スウェーデン発、警察小説の金字塔とよばれる「刑事マルティン・ベック」。
昨年鑑賞した映画が面白かったので、原作小説を読んでみようとシリーズを順番に追っていますが、今回は3作目。
ストックホルムの公園で発見された女児の死体。
その僅か2日後には別の少女の遺体が発見され市民は戦慄。
捜査に乗り出すベックだったが、犯人を目撃していたのは強盗犯と3歳の男の子だった…
獲物を探すように早朝から往来をじっと見続けるバルコニーの男。〝犯人視点〟の大胆なオープニングが実に映画的、不穏な空気に満ちています。
スウェーデンの初夏は夜中の3時頃から21時頃まで明るいそうで…日が出るや否や覗き行為に出る不審な男、夜まで外遊びする子供達の姿など、異国の景色が日常から逸脱していて、なんとも不思議な雰囲気。
今作では新キャラが続々とお目見え、「唾棄すべき男」の映画にも出ていたラーソンがメインキャラクターとして登場します。
身長192センチ、体重98キロの大男のラーソン。
言動が粗暴で、同僚や市民に威圧的な態度をとってばかり。
ベックやコルベリとは仲が良くなく、警察の「ダメな面」が強調されたような男ですが、こういう直感で動くフィジカルタイプ、組織では重宝する部分もあったりするんじゃないでしょうか…
陰鬱な事件にうんざりする気持ちはベックたちと同じだったりして、「アカン奴」だけど人間らしさも感じさせるキャラクターでした。
少女の死体が発見された現場の公園で、同じ日に強盗に襲われた女性がいる事を知ったベックは、強盗犯が犯人を目撃しているのでは…と推測。
事件担当のラーソンに一刻も早く犯人を捕まえるように訴えます。
捕まえられた強盗犯は、女性に重傷を負わせて平然とバッグを奪うようなクソ野郎なのですが、尋問の途中から協力的になり、犯人を思い出そうと必死に…
その日公園ですれ違った全ての人間の人相を細かく覚えているのが見事。
「現金を持っている奴かどうか」「抵抗しなさそうな奴か」…入念に人間観察してから犯行に及んでいたからか、犯人と思しき人物の容貌を正確に描写してくるのにはアッパレ。
犯罪者だけどある意味プロの強盗なんだと感心してしまい何だか複雑な気持ちに…
クズのド悪党にも思いもよらない一面が…こういう人物描写はフリードキン映画のようなクールさであります。
もう1人の目撃者は3歳の男の子ですが、小さい子に翻弄されるおじさん刑事の姿にドキドキ。
10歳のお姉ちゃんのフォローが的確すぎて主人公より有能に思えてしまいました(笑)。
僅かな手がかりを細い糸を手繰り寄せるように掴もうとする警察の苦闘が描かれていきますが、ベックの相棒・コルベリが心中を語るシーンが印象的。
犯人が捕まったら…いずれ捕まるに決まっている…きっとあたかもそれが偶然のなせる技のように見えることも今までの経験から知っていた。
だが、それには犯人を捕まえるその網の目をできるかぎり小さくして偶然というチャンスに少し手を貸すことだと思っていた。
それこそが自分の務めだと認識していた。
これぞプロフェッショナル…!!と讃えたくなる仕事人の哲学に感服。
やがて市民の間に恐怖が広がり、自警団なるものが現れ、警官を誤って傷つける事件が発生。
「我々は酔っ払いなどとは違う善良な市民だ」と無罪を主張する自警団のおじさんのイタいこと…
正義感が暴走して他人を平気で傷つけてしまうの、今の世の中でもあるある過ぎる。
私刑(リンチ)を良しとしたら無法状態を生みかねない…こうした危惧を早くから描いていた作品の普遍性に驚かされます。
「法の番人」であろうとするベック。
暴力で市民を押さえつけることに懸念があり武器を携帯しないスタイルのコルベリ。
作者の警察官の理想像を垣間見た気持ちになりつつ、市民からの通報をイカれたババアの電話と一蹴したラーソンの〝怠慢〟にリアリティを感じてしまう。
多様な人物の多様な姿が描かれる刑事ドラマに今回も魅せられました。
大捜査陣を敷いたものの、結局犯人を捕まえるのがベックたちではなく、もっさりした警官2人が偶然犯人を見つける…という結末もこの作品らしい。(でも間違いなく網の目を小さくした甲斐あっての出来事だった)
特に何の理由もなく社会不適合な人物だった犯人…そうした犯人の行動を分析しようとしたメランダー…プロファイリングやコンピュータによる捜査など、60年代の作品とは思えない〝今風な刑事もの〟しているのにもびっくり。
冒頭でベックが出会した平然と性を売り物にする少女など、大戦後いち早く〝成熟社会〟となったスウェーデンの暗い部分を垣間見たようで、前2作にはないスケールを感じさせました。
1作目「ロセアンナ」に登場したアールベリとベックが出会った縁を大切にして親睦を深めている姿にはほっこり。
恐ろしい目にあった女性捜査官・ソニアが仕事を辞めずに続けていた事が分かり、その勇敢さに感動。
そして思わぬかたちでロセアンナのことを思い出すコルベリの哀愁漂う姿…など、過去作とリンクする場面がちらほら出てきて、「マルティン・ベックは10冊で1つの作品」という後書きの解説にも納得。
シリーズものの広がりを感じる3作目でありました。
次作はシリーズ最高傑作と名高い「笑う警官」。読むのが楽しみです。