認知症を患う妻、心臓病を抱える夫。同時進行で映し出される老夫婦人生最期の〝死に様〟。
人はどう死んでいくのか。ギャスパー・ノエ監督の新境地にして最高傑作。
ノエ監督の作品は観たことがないのですが、ダリオ・アルジェント映画初主演…!!というのに興味を惹かれて観に行ってきました。
見応えのある作品ではあったけれど、刺さったかというと微妙…
淡々とした中盤には引き込まれたけれど、冒頭と締めくくりがトゥーマッチな感じがして自分には合わなかったかも…
スプリットスクリーンで画面が常に2分割されている状態で、一方の画面は夫を、もう一方の画面は妻を映し出すというかなり独特なスタイル。
画面酔いしたりはしなかったものの、情報量が普通の映画の2倍。
ラジオ音声が流れながら夫婦の朝の始まりを映し出す冒頭が完全にキャパオーバーで「脳が疲れるー」と悲鳴をあげていました(笑)。
けれど冒頭超えてドキュメンタリータッチの淡々とした雰囲気に慣れてくると段々引き込まれていきます。
正直全編スプリットスクリーンにしなくても要所要所にした方が引き締まったのでは…と思ったのですが、全編2分割だからこそ味わえる〝疲労感〟がこの作品の醍醐味なのでしょう。
夫の在宅ワーク中に妻が外を徘徊しだす姿にハラハラ。
夫が呼吸困難に陥るなか妻は眠っていて全く気付かず苦しい喘鳴が響き渡るシーンの地獄絵図。
2分割が効果的に生かされたシーンは劇的で、痛みに耐えるときも死ぬときも結局たった1人きりなんだ…!!という現実を突きつけられるようです。
自分の親・親戚は癌の家系で、認知症の人とは昔ボランティアで少し関わったことがある位なので、本作の妻役がどれほどのリアリティなのか…
24時間一緒に暮らさないとそのしんどさは分からないだろうと考えさせられるものがありました。
妻が夫を指して「知らない男がいる」と言ったり、家にいるのに「帰りたい」と言ったり…家族の心労は如何ばかりかと観ていてとてもしんどい。
調子のいいときに妻の意識が少しハッキリして「私が死ねばいい」とサラッというのもめちゃくちゃキツかった。
長い闘病生活を描いたストーリーなのかと思いきや「ここ3週間で劇的に悪くなった」とのこと。
夫婦2人きりで話が進むのかと思っていたら、時々息子が挟まってきて親子ドラマが展開するのも意外でした。
息子が「病院(施設)に行こう」と提案するも「ずっと暮らしてきた家がいい」と拒絶する夫。
「まだ掛かっていない医者がいる」と根拠なき期待を捨て切れていなかったり、「病院より住み込みの介護人がいい」とべらぼうに高いサービスを望んだり…
認知がはっきりしている父親とも円滑にコミュニケーションがとれるわけではなく、良かれと思って提案したことが本人の希望と一致するとは限らないのが難しいところだと思いました。
もちろん施設は施設で100点ではないし、病院生活の辛さもあるだろうから何が1番良いとは簡単に言えないのだろうけど…
当たり前だった生活を突然失う怖さ、介護する側の判断力が低下していくところ…この辺りは観ていて切実に胸に迫るものがありました。
(以下ラストまでネタバレ)
2人が亡くなるところで終わりなのかと思いきや、お葬式の空気感まで映し出す丁寧さ。
夫の蔵書がすべて処分されるところまで映して「死んだら跡形もなくなる」を徹底して描き切る容赦のなさ。
だけど同時に感傷的すぎる印象も残って、フレンチソングで始まる冒頭と「死ぬとはこういうことですよ」をこれでもかと強調したラストはちょっとくどいように思われました。
自分の年代だと息子の立場が1番感情移入しやすいポジションだと思いますが、ドラッグをやっていたり問題を抱えていてドラマがちょっと多すぎるような…
妻と夫のみの視点でもう少しタイトにまとめてくれた方が…と思ったけど、そうするとここまでの重厚感はなかったでしょうから、好みの分かれるところなのかな、と思いました。
妻役の女優さんも夫役のアルジェントも物凄く自然で、本人の生活を覗き見しているようなリアリティ。
2人の演技が凄かったです。
パンフレットも2分割!?とても素敵な装丁。
途中レオーネの「ウエスタン」のアレンジ曲みたいなのが掛かってきましたが、なんともエゲツない使われ方で仰天。
アルジェントが出