どうながの映画読書ブログ

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刑事マルティン・ベック「笑う警官」…シリーズ最高傑作の呼び声高い第4作目

警察小説の金字塔と呼ばれるマルティン・ベックシリーズの中でエドガー賞を受賞しており、最高傑作の呼び声が高い第4作目。

新訳シリーズとして刊行された角川文庫は1作目「ロセアンナ」からではなく、この4作目から出版していることからしても、1番人気の作品であることが伺えますが、個人的には1から順番に読んでいってよかったと思う次第。

群像劇要素の強いこのシリーズ、個々のキャラクターを掴んでこその面白さがあって、特に本作は〝1〟で登場した警察官がキーパーソンなっていることもあり、順番に読まないと感じられない人間ドラマがあると思いました。

(そういう自分も〝7〟の映画化作品からこのシリーズに入ったので、真っ当な順路で進んではいないのですが…)

 

◇◇◇

ベトナム戦争反対の世論が強まるスウェーデン。反米デモの夜、ストックホルムの夜バスで8人が銃殺された。

大量殺人事件に世間は凍りつくが、8人の乗客の中にはベックの後輩である刑事が乗り合わせていた。

狂った無差別犯による凶行だという見方が強い中、死んだ刑事の行動を追ったベックは、彼の知られざる一面を発見してしまう…

 

冒頭では〝3〟(バルコニーの男)で偶然犯人逮捕の手柄をあげたクリスチャンソンとクヴァントのコンビが再登場。

またもや神引きでドデカい事件の第一発見者となりますが、現場を保存しなかったせいで初っ端から捜査が難航モードに。

私生活第一、ビタ一文余計な仕事はしたくない…徹底した省エネモードが清々しいこの2人。

間抜けでもっさりしたコンビですが、こういう仕事のスタンスもあるあるだと思って、どこか親しみも湧くユーモラスなキャラクターです。

 

なぜかバスに乗り合わせていて銃弾の犠牲になったのはベックの後輩・ステンストルム。

1作目「ロセアンナ」で尾行の名人として登場、休暇中も上司のベックに律儀に絵葉書を送る姿が微笑ましかった若い警察官。

偶然乗り合わせていただけなのか、私生活に暗いものがあって彼を殺すための事件だったのか…仲間のプライベートを探っていく捜査に妙な緊張感が走ります。

職場のデスクからはガールフレンドのエロ写真が大量に発見。いい奴そうにみえて実はとんでもなくヤバい奴だったのか!?

職場で長い時間一緒にいたのに同僚のことなんて何も知らないかもしれない…というベックの心中にリアリティを感じました。

 

(ここから真相ネタバレ)

実は過去の未解決事件をたった1人で追いかけていたステンストルム。

真面目ゆえに名をあげたい野心も人一倍強く、警察のお偉いさんが「過去の未解決事件」の課題を割り振った時、1番有名な事件を解決したるぞ!!と息巻いてしまったようです。

個性が強かったり何か特技があったり…マルティンチームの中にいて実は劣等感があったのかも、と推察したベックの予想が大当たり。

「銃を持っていないとセックスできなかった」という性生活のエピソード然り、ごく普通に見える男が内に抱えるコンプレックス、男らしさを求められる過酷な仕事でのストレス…正義側のはずの警察官が危うい人物として描かれているのが非常にスリリング。

前シリーズを読んでいるとコルベリがステンストルムに当たりが強かったことが思い出されますが、「叩けば伸びると思った」って結構なパワハラ思考。

警察という激務ゆえ和気あいあいな職場ではいられないのだろうけど、言葉足らずで体育会系な部分もリアルに映りました。

 

被害者の数が多いため、複数人で聞き込み調査にのぞむも、皆バラバラの推理をしながら捜査が進んでいくのが本作の1番面白いところ。

それぞれ追っているものが線になることもあれば、全く繋がらない点のまま終わってしまうことも…

やった仕事のうち報われるのはごく僅か。この徒労感、孤独感こそがシリーズの1番の持ち味のように思われます。

 

キャラクターの中で今回株が爆上がりだったのはルン。

ベックとコルベリからの評価はなぜか低いですが、1人生き残った重体の被害者からダイイングメッセージを聞き出すことに成功。

抜かりなくしっかり仕事してて、揉め事起こさずにどんな同僚とも組めるルン、組織の中ではかなり重宝しそうな存在。

 

3作目では問題児だったラーソンは、粗暴だけど仕事には真摯。

記者会見で「これより悲惨な光景をみたことがあるか」と問われて脳裏に思い浮かべる軍人時代の記憶が壮絶。

「ほとんどステンストルムがやったことだ」…1番いい台詞あんたが言うのかよ!!

破天荒かと思いきや時折みせる常識人ムーブにギャップ萌えさせられます。

 

その他、田舎町から助っ人として招集されたモルディンとノーランは慣れない土地で奮闘。

ベックたちが小馬鹿にして感じが悪いのにびっくり。

聞き込み調査で接する人たちもどこか独特のオーラを放っていて、移民労働者が詰め込まれた狭いアパートのむさ苦しい空気、休憩中の看護婦が勢いよく食事を平らげるところなど、些細な描写が迫真でありました。

 

結局バス乱射事件は未解決事件の犯人が過去の犯罪を暴かれることを恐れて引き起こしたものだと判明。

相手を尾行していたステンストルムが返り討ちにあってしまった…というのが真相。

標的を殺すためにいとも簡単に他の乗客を巻き添えにする犯人が恐ろしすぎる…

蓋を開けてみれば狂った無差別犯とは真逆の、高く社会適応した人間が持っている物を失うことを恐れて計画的に行なった犯行。

身勝手極まる犯人の自殺はせめて食い止められてよかった…ラストは胸を撫で下ろすような気持ちになりました。

元の事件の被害者女性は”お堅い生娘タイプ”から一気に堕落して”性欲暴走マシーン”と化したようで…1作目の「ロセアンナ」もそうでしたが、キリスト教社会の抑圧的部分と、時代が進んできての開放的なムードと…2つに引き裂かれたような闇深なキャラクター像でありました。

 

後半に突然過去の未解決事件の話が出てくるなど、スマートに伏線を回収するタイプのミステリではないと思いますが、捜査陣営を含めて見せられる多種多様な人間ドラマが面白く、真相まで一気に読ませました。

「笑う警官」というタイトルは、デカいヤマの真相を引き当てていよいよ自分の能力を示せるぞ…と心の内で笑っていたステンストルムの無我夢中な姿。

仕事のことばかり考えていて私生活では子供といるときでさえ笑顔がない人間になってしまったものの、自分のしでかした下らないポカに対して苦笑いしてしまうラストの主人公の姿。

いざ読むと思っていた以上に渋いタイトルでありました。

シーズン的には秋冬が舞台ですが、「クリスマスなんて資本主義の豚どもの祭りなど愚劣の極み!」という作者の強い思想が伝わってきて、その辛辣さに笑ってしまいました。

 

角川文庫の新訳、読みやすくて自分は不満はないのですが、冒頭ページに現場バスの見取り図なるものが掲載されており、被害者の中にステンストルムの名前がバッチリ載っていました。

登場人物が多いので分かりやすい配慮ではありますが、ネタバレを食らったような気持ちになって複雑。

同僚の死の知らせを受けたベックが「コルベリがやられたのでは…」と動揺するところも序盤の見せ場だと思ったので、間のページに挟んでくれると有難かったかも。

また後書きのスウェーデン人作家がコメントを寄せているコーナーでは、全10作に関するネタバレ的内容がしれっと載せられていました。

この4作目だけのネタバレならともかく、シリーズ10作分の内容に言及するものだったので、ちょっとショック。

こちらには注意書きを付けておいて欲しかったです。

 

4作読んで各キャラクターに思い入れが出てくる頃。個人的にはベック&コルベリコンビより、ラーソン&ルンコンビの方が好きかも(笑)。

また次作も楽しみに読みたいと思います。