は全くオカルトホラーしておらず現実的なサスペンスとして作られていたこと、その構成の素晴らしさに唸るばかりです。

また父親ロバートも上品で真面目そうなグレゴリー・ペックの印象をミスリードしたような人物となっていました。

年の離れた若妻のことばかり気にしていて子育てに参加している様子はまるでなし。
そもそも流産を妻に伏せて別の子を引き取るという彼の偽りから物語が始まっています。

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さらには妻が次の子を妊娠すると「子育てに自信がないから産みたくない」という母親の意見を無視して自分の血をひく子供に拘る、そして養子の祖先を探ろうと墓暴きに出かける…これも見方を変えると身勝手で差別的な人物です。

映画が上手いのは夫妻が赤ちゃんを失った辛さや子供のお骨をみつけるシーンなど哀しさも存分に伝えてくるところなのですが…

他の脇キャラクター、「ダミアンは悪魔の子」と警告する神父・写真家・エクソシストの3人は改めてみると皆揃って人相が悪く怪しい陰謀論者のようでした。

神父に教会の避雷針が突き刺さる場面…あそこも子供の頃恐怖したシーンで「信者を助けない神様は無慈悲だ」などと思っていたものですが、改めてみると無垢な子供を悪魔扱いした男を神が拒絶し鉄槌を下したような、そんな真逆の見方もできるように思われました。

悪魔の手先のようで恐ろしかった家政婦ベイロックの見せ方も非常によく出来ています。

もしかしたらおかしな親から子供を守ろうとした善意の第三者だったのかもしれない、妻キャシーが病院で命を落とす場面も目のクローズアップが映るだけで彼女が直接手を下した描写などどこにもありませんでした。

有名なラストシーンでは大統領の養子となったダミアンが振り返ってニコッと笑います。

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利己的な悪魔が生き残ったアメリカの未来は暗い、ベトナム戦争の影を背負った暗さをどことなく漂わせているんだろう…そんな風に思っていましたが、身勝手な大人たちから逃れられた少年のハッピーエンドの笑顔だったのかも…と今回全く違う印象でエンドロールを眺めてしまいました。

リチャード・ドナー監督は特典・オーコメにて「人生には信じがたいことが起こる」と語っていました。そこがまさに自分が子供の頃「オーメン」をみて恐怖したところなのだと思います。

邪悪な殺人鬼の殺意も魔女の呪いもなくあるのはただ偶然の不幸。けれど実は子供と周りの人々の死は全く因果づけられていなかった…改めてみるとそのように作られていたということが驚きです。

さらにドナー監督は、

「不幸続きのせいで子供を殺したいと思うほど父親が追い詰められた話だ」

とも語っていました。

不幸を誰かのせいにしたくなる人間の心、その対象が家族にもなりうるってすごい怖い話だなあと思います。

以前鑑賞した際には恐ろしい悪魔にしかみえなかったダミアンですが、今回観返すとこんなにちっちゃかったんだなー、はじめてその姿が目に入ったというかすごく可愛いかったです。

ジェリー・ゴールドスミスの音楽が最大のミスリードにもなっているようで夫婦のシーンでは美しいメロドラマな旋律、ダミアンのシーンでは不協和音響かせたテーマ…と曲自体の良さもさておき計算された使い方も改めてみるとすごかったです。

ホラーが平気になっても積極的に見返さなかった作品で「エクソシスト」や「ローズマリーの赤ちゃん」に比べると格落ちの作品、そんな風に思ってたけどとんでもない!!

大人になってやっと気付けた深い恐怖がありました。

 

「ザ・カー」…真っ黒い悪魔の車vs小さな町

車ホラーの元祖らしいということで観てみたところ、地味な作品ながらよく出来てて面白かったです。

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漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第3部では主人公たちを追い詰めるホウィール・オブ・フォーチュンという車の姿をしたスタンドがありました。「激突!」が元ネタだと思ってたけどこの車にもちょっと雰囲気似てるかも。

