前作「ヘレディタリー」に負けない鬱の嵐で、とんでもない世界に連れて行ってくれました。
ざっくりとした雰囲気は「2000人の狂人」に「赤い影」を足した感じ!?
カップルが主人公の別れのドラマかと思いきや、前作に引き続き家族ドラマも内包しているように感じました。
↓↓以下ネタバレで感想を語っています。
◆一見いい人そうなクズ彼氏
精神疾患を抱えた妹が無理心中をはかり、家族全員を失ってしまった女子大生ダニーは、悲しみに耐えきれずボーイフレンドのクリスチャンに依存した生活を送っていました。
そんな中クリスチャンが友人の故郷であるスウェーデンの小村への旅行に行くというので、ダニーは付き添うことにするのですが…
冒頭から撒き上がる不穏の嵐。
…旅行に行くのはいいけど話してほしかった…謝っただろ…”仕方ない”って感じでね…
ヘレディタリーもそうだったけど、登場人物のギスギスした会話には観てるこっちの精神がすり減ります。
彼氏の方はもう「俺と別れてそのあと死なれでもしたら後味悪い」みたいな自己保身の念しかなさそうで、優しそうにみえて愛の薄い男にイライラ。
そんなクリスチャンの冷たさは村に行ってからますます露呈していくのですが…
崖から飛び降りる老人の死が文化だと言い張る村人たちに、「おかしいだろ!」と声を荒げるイギリス人カップルはまともな人に思えます。
それに引き換え、驚いた様子をみせつつも平気で村に居座るクリスチャン。
ジョッシュはそもそも論文目当てだったから知ってたのかもしれないけど、クリスチャンは友人のネタを横取りしたうえ彼女放置で村生活を続ける姿に、ないわーと株がただ下がり。
その後も姿の見えない友人を心配することもなく、自分の保身にだけは抜け目ない、と見事なクズっぷりを披露。
あそこまで悲惨な最期を迎えるのは理不尽ではありますが、「恋人にも友達にもいい加減で不誠実なこんな男、見送ってよし…!!」と清々しい気持ちになりました。
◆最後に1人笑っているダニー
彼氏にとっては重たいメンヘラ彼女でしかなかったダニー。でもあんな壮絶な不幸に見舞われたら、精神が危機に陥ってしまうのも当然のような気がします。
彼女の家庭がどんなものだったのか詳細は語られませんが、何度も自殺を口にする妹がいた…と。ダニーが心理学を専攻していたのも家族を助けたい一心だったのかもしれません。
でも結局助けられなかったという罪悪感だけが残ってしまった…妹の死を一緒に悲しむ両親も失くして一人ぼっちになってしまった…
グロシーンの多い本作ですが、そういう露骨な場面よりも自分が怖かったのはダニーの幻覚です。
ガス管を口にしている妹の姿。ダニーが直接みたわけではないだろうに話をきかされて何度も頭の中で想像してしまったんだろうと思うとシンドイ。
ダンス大会で優勝して村人たちに笑顔で受け入れられるなか現れる家族の幻。すれ違う母親は全く笑っていない…。
自分は許されていない、自分を許せないという気持ちをずっと抱えているんだろうなーと、絶望しかない内面にゾッさせられました。
でもそんな彼女が最後の最後に救済を得る。
ダニーは「自分が選んだ彼氏を含めたいけにえたちを火あぶりの儀式を見送る」という、家族の死がトラウマな彼女にとっては最大級の衝撃を体験することになります。
苦痛に共鳴するホルガの村人たちに囲まれ、薬物も取り込んでるというキメキメな状態…
悲痛な表情を浮かべ息も絶え絶えに歩くダニー。
個人の愛を知っているダニーだけがあそこで一緒に焼かれるような死を体験した…。自分も死を疑似体験することでようやく孤独感から解放され、家族の死を乗り越えることが出来た…そんな風にみえました。
最後に1人だけ笑っているダニー。
もし完全にホルガ村に同化したなら泣き叫び続けてるはず…だと思うのですが、自分だけの感情に浸っている。
家族の痛みに共感しようと必死だった彼女がようやくその呪縛から解放されて自分を取り戻したようにみえて、癒しが訪れる不思議なエンディングでした。
◆絶対に行ってはいけないホルガ村
クライマックスは村人の狂いっぷりがハジけててもう「笑ってはいけないホルガ村」と化してましたが、心底気味の悪いカルト集団でした。
「みんなで感覚も何もかも共有しよう」「1人じゃないよ、寂しくないよ」…って聞こえは優しいですが、実際は徹底した個の排除で、集団の維持のためにただ生きるだけ…ってまるで昆虫と化すようなディストピアです。
でも結局のところ「皆いっしょ」というのはなかなか成立しにくいもので、あの飛び降りのおじいちゃんは恐怖が拭えていなかったようにみえたし、ダニーを村に呼んだペレにも彼だけの特別な感情があったんじゃないかなあ…と捨てきれない個の存在も感じました。
あの集団が維持できているのはヤクの力と、あとは時折外部の人間を入れて差別して殺してガス抜きしてるからじゃないのかな…。
どうみてもロクでもない集団。でも精神的に追い詰められたときに誰かに受け入れてほしいと身をゆだねてしまうこともあるのかな…そう思わせるところも怖いホラーでした。
◆◆◆
不穏な映像と音は神がかっていて圧巻でしたが、衝撃度は「ヘレディタリー」の方が大きかったですかね。
「ヘレディタリー」はバッドエンドにしか思えなかったけど、こちらはどうとでもとれる、ハッピーエンドにも思えるというエンディングがすごくよかったです。
セル版Blu-rayにはノーカット版が収録されているみたいで、147分でもあっという間だったので、こちらも俄然観たくなりました。