どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「ポゼッション」…怖いのに惹きつけられるイザベル・アジャーニの狂気

イザベル・アジャーニ主演、ポーランドアンジェイ・ズラウスキー監督による81年の作品。

「ボーはおそれている」のあるシーンを観てこの映画が思い出されたのですが…

終始異常な不安感が漂っているところ、変な人ばかり出てくるところなど、共通点は色々あって影響を受けた作品なのかも…と思いました。

夫婦の不和を描いたストーリーですが、イザベル・アジャーニの狂気が鬼気迫り過ぎてて訳も分からず恐怖に叩き込まれます。

親子関係と夫婦関係では血が繋がってて選べない親子関係の方が怖そうに思えますが、こちらはボーにはないドロドロ感、男女の深い愛憎が感じられて、より大人の映画、という感じがしました。

 

◇◇◇
冷戦時代の西ドイツ。

夫マルクが単身赴任から戻ってくると妻アンナの様子がどこかおかしい。

問い詰めると1年前からハインリッヒという男と浮気していたらしく、開き直ったアンナは夫に憎しみをぶつけてきます。

息子を放置して家を出て行った妻を探偵に尾行させると、なんとさらに第3の男がいる様子。

苦悩するマルクでしたが、マルクはマルクで妻に瓜二つの小学校教師・ヘレンに出会い心惹かれていきます…

 

長回しを多用した滑らかに動き続けるカメラワークが流麗ながらとにかく不穏。

どこにも定まらない宙に浮いたような感覚になり、不安を煽りまくります。

どこか病的な感じのする青みがかった色調のインテリア、活気のない寂れた街並み…

カフェで向かい合わず別方向をみる2人の姿など、「分断」を象徴したような人物の構図も整い過ぎていて、底冷えするような冷気が漂っています。

妻がメンタル病んで出て行って…のストーリーは「クレイマー、クレイマー」や「ザ・ブルード」とも重なりますが、ズラウスキー監督本人の当時の私生活がそのまま反映されているのだとか。

女優の妻が子供と自分を捨てたことに対する恨み辛み、それでも捨てられない愛情の両方が同居しているようでした。

 

浮気相手のイケおじ・ハインリッヒは、意識高そうなこと言ってるけどやってることはセックスとドラッグで、胡散臭そう(笑)。

他人の家庭壊しといて「僕は全てを愛する」とかどの口が言っとんねん!!と思うけど、空手チョップを決めて謎ポーズでサム・ニールを下すシーンが可笑しくて笑ってしまいます。

頼れる大人の男かと思いきや、アンナの深淵を目の前にしては取り乱してボロボロ…滑稽な道化役として描かれていて、意外にもこの映画の息抜き的存在。

 

妻役のイザベル・アジャーニはどこまで演技なのか分からない、まさに取り憑かれたような迫力。勘弁してくれ〜と見ているだけで胃がキリキリしてきます。

メンヘラに刃物持たせたらアカン!!ミンチ肉捻り出すシーンの尋常ならざる緊張感。

妻が首を切りつけたあとなぜか夫も肉切りナイフでリストカットしますが…この夫、妙に健気というか、妻の気持ちを知りたい&寄り添おうと必死なようにも見えて、「ピアノ・レッスン」といい、なぜかNTR男がハマるサム・ニール

 

妻のアパートを調査しに行った探偵は、恐ろしい怪物に遭遇してあっさりと殺されてしまいます。

唐突に登場する怪物は心の闇的なものなのか、それとも本当に悪魔に取り憑かれたのか…

夫自身がアパートに向かうとそこには怪物とまぐわるアンナの姿が…

NTRに触手モノとエロゲもびっくりな特殊性癖が炸裂…!!

