厳寒のストックホルム。警察が監視中のアパートが突如、爆発炎上した。
任務についていたラーソン警部補は住人を救うべく孤軍奮闘するが、出動したはずの消防車が一向に到着しない。
焼死者の中にはある事件の容疑者が含まれていた…
群像劇的に様々なキャラクターが登場する刑事マルティン・ベックシリーズ。
今作は際立って主人公の影が薄く、他キャラクターの活躍が楽しい回になっていました。
◇◇◇
大火事から始まる動的なオープニング。
大人しめ&内省的なベックとは対照的な、いかめしいラーソン警部補が大活躍をみせます。
自分の勤務時間帯じゃなかったけど、見張についてる若い刑事が弛んだ仕事してるのをみて一喝。休憩して整えてこいと言って自分が番を代わる…
威圧的で癖が強いけど、きっちり仕事するところはなんやかんやで素敵。
異常事態でも躊躇いなく最適解な行動をとり、次々に住人を救助。
フィジカル面の強さといい、判断力の速さといい、ベックやコルベリにはないものを持っている優秀な警察官として描かれていました。
ラーソンは来るはずだった消防車が到着しなかったことに疑問を抱きます。
出火元に住んでいた男の遺体はなぜか背中部分だけ酷く損傷しており、さらに死因が焼死ではなく殺される前に自殺していたことが発覚。
現場は混乱を極めます…
通常のミステリだと、犯人はアパートの住人の中の誰かで、意図した1人を消すために大火事を起こした…そして消防車が来ないように事前に細工して入念な計画を練っていた…なーんてなりそうですが、このシリーズはもっと渋くて地味(笑)。
しかしそれがまたかえって新鮮で今回もおおーっとなる結末でありました。
(ここから事件の真相ネタバレ)
出火元の部屋の男・マルムは組織犯罪に関与していて、上層部に逆らったため消されることに…
プロの殺し屋が時限爆弾を標的のベッドに仕込んだものの、無関係な人間は極力巻き込みたくないため事前に消防署に通報。
しかし土地勘がなく全く別の地域の消防署に通報してしまったため消防車は来なかったのでした…
殺し屋さんが随分律儀で、平気で無関係な人を巻き添えにした前作の犯人と比べると良心的に思えてしまいます(笑)。
けれど細やかな手がかりから犯人を掴んでいく過程は相変わらずよく出来ていて面白かったです。
盗難車を売って生活していた被害者の男はクズ野郎には違いないのですが、仲介者に利益を多く持っていかれて薄利多売の切迫した生活。
今時の闇バイトみたいなもんでしょうか…
独立して自分たちだけでやろうと上に楯突いた途端仲間が消されて動揺。
小心者で実はヒットマンが手を下す前に自殺していた…
一度ハマったら足を洗えないドン底の人間の煮詰まった感じは伝わってきて、少し気の毒にも思えてしまいました。
捜査チームのメンバーには今回新キャラとしてベニー・スカッケという若手刑事が登場。
警察署長になった自分を夢想する野心溢れる若者ですが、地道な捜査&泥臭い努力を怠らない真面目な青年で応援したくなってしまいました。
仕事に打ち込むあまり結婚予定の彼女との生活が早くもギクシャクしはじめているのは不穏ですが、粘り強い調査で情報を引き出すところはアッパレ。
それにしてもステンストルムのことがあったのにまた若手虐めをしているコルベリ、碌な人間じゃねえ…
もう1人今回お手柄だったのは、マルメ警察のモンソン。
前作「笑う警官」では慣れない都会で奮闘しているのに、ベックたちからは邪険にされていた捜査官。
火災事件と繋がりのある人物の遺体がマルメで発見され、地元で単独捜査に当たりますが、最後には手柄をほぼ全て持っていくという活躍ぶり。
小さな田舎町ならではの捜査方法、コネクションの強さがすごい。
のんびりした人かと思いきや、被害者の愛人女性と懇ろになって情報を上手く聞き出すの、かなりやり手でびっくり。
妻子がいるけど週末婚という家庭。平日には妻が恋しくなるけど日曜の終わりには鬱陶しくなる…とか言いたい放題(笑)。
特殊な家族形態ですが、ベックよりも上手くバランスをとって人生楽しんでる感じがしました。
ふりかえってみればチンピラがプロの殺し屋にやられたというだけの地味な真相ですが、盗難車をこぞって売る国際犯罪集団…グローバル化とともにこういう悪党集団も幅を利かせてきたのかな…と世情を感じさせる内容。
「アマチュアの事件の方が追いやすい。プロの犯行になるとお手上げ」というメランダーの言葉も何だかリアルで、最終巻のタイトルが「テロリスト」なのに今から不安を憶えてしまいます…
色んなキャラの私生活が垣間みえたけど、やっぱり今回1番カッコよかったのはラーソン…!!
43歳独身。家には仕事を絶対に持ち込まず、怪奇小説を読むのが趣味。
荒くれ者かと思いきや出自は御坊ちゃまで高いパジャマを着て寝る。裕福でお高くとまった実家とは折り合いが悪く、従軍し警察官に…
脳筋野郎かと思いきや、静かな生活を好む人で、実は育ちがいい…この5巻ではギャップ萌えの塊みたいなキャラクターになってました。
穏やかな性格のルンと仲がよく、普段おとなしいルンがラーソンを侮辱したコルベリに怒るの、激萌えすぎる…
入院中着替え持ってきてくれてお花も用意してくれるルンには「奥さんかっ!!」とツッコまずにはいられず、腐女子人気もかっさらっていきそうなラーソン。
冒頭の場面…見張の最中、寒さを緩和するため身体を前後左右に動かし指をグーパーするラーソンの姿。
大の男が1人せっせと動いてる光景を想像するとちょっぴり滑稽なのですが、辛い&しんどい気持ちを押し殺して最適解な行動を選びとることができる人間の献身的な姿…そのストイックさ、普段とのギャップに胸を撃ち抜かれました。
なんと角川文庫の新訳シリーズはこの5巻までで打ち切り。
巻末のコメントみると売れ行きが良くなかったみたいでやむなく…ということだったようですが…それにしてもえらい中途半端で大変残念であります。
何かの折に再始動してくれることを願いつつ、次巻からは旧訳バージョンで追ってみようと思います。