人間同士の対決だった「激突!」に対し、こちらは「陸版ジョーズ」としてヒットさせたい思惑があったらしくモンスターパニックもののような幕開け。

小さな田舎町に突然現れた真っ黒な車が次々と人を轢き殺していく…

冒頭、真っ暗なトンネルをライトなしで走ってるところからして既に不気味、窓まで真っ黒に塗られていて中に誰がいるのか分かりません。

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↑いかにも改造車らしい低い車体、とにかく前方に圧がありすぎなボディー。

人を轢いては短く連続で鳴らされるクラクションは小さな子供がキャッキャッと喜んでるようでまた不気味。ふかすエンジン音、ブレーキ音などとにかく「音」のよい映画でした。

中に誰かが乗っているのか…最初はハッキリしないまま話が進みますが、町民たちが十字架の並ぶ墓地に逃げ込むとまるで結界を張られたように中に入れない車。不吉な風の話もあってここらでようやくどうやらオカルトものみたいだぞと判明。

なぜ悪魔が車のかたちで顕現したのか、なぜこの街が狙われたのか理由は一切明かされず、舞台がユタ州なので特別な信仰のテーマみたいなのが用意されてるのかと思いきやそうでもなし。

銃で撃っても絶対に当たらないという超常現象をみせてくれる割にパトカーが来ると逃げるなどその行動は一貫性はありません。

けれど狭い町の狭い人間関係を描いたドラマパート部分が意外に丁寧に描かれていて、「町のみんなで理不尽な怪物をやっつける」善と悪の戦い的要素がきっちり感じられるつくりになってると思いました。

皆に慕われていた老保安官に身寄りがないとわかってしんみりしたり、臆病者キャラがその性格ゆえにいち早く車が人外の存在だと気付けたり…学校の先生が父親不在の家庭で子供たちを寝かしつけてる姿など何でもないシーンから町の人々の繋がりがみえるような演出が丁寧です。

血が少なく暴力描写は控えめだったけど、真っ黒な車体が暗闇からヌッと現れたり、神出鬼没な登場の仕方は上手い…!!

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特に自宅にいる主人公の恋人が家ごと車に轢かれるところは画のインパクトも抜群で名シーンでした。

何気に1番良かったと思ったのは音楽。
「シャイニングにめっちゃ似てる…!」と思ったけど年度的にはこちらの方が先。

なんと「シャイニング」の曲も「ザ・カー」の曲もグレゴリオ聖歌のメロディを取り入れてアレンジされたもののようです。知らなかった…

www.youtube.com

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YouTubeで3曲聴き比べてみたらサビが一緒でした。「ザ・カー」を手掛けてたのはレナード・ローゼンマンという名作曲家だったようです。

エンドロールにて…今度は都会に行った黒い車がテーマ曲にあわせて全貌を見せないまま駆けていくところがめちゃくちゃカッコ良かったです。

脚本がずば抜けて優れているわけでもなく、「ジョーズ」の亜流のB級作品にも思えますが、CGなしのカーアクションはそれだけで見応えがあってモノづくりの丁寧さが感じられる。この年代の映画はいいなーと惚れ惚れする1作でした。  

   

「フォーリング・ダウン」…私の心の中のマイケル・ダグラス

ストレスを爆発させた中年男が些細なことから凶行にひた走る…

ジョエル・シュマッカー監督、マイケル・ダグラス主演のサスペンスドラマ。  

渋滞にキレる。不親切な店員にキレる。朝食セット終了したバーガー店にキレる。

一切なんの冗談も通じなさそうなマイケル・ダグラスのサイコっぷりがハマりすぎてて怖いのですが「ちょっと分かる」主人公にもなっているのが面白いところ。

結局壊れたきっかけは失業によるところが大きそうで「家族に会いたい」と願う姿は哀愁漂ってますが、元からヤバい奴だった感もありありです。

規律正しいようで他者に不寛容、短気で自分の思い通りにならないと気が済まない性格。元妻が三くだり半つきつけて再会を恐れるのはやむなし。

マイケル・ダグラスを追跡する定年間近の刑事ロバート・デュヴァルの役がまたいい味を出していて、こちらは主人公と対照的に「理性に踏みとどまる男」になっていました。

無神経な同僚の言葉をスルー、精神を病んだ妻の苛烈な仕打ちにも耐え続けてきたその姿をみると「抑圧して生きることが幸せなのか」とほの暗い気持ちも込み上げます。

けれど場面だけ切り取れば歪に見える夫婦関係もお互い愛があって上手くいってたのかもしれませんし、有能さを理解してくれる同僚もいました。

傍若無人に振る舞えば人間失うものもあってデュヴァル刑事はデュヴァル刑事で折り合いをつけつつ得られる幸せがあったんだろう…その柔和な物腰にホッとさせられました。

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93年のこの作品、「全くキレイじゃないアメリカ」を描き切っているというか今みると人種差別の描写が結構エグいことにも驚きます。

最初に主人公が成敗するのは移民の人たち(韓国人とヒスパニック系)で、相手の行為も相当なものなのですが、主人公の方も差別的な暴言を吐きちらしています。

ミリタリーショップを営む隠れナチ信奉者が同性愛者を追い立てる場面も強烈、黒人男性が銀行の前で「白人は融資を受けられるのに自分は受けられない」とデモして黒人警官に連行されていくところもシンドイ…

結局暴力を持たないと何の主張も通らないというのが絶望的で、一見大人しいサラリーマンしてるマイケル・ダグラスが銃をみせた瞬間いきなり皆言うことをきく…妙な爽快感がありつつも笑っていいのかわからなくなってきます。

バーガー店のシーンは本作屈指の名場面だと思いますが、「3分遅れて朝食セットが頼めなくてゴネる客」…やだねえ、なんでもマニュアル通りの時代になっちゃって人情がなくなっちゃったねえ…なんて懐古的な気持ちも分からなくないけど、店側からすればモンスタークレーマーで嫌なことこの上ないというのもめっちゃ分かる。

豊かな資本主義の象徴のようなバーガー店に対し失業者の中年白人男性が怒りを振り下ろす…なんだか時代の先を読んだ深いシーンにもみえてきます。

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↑写真と実物が違う!の咆哮に共感(笑)。

やたらマイペースな女性店員、ゲロ吐くばあちゃんと所々ユーモアが散りばめられていて重たくなりすぎてないのがいいバランス。渋滞つくってる道路工事に「予算消化のために傷んでない道路わざとやってんだろ!!」とバズーカ発射するとこもスカッとしてしまいました。

一回こんなに怒れたら気持ちいいだろうなあ…私の心の中にもいるんです、大きなカバンを持ったマイケル・ダグラスが…

…って言うとかなりヤバい奴みたいですが、電車の中で、お店で、目にしたニュースで…怒りの湧くようなことがあって、そんなストレスがメガマックスになっちゃってるような気がする今日この頃。

自分が直感的に思ったことの他に何か隠れてないかと想像したり、腹がたった人やものの背景を頭で考えてみたり…そうやって許容できるときもあれば本当にただ理不尽だと腹の立つときもある…

嗚呼、生きることってストレス!!って投げやりな気持ちも湧くけれど、結局自分も自分基準でしかものを考えていなくて周りにそれを強制させたくなるような暗い気持ちは持っている。
だからこそこの映画のマイケル・ダグラスの暴走にスカっとしてしまうのだと思うし、生活が逼迫したり家族を失ったりするとこんなたがが外れてしまうこともあるのかな…とヤバいというだけでは切り捨てられない主人公でした。

「キレる」とか「ムカつく」という言葉が流行り出した90年代、「暴力的な映画」だとあまり評価されてなかったような気がする本作。

最初から最後までテンションの持続する見事なサスペンス展開、社会派ドラマの側面、家族ドラマ要素、笑っちゃうユーモアのセンス…欲張りセットで見事にまとまっててなかなかの傑作ではないかと思いました。

 

「ゾンビコップ」…とにかく明るいゾンビ

秋葉原のワゴンで100円で売られてたVHSを拾ったらあまりの大当たりにニッコリ。
珍味なB級作品かと思いきや意外、満面の笑みでA +をつけたくなるような80年代ホラーアクションです。

ロス市警の2人が主人公のバディものスタイルですが、スーツに身を包んだ太眉がりりしい知性派・ロジャーと革ジャンに身を包んだ上腕二頭筋がたくましい肉体派・ダグ。

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この絵的な組み合わせからしてワクワクが止まりません。

強盗事件が勃発したある日のこと…2人は犯人を射撃しますが相手は撃たれてもなぜか死なずしつこく襲ってきます。

ようやく倒した犯人の遺体を持ち帰ると検視官レベッカから「この遺体は前にも検視したことがある」と衝撃の一言が…

遺体についていた薬品を追ってダンテ製薬会社に調査に向かう2人でしたが、今度は見たこともないような怪物が突然現れます。

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↑3人の人間が合体!?「バイオハザード」にでも出てきそうなワクワクな造形のクリーチャー。

肉体派ダグが怪物を倒している間、知性派ロジャーは何者かに減圧室に閉じ込められ殺されてしまいます。

しかし施設にあった妙ちきりんな機械をみつけたダグとレベッカはその中にロジャーを放り込みます。

すると…何事もなかったかのように起き上がるロジャー。けれどその心臓はもう動いておらず皮膚を切っても血が出てきません。

お前はもう死んでいる…
「身体が腐るからせいぜい寿命は12時間」という衝撃の告知を受けるロジャーですが、「僕を殺した犯人をみつけてやる!!」と予想外の能天気さで再び相棒と捜査に乗り出します。……

本作でまず素晴らしいと思われるのは特殊効果の数々。

悪化する顔色、どんどん崩れていく皮膚などゾンビコップ・ロジャーが急速に変貌していく姿にドキドキ、最終形態はターミネーターにも負けないカッコよさを披露してくれます。 

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また途中とあるキャラクターが迎える衝撃の死…身体がドロドロに溶けていくその姿はまるで「エルフェンリート」。ルチオ・フルチもニッコリしそうな目を見張る出来栄えです。

お茶目なグロシーンも愉快で、主人公一行が調査のため精肉店に入ると蘇生装置がその場で作動、豚の丸焼きや北京ダックが襲いかかる…!!

私たちが日頃命をいただいていることを再認識させてくれる深い道徳倫理に迫るシーン…になっていないこともなく、主人公の「俺も今日からベジタリアンだ!」という台詞が最高にキマっています。

84分という短い作品にて本筋に全く関係ないこういうシーンがやたら長いのもご愛嬌です。

ホラー要素は極めて低くジャンルはむしろアクションコメディですが、冒頭の銃撃戦からしてアクションシーンは意外によく出来ていました。

「撃たれても撃たれても立ち上がるキャラクターが味方サイドにいる」というのが新鮮。
ラストの主人公の突撃は「男たちの挽歌」を彷彿させるカッコよさ、ゾンビ人間同士が互いのボディーに撃ちまくるアホみたいなシーンにも爆笑です。

ゾンビの設定も悪役の行動も一貫性がなく矛盾しかないというポンコツ脚本なのですが、映画見慣れてる人でも度肝を抜く、普通では考えられないようなびっくりするような展開が急にはじまるなど、想像の遥か斜めをいくストーリーが予測不能すぎてこんなドギマギ感を味わえる作品は滅多にありません。

そもそもバディ2人の友情が友情があるのかどうか疑うレベルであっさりしているのが衝撃的です。

ロジャーの余命があと12時間と知ったダグ、「AIBOOOOーーー!!」と絶叫するかと思いきや何事もなかったかのようにカラッとしていてそこには死への恐怖や悲しみが一切ありません。

しかし異様にスーパーポジティブな2人の姿が不思議と深い死生観を醸しているような気もしなくない…そんな味わいのある作品となっています。

もし今日が死ぬ日なら何をするか??って意外に深いテーマ!?ですが、死を前にしても主人公が潑剌と好きな仕事に向かっていく姿は観ていると元気が湧いてきます。

ラストシーンは最高にカッコいいエピローグでした。

人を食べない異色ゾンビものだけど、それにしても「ゾンビコップ」(原題Dead Heat)という邦題は秀逸!!

 

「眼下の敵」…駆逐艦vs潜水艦、爽やかな戦争映画

第二次世界大戦中の南大西洋
英国の暗号書を受け取る任務を負ったドイツ軍Uボートが米国駆逐艦と遭遇。
互いの動向を探り合いながらの死闘を繰り広げることになるが…

普段あまり観ないジャンルの作品だったけど食わず嫌いせずにみたらとても面白かったです。

撮影にはアメリカ海軍が全面協力したとのこと、艦内の密室感、水しぶき上がる爆雷攻撃などCGのない本物の映像が50年代の映画とはとても思えない迫力でした。

民間からやって来たという謎めいたアメリカ軍のマレル艦長(ロバート・ミッチャム)と前大戦からの叩き上げであるドイツ軍のシュトルベルク艦長(クルト・ユルゲンス)。

どちらも切れ者で人格者、ともに戦争で家族を失った身で戦争に疑問を抱いている…

シュトルベルク艦長はナチスに批判的でこの年代の作品が敵側のドイツ軍も〝善く”描いているのが意外に思われました。

服装もキッチリ着込んだ軍服でなく汗だくのシャツ1枚、前がはだけてて胸毛飛び出てる…っていうムッワァァァな容姿も他の戦争映画でみるドイツ軍のイメージと違ってびっくり。

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脇の登場人物が主演を引き立てるための無能キャラになっていないところも好ましく、2隻以外の外の様子は一切映さないシンプルさが恰好いいです。

軍事系の知識のない人間はついていくのに必死になってしまったので、戦いの経過を少し整理。

【索敵】
駆逐艦側が潜りきってなかったUボートをレーダーで発見。Uボート側も遅れてソナーで反射像を発見し潜航します。

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第二次世界大戦、既にレッドオクトーバーみたいな電子兵装がされてたんですね…

U-ボート側はわざと針路を変えてそれに付いてくるか様子見しますが、切れ者のマレル艦長は気付いてないフリして針路を変えない。

一方シュトルベルク艦長も全く油断せずジグザグ進行を続けます。

「レーダー電波の向こうに頭脳を感じる」って台詞が渋い…!!

そして元の進路に戻ったUボート駆逐艦が追い2隻は接近します。

【交戦】
潜られてしまうと下から魚雷攻撃を受けることになる駆逐艦側ですが、相手にわざと魚雷を撃たせ再装填する間に攻撃しようと策を練るマレル艦長。

「多分今ごろ指示出しして各作業にかかる時間がこれくらい…魚雷はあと10分後にくる!」って読みが神がかってます。

ギリギリで魚雷避けるシーンにドキドキ、これにて部下の心も一気に掌握。

今度は駆逐艦側が攻撃にまわり爆雷を投下しますが、シュトルベルク艦長も切れ者で一気に針路変更し「駆逐艦の真下を通って」逆方向に逃走。

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「見失った」と相手に思わせるため機体の耐えうるギリギリの深度まで潜って静止、駆逐艦が去るのを待ちますが、マレル艦長は「絶対に下にいるはず」と上で静止することに決めます。

【膠着→再交戦】
時間が経過し任務もあるのでついに動き出すUボート。「やっぱりいた…!」と追いかける駆逐艦

マレル艦長は「残った爆雷を1時間ごとに落とし相手の針路を妨害、あわよくば浮上させて降伏か交戦に持ち込む」という作戦を立てました。

連続攻撃を受けて疲弊するドイツ軍ですが艦長は歌をうたって士気を取り戻させ、これまでに駆逐艦がとった動きを振り返って予測、「並行に並んだ瞬間に異なる角度で魚雷を一斉発射する」という作戦を立てます。

これが見事に命中、勝敗はついたかのように思われました。

【決着】
マレル艦長は看板に燃やしたマットレスを置いて食らったダメージをわざと大きくみせました。それをみて浮上するUボート

「5分で自艦を捨てよ」というドイツ軍メッセージに「了解、感謝する」と返すアメリカ軍。

しかし!!近づいて来たUボートの艦尾を砲撃するアメリカ側。

ここだけフェアじゃないように思ってしまったけど最後まで気を抜いたらダメ、あきらめなかったもん勝ちってことなんですかね。

両艦とも水没、タイタニックみたいな救命ボートに乗る兵士たち。

負傷した部下とともに死を覚悟したシュトルベルク艦長でしたが、マレル艦長がそっとロープを投げ込む…

戦争映画にしてはきれいすぎるという印象もありますが、決して好き好んで戦争してるわけでない軍人像に説得力があり、その戦いぶりから互いの人間性を認め合う2人の関係には爽やかさが残りました。

何が起こってもパニくらず、責任は全部背負う、普段から物腰柔らかで部下を威圧したりしない…2人ともめちゃくちゃカッコいい上司です。

ラストの水葬シーンなど「死」もきっちり描かれてはいて、途中指を失った兵士が職業が時計工だと明かすシーンは淡々としてたのが余計に切なくなってしまいました。

スリリングな駆け引きと迫力ある戦闘シーンとじーんとくるヒューマンドラマと…すごいバランスで配分されていて名作と呼ばれるのも納得!!見応えのある1本でした。

 

「サスペリア2」、完全版と劇場公開版の違いを探してみた

先日シネマートさんにて劇場鑑賞する機会があった「サスペリアPart2」。

こちらで上映されたのは126分の完全版でしたが、最初に日本で公開されたのはもう少し短いバージョンだったらしく、「106分の日本公開版」(劇場公開版)というのが併せて存在しています。

自分は最初に観たのが完全版であとから公開版をみた際には物足りなく感じてしまったのですが、Amazonのレビューをみてると「公開版の方が余計なシーンがなくテンポがいい」という意見もちらほら見かけました。

1度きりしか観てなくて違いがよく分かってなかった公開版。改めてみて完全版からどんなシーンがカットされてどんな印象の違いになってるんだ!?というのを少し整理してみたいと思います。

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↑↑随分前に購入した紀伊國屋さんのDVD-BOXから…完全版:イタリア語音声日本語字幕、公開版:英語音声日本語字幕にて鑑賞。

字幕の違いは取り上げず映像のカット箇所のみあげていきます。

・OP後…マークのジャズ演奏シーンがない
印象的なオープニングクレジットがあけた後、完全版ではマークがピアノを演奏している場面になっていますが、公開版はここがカットされ降霊術のシーンにとんでいます。

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完全版は冒頭から主人公マークが印象付けられる形になっており円形ホールのロケーションはオシャレ。…ですがオープニングから一気に真紅のカーテンの場面に飛ぶというのもなかなか大胆でカッコいいように思われます。

・殺人目撃前のカルロとの会話カット
ヘルガ殺害を目撃する前に噴水広場でカルロと会話するマーク。

公開版は一部会話がぶつ切りになっており、
「確か乾杯って意味だったと思うけど。チーズだったかな、忘れた。」
「カルロ、僕はアメリカ人で酔っ払いを何人もみたがみんな長生きしなかった」
…という2人の台詞がカットされ、無理矢理繋げられたようなちょっと不自然な感じになっています。

・ヘルガ殺害後、刑事との雑談シーンカット
ヘルガが殺害され目撃者として現場で聴取を受けるマーク。
完全版ではサンドイッチをむしゃむしゃ食べながら話す刑事と職業をめぐる問答がありました。

警察のいい加減キャラも味があっていいし「特に意味はないけど登場人物が何か食べてるシーン」が好きな自分としてはこのシーンはあってよかったように思います。

またその直後マークが証言をとるため警察に連行される場面もカットされています。

・噴水でのカルロとの会話が短めに
上記の警察問答シーンに続いて再び噴水にてマークとカルロが会話する場面。

完全版では警察から戻ってきたマークが酔ったカルロを心配し話しかけたところから会話がスタートしてますが、公開版はそこを端折って「うちでコーヒーでも飲む?」の会話途中からスタート…とここはちょっと雑な繋げ方。

「見たはずの絵が消えていた」と語る1番大事なシーンでもありますが、会話後半も完全版の方が長めになっていて、「もし重要でも君に何の関係がある」「自分で真実だと思い込んでるが実は記憶がすり替わってるんだ」といったカルロの台詞の数々が公開版では大幅カットされています。

マークが危険に巻き込まれるのを避けたいっていうカルロの気持ちが滲んでるように思われたり、二重人格っぽいオカンのこと話してるようにも思えたり…ここの会話は自分はあったほうがいいんじゃないかなあと思いました。

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噴水の引きの画がインパクトあるのでちょっと長くても充分間が持ってるんじゃないでしょうか。

・ジャンナとのやり取りが大幅カット
ヘルガのお葬式を遠くから見守るマークとジャンナ、ここから名コンビ?が誕生。

公開版では、
マークが新聞に自分の顔が載ったことに悪態をつく→ジャンナの車に乗る→車から出たいとゴネるマーク
…と2人のやりとりはアッサリめ。

完全版では、
「信じなくてもいいけど私恋人がいないの」、「ゾウみたいな君と違って僕は繊細」といったユーモラスな掛け合いががっつりあって、ドライブ後にマークが天井から降車するシーンもコミカルです。

のほほんシーンなので好みが分かれるかもですが、自分はこういうのんびりした空気も楽しめました。

・「私って嫌な女?」ジャンナの台詞カット
またまたカットされてるのはジャンナとの会話シーン。

自宅にちゃっかり上がり込んであっという間に事後の2人。腕相撲したりとすっかり仲良しさん。

公開版はジャンナがカッコよくタバコを取り出したところで次のシーンに飛びますが、完全版はその後もジャンナが「私のどこが嫌なの?」などとマークに詰め寄り会話がさらに続きます。

ジャンナしつこい(笑)。ツンデレというかもうデレしかありません。

・カルロとの連弾シーンがカット
探偵ごっこを続けるマークを注意するカルロ。
ヘルガ死亡のニュース映像を挟み公開版はマークの自宅へとカットチェンジ。
完全版ではこの前に「カルロとマークがバーで連弾してる場面」が入っています。

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先にあったマークの「父親が憎くてピアノを叩く」という台詞がカルロにもかかっているように思われたり、2人仲良く同じ行為に没頭してるのが擬似的な何かの行為にみえてきたり…ここもカットするには惜しく思われる場面です。

・マークを匿うジャンナのシーンがカット
風呂場で惨殺されたアマンダの死体を発見後…
公開版はいきなり「幽霊屋敷本の写真に載ってる植物を調査するマーク」のシーンに飛びます。

完全版では状況的に犯人扱いされてもおかしくないマークがジャンナに迎えにきてもらい、2人車の中でやり取りするシーンががっつり5分くらい存在しています。

マークが弱音を吐くとお酒をすすめるジャンナ。
「私の家に来ない?」と言われると思い通りに事が進んだようで口笛を吹くマーク…そして2人仲良く車の天井から降車…かなりおちゃらけたシーンですが、主人公の置かれてる状況を整理して次の展開への幕間をつくったという感じでしょうか。

・コカコーラに怒る刑事のシーンがカット
上記シーンに加え完全版には前後が全く繋がってない警察署の場面も入っています。

お金を入れた自販機からコーラが出ないと怒って蹴り飛ばす刑事のシーンが公開版ではカット。

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本筋とは全く関係ないこういう無駄なシーン個人的には好きです(笑)。

・ジョルダーニと連絡取るシーンがカット
アマンダが殺されたことをジョルダーニに知らせるマーク。

背後に車が飛び交う公衆電話ボックスの画が印象的ですが、ここも公開版ではカット。

いきなり場外市場でジョルダーニと会うという展開になってますが、一応それまでの流れで調査を協力する関係にあることは描写されてるので無くても不自然ではないかも。

あと無意味に挿入される犬の喧嘩シーン(数秒)もカットされてます。

とにかく公開版はアマンダ死亡から次の屋敷探索へと一気に展開が切り替わる感じですね。

・屋敷探索シーンが少し短めに
ガッツリある屋敷探索シーンですが公開版では2箇所削られてやや短めになってます。

1つは「物音がして一旦外に出るマーク」の場面がカット。

物音の犯人は探索を中止させたかったカルロでしょうか。

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後にある「窓ガラスが落ちてきてマークが傷を負う場面」はこのカットが一応伏線になってると思うので削るとどうかってとこですが、一旦屋敷から出るとこは冗長な感じもするので削ってる方がいいような気もします。(どっちやねん)

また壁画発掘の場面もやや短めになっており、完全版では中途半端に削ったところで新しい破片探しに水浸しの地下に降りて行くマーク。

公開版は削り途中の壁画からいきなり削り切ったところまでジャンプ!!

荒技にみえますが音をうまく繋ぎ合わせて案外綺麗にまとまってます。

個人的に探索シーンはサスペリア2で唯一長く感じてしまうところなのでこれ位アッサリしてていいかも。

・元カノに嫉妬するジャンナがカット
またまたジャンナとのシーン。

完全版では、ジョルダーニ殺害シーンのあとマークがジャンナに電話しそこでジョルダーニの死を彼女から教えてもらいます。

その後ジャンナがマークの自宅にやって来ると「やっぱり探偵やめようかな」と弱音を吐くマーク。「それならバカンスね」と喜ぶジャンナ。

しかし部屋にあるマークの元カノの写真を発見し「セクシー女が好きなのね」などと言いつつ楽しそうに写真を破くジャンナ、そして明るい曲とともに退場…とここもかなりおちゃらけたシーン。

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緊迫感のない無駄シーンに思えますが初見時にはこうした「マークが事件捜査しないことを喜ぶジャンナ」の言動が「やっぱり犯人なんか??」といい感じにミスリードされてしまいました。

・「あったよ!ハンマーが!」がカット
屋敷の写真を再度みて窓がないことに気付いたマークはもう一度探索へ…

完全版では壁を砕くものを探して屋敷庭をゴソゴソして一瞬で都合良くハンマーがみつかる…というシーンがわざわざ丁寧に入れられてますが、公開版は階段を登るシーンから。

ここはなくてもいいかも。

・エンドロール、マークの顔が止め絵になる
血溜まりを覗くマークの顔からテロップが流れてくるカッコいいエンディング。

完全版はエンドロールの流れ途中も恐怖に怯えたマークの顔が暫く動いてますが、公開版は表情が動かず止め絵になってます。(※)

イタリア字幕の方に元の映像を貼り付けちゃって差し替えられなかったのかな。

やっぱり顔には動きがあった方が余韻が残っていいですね。

一通りみて自分がありなしを発見できたのはこんな感じでした。

 

【結論:どっちがいいか】
完全版と公開版。改めてみると大きくカットされているのはやはりジャンナとのシーンが圧倒的に多かったです。

個人的には主演2人のキャラが好きなのと、「これだけ仲良くなって実は犯人なのか??」と意識向けさせる役割もあるように思えて自分はあった方がいいと思いました。

一応アルジェントが編集した「ちゃんとしたやつ」は完全版の方で、公開版というのはイタリア以外で公開する用に配給会社がカットして吹替をつけたもの??みたいですね。

ここぞという場面はカットせず上手く繋げてると思いましたが、それでも殺人が起こった後次の展開に一気に切り替わるのが所々チグハグしてて気になるように思われました。

でも短い方がテンポ良く緊迫感があるというのも分かる…
スチュアート・ゴードンが「死霊のしたたり」を初監督した際にたくさん撮った映像を編集者が切りまくってくれて余計なものがなくなってよかった!!…と喜んで話してましたが、B級ホラーは整合性うんぬんより短さが大事というのは一理あると思います。

ただ「サスペリア2」はボンクラB級ホラーとはまたちょっと違った趣があって、独特のテンポや人物描写も魅力の1つではないかと個人的には思いました。

もうこういうのはどっちを先に観たかってのが1番重要で最初にみたのが固定された印象になってしまうという話かもしれませんが。

所々まったりしてる雰囲気やキャラクターの掛け合いも楽しくて、自分的には改めてみても完全版の方が好きでした。


※余談
紀伊國屋さんのDVDではなんと完全版の方もオープニングとエンディングが英語テロップになっておりラストのマークの顔も止め絵になっていました( ゚д゚)

DVD1枚に2バージョン収録するため容量節約するのにこのような仕様になったのか謎ですが、今回劇場鑑賞したもの(あと完全版と称して配信されているもの)はちゃんとイタリア語テロップ&顔動きありエンディングでした。

色んなバージョンがあって混乱…紀伊國さんのBOXは箱の仕様といいブックレットの内容といい破格の出来栄えだと思っていましたが、劇場でみてあの画質のよさに気付いてしまうとBlu-rayが欲しくなりますね…