マカロニ・ウエスタンの王道ストーリーを反転させたようなセルジオ・コルブッチ監督の異色作。
なんじゃこりゃーと叫びたくなる展開はホラーのような理不尽さで、好き嫌いがキッパリ分かれそうな作品です。
1898年ユタ州スノーヒル。町は悪徳判事ポリカットと非道な賞金稼ぎによって支配され、罪のない者が法の名の下に処刑されていた。
無抵抗の夫を賞金稼ぎロコに殺されたポーリーンは〝サイレンス〟と呼ばれる名高い殺し屋を町に呼び寄せる…。
賞金稼ぎって、こういう世界観では善人とは言わなくても「殺すのは悪人だから」とヒーローっぽいポジションな気がするのに、この映画だと1番の極悪人として描かれています。
町の権力者が町民の仕事を奪い、飢えた村人たちが盗みに走る。正当な裁きを受けられないまま賞金をかけられ、〝人間狩り〟が行なわれる…とめちゃくちゃ暗い世界です。
舞台は西部劇に珍しい雪景色の町で、モリコーネの美しい曲と相まって寂しい感じが漂います。
面白いのは、この町の人同士は別にギスギスしてなくて、むしろお互い助けあったりしてる感じなところ。
おまけに政府のお偉いさんも悪い人ではなさそうで、「賞金稼ぎが問題になってるし、人種差別もよくない。新しい保安官を送り込むぞ!」と対策を講じる。その保安官もすごくいい人で治安改善に尽力しようとする。
それなのに、結局ずるい悪党連中にやりたい放題にされてしまうという厳しい現実。
しかも悪党の方は法律は何も犯してないので自分のことを悪いとも思ってなさそう…。
圧倒的な冷酷さをみせつけるのは、クラウス・キンスキー演じる賞金稼ぎ、ロコ。
汚いやり口で人を追い詰め、賞金首を殺しては大儲け。死体を回収するテキパキした姿はやり手のビジネスマンのような佇まい。「他人のことは何とも思わない」の究極の姿。
つい先日「ミッドサマー」という新作ホラーを観たのですが、あちらでは狂気の全体主義に個人が脅かされる恐怖を感じたけれど、ある意味この「殺しが静かにやって来る」はその逆……圧倒的に利己主義な個人が全体を食い散らかすという怖さを感じます。
介入の少ない実力主義はときに破綻を招く…銃を持ったずるい奴が得をしている自由の国…監督のコルブッチはあえて真逆な西部劇を描くことでアメリカを皮肉っているように思えます。
主たるストーリーは未亡人の復讐劇になっていますが、悪党クラウス・キンスキーに対峙する凄腕ガンマン・サイレンス役はフランス人のジャン=ルイ・トランティニャン。
サイレンスという名があらわすように、喉を切られて発声障害を抱えているというこれまた異色な主人公。
ヒロインの未亡人役には黒人女性が起用されていることも当時としては珍しいキャスティングです。
結ばれた美男美女の2人が悪党に一矢報いる話かと思いきや、とんでもないラストに…。
まさに無情の作品、従来の西部劇が好きな人に当時受け入れられたのか分かりませんが、ラストも物悲しい村の雰囲気も自分はすごく好きで、カルト映画としてジャンルを超えた人気があるのも納得です。
そういえばタランティーノの「ヘイトフル・エイト」も、馬車で居合わせる登場人物、個人が語るまやかしの正義、コーヒーに豪快な食べ方の食事シーン…とリスペクト散りばめてそうな気がしました。
公開当時はアメリカではこのラストが受け入れられないからといってハッピーエンド版を作らされたとか。
以前購入したDVDの特典に音声なしの映像が入っていたのですが、すんごいやっつけ仕事でバッドエンド以上に唐突すぎて笑いました。
無情だからこそ伝説になった作品ではないかと思います。