タランティーノ監督作品の中でこれだけ観そびれていたのを今更鑑賞したところ…めっちゃ面白かった!!
個人的にはワンハリよりもずっと好みで、これは劇場で観たかったなーと悔やまれました。
南北戦争終結後のアメリカ。マーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)は大雪で立ち往生していた中、通りがかりの馬車に拾われる。
馬客の中には1万ドルもの賞金をかけられた重罪人・ドメルグが乗っていた。
迫りくる猛吹雪から逃れるため、近くの洋品店に避難することになる一行だったがそこには先客が。
どうにも怪しい男7人、女1人は対立し、疑心暗鬼となっていく…。
女性のドメルグがパンダ目で出てきた瞬間、男に虐げられている女性役なのだろう、などと相当なバイアスをかけてみるも、そんな偏見は早々に裏切られました。
どんなことをやってきたのかは具に語られないけど、あのふてぶてしさ、悪魔のような笑み。相当ヤバい、凶悪な人間と分かる女優さんの演技が凄かった。
白人に取り囲まれた黒人男性のマーキスが正義の主人公なのだろうという期待もまた見事に裏切られ、戦争中に無差別に白人を殺し、平気で嘘をつく人間だということが明かされる。
しかし「お前には分かるまい。米国で黒人が直面する恐ろしさを。黒人が安全なのは白人が丸腰のときだけ。」という言葉、彼が厳しい差別の中で生きてきたということは紛れもない〝真実〟なのだと分かる。
差別主義者の将軍・スミザーズを死に追いやる挑発…あれは嘘だと自分は思ったのですが、スミザーズ自身も信じないなら受け流せばいいものをあそこまで胸を掻き立てられてしまう…嘘のもつ力に圧倒されます。
一方強盗組の嘘は陳腐で、マイケル・マドセンの「クリスマスはお袋と過ごすタイプ」に爆笑。
でもスミザーズが死んだとき自発的に死体を葬ると申し出たのは彼だけで、もしかすると親、年長者への思慕は本当に心の中にあるものだったのかもしれません。
善人が1人もいない登場人物たちの中で1番まともに思えるのは悪党女を堂々グーで殴るジョン・ルース。
元北軍側で露骨な差別発言もせず、リンカーンの手紙に「感動する」と優しい表情をみせる。
絞首刑への絶対的なこだわりは法と秩序への敬意なのか、単に悪人は苦しんで死ぬべきという個人の道徳観によるものなのかハッキリ分かりませんでしたが、こだわりを持った仕事人ぶりが格好いい。
しかしそんなルースも南部ボーイ、マニックスには不寛容です。
マニックスも差別主義のロクでもない奴で、スミザーズとの会話を振り返っても彼の父親が良い人間だったとは到底思えないのですが、彼がレッドタウンの新任保安官なのは事実じゃないかなーと思いました。(OBもきいてたと言っていたし)
自分が認めない人間についてはもう1%も認めてたまるか!という姿勢もまたヘイトそのもの。
あれだけ将軍、将軍と慕っておいて、いざスミザーズ死んだら弔わずコートだけ貰ってるマニックス。どんな神経してんのよ(笑)とあきれてしまいますが、掴み所がなく、今回1番面白いキャラクターだったかも。
ルースが指摘した彼の父親の略奪行為や無抵抗の黒人殺害は(もしルースが多少誇張された情報を信じていたとしても)事実なのでしょうが、マニックスにとっては「仲間のために戦った勇敢なお父さん」というのが真実なんですね。
どちらの側に属するかで自分が都合よく思いたいことしか受け取れない、対立する相手のことは全て否定せずにいられない…歴史認識の齟齬まで感じさせる絶妙なキャラクター配置でした。
殺人事件から見事な推理を発揮したマーキスがマニックスに銃を渡す展開…マーキスとしてはもう味方を増やしたほうがよいという冷静な損得感情に他ならないでしょうが、最後には黒人対白人という枠組みを超えて、一致し、絶対的な悪を下す。
でもここにも苦味があって、保安官の仕事だと言い張ったマニックスには自分が殺されかけたことへのやり返しという意図しかない。
マーキスはジョン・ルースの名をかたっていたけど、どうせ自分も死ぬから憎い敵を少しでも苦しめて溜飲を下げたいという「欲求を満たす西部の正義」、2人とも正義を楯にした暴力に他ならない。
どこまでも憎悪を感じるエンディングでした。
救いのように後味をよくするのが最後に明かされるリンカーンの手紙の素晴らしさ。
手紙に込められたマーキスの願いは〝真実〟で、嘘でも人の心を動かすことができる…その怖い面も希望的な面も両方描き切っているところに深みを感じました。
「イングロリアス・バスターズ」を観たときも「タランティーノすごい!こんな作品を撮るなんて!」と感動したけど、今回も思った以上に大人な作品だったことに驚き、ダラダラ会話から誰が何を考えているのかの読み合いが楽しく、3時間弱長さを感じませんでした。
◆モリコーネと「遊星からの物体X」
先日91歳で亡くなったエンニオ・モリコーネが本作の音楽を担当し、アカデミー賞作曲賞を受賞していますが、最後に西部劇でオスカーとるって何だかすごい縁ですね。
本作用に書き下ろした曲のほかにモリコーネの過去の既製曲も使われていたみたいで、「どの曲が昔の曲なんだ!?」と気になってYouTubeをチェックしつつ、本編と照らし合わせてみたので、分かったところを最後にメモ。
・「エクソシスト2」リーガンのテーマ (Regan's Theme)
冒頭、マーキスを載せた馬車が雪道を走るシーンでかかる。
驚くほど西部劇にマッチしていて、違和感がゼロ!
馬を小屋に引いて、宿と馬小屋を誘導するロープをつくるシーンでかかる。
ジワジワ何かが迫っている不穏な感じ、オルガンの終末感…雪景色にも映えてカッコいい曲。
・もう1曲「遊星からの物体X」の未使用曲(Bestiality)
毒コーヒーを飲んだルースが死ぬのを今かと待ち受けるドミニグ〜ルースの盛大な吐血と死…のシーンでかかる。
不安煽りつつどこかコミカルな感じが絶妙にシンクロ。
終盤での撃ち合いシーン~マーキスが弾切れになる場面でかかる。
「物体X」ではUFOを発見しにいくシーンでかかっていた曲。
音楽も含め、雪景色、カート・ラッセル、密室疑心暗鬼モノ、最後に残る黒人と白人…と「遊星からの物体X」にめちゃくちゃオマージュした作品だったんですね。
最後のリンカーンの手紙のところでかかるトランペット入った曲は、「続夕陽」の橋爆破のときの曲と似た印象で、誇り高く哀しい感じがすごくマッチしててよかったです。
見ごたえ、聴きごたえ抜群の作品でした。