巨大タコ?イカ?とまぐわる美しいアジャーニの姿が衝撃的。 

ひっそりと怪物を生み育てていたアンナですが、ラストには遂に完全体の姿で登場。

新おにぃ爆誕…!!(ここめっちゃ怖い)

妻の浮気相手も自分だった…!?どうやらアンナは「自分の理想とする夫」を作り出したようですが、実体がないのか弾丸もなぜか当たりません。

 

一方で夫・マルクも、息子の小学校教師・ヘレンに妻の理想像を見出したのか、マルクの目にだけヘレンがアンナと瓜二つの女性に映っているようでした。

白いドレスを纏った天使のような清らかさのヘレン。

家事育児を黙々とこなし、夜のベッドでは激しく愛し合わないが深く心通わす…マルクも自分の理想の妻像を作り上げていたようでした。

夫婦生活とはお互いに相手の理想像を演じること…「ゴーン・ガール」もこんな話だった気がしますが、無意識に相手に自分の望みを押し付けてしまったり、役割を演じるのに疲れたり…

色々とっ散らかっているけど、中核は抑圧された夫婦生活を描いた、意外にシンプルなストーリーのように思われます。

 

夫マルクの職業はスパイであることが示唆されていて、かなりストレスのある生活を送っていそう。

舞台がベルリンの壁を前にした西ドイツというのも意味深で、高き理想を掲げた共産圏での自由のない生活…

ロシアとドイツに挟まれて分裂を繰り返してきたポーランド出身の監督ならではの辛苦が反映されているのか、重苦しい閉塞感が全編を貫いています。

 

ラストに生き残るのは夫婦お互いの〝空っぽの理想像〟の方…

壁(ドア)の崩壊を暗示しつつも、サイレンや爆撃音が飛び交う「戦争の音」が不穏に鳴り響いてきます。

清く美しい理想はまやかしで、戦火がまたやってくる…

全く意味がわからないけど、今みると予言的な感じもして余計に恐ろしいラスト。

最後には人間以外のものに見えてくる緑の目のヘレン。

知らぬ間に異星人が地球が乗っ取っている…誰かが誰かに成り代わっている…「V ビジター」や「SF/ボディ・スナッチャー」のような”vs共産主義の脅威”の雰囲気も感じつつ、東欧の国の人が描くとレベルの違う恐怖をみせられたようでした。

 

少ししか登場しないキャラクターも支離滅裂ながらユニークで印象的。

片足ギプスのマージはいいように使われてて一見気の毒に見えますが、ちゃっかり親友の夫を誘惑していたりで単純ないい人ではなさそう。

探偵2人は同性愛者だったことが発覚。よく分からんけど2人深く愛し合ってたことが伝わってきて、巻き込まれたのが気の毒でした。

ハインリッヒは浮気相手の男を監督が悪意を持って描いた感じもしますが、信仰心ある彼の母親が息子の魂がないと呟きながら自死するシーンは暗くて絶望的。

アンナが教会でキリストの磔刑を見上げる場面。

自分の中に善の面と悪の面があって、魂が2つある場合は天国に行くのか地獄に行くのか…

キリスト教に疑問を呈した(信仰に絶望した)姿なのかな、と思いました。

 

フィルム越しに妻の本音が語られる場面も複雑な構成で難解ですが、監督である夫と女優である妻の特異なコミュニケーションを再現したものなのでしょうか。

バレエ生徒を叱責するサディスティックな姿がおっかないですが、「これであの子はもっと上手くなるわ」…芸術のため己の全てを捧げる人の生活って大変そうです。

「1人では生きられないけど誰も愛せなくなった」…清々しいまでの妻の本音(笑)、でも空虚な現代人あるある。

利己的でありたい悪しき気持ちと、利他的でありたい善の気持ちと…両方の気持ちに板挟みになることはあって、真剣に悩んでる姿がどこかいじらしくも映りました。

 

アンナが地下通路をのたうち回るシーンは改めてみると思ったより短かった…(早く終わってくれと思いながらみてしまう)…あまりの迫力にただただ圧倒されるばかり。

グロい怪物が登場するけどB級ホラー感はなくサイコホラーの趣。ボーみたいに狙いすました感じもなく、話に違和感なく溶け込んでるのが凄いです。

 

生理やら更年期やら…男性からすれば急に機嫌が悪くなる女って悪夢でしかないでしょう(笑)。

その理不尽な恐怖はビンビンに伝わってきました。

絶対に関わりたくないヤバい女オーラが凄まじいですが、真剣に狂ってる姿がある意味真摯で「一体どうしたんだ…」と思いながらグイグイ惹きつけられてしまう…

アジャーニの美しさと狂気に魅せられる作品でした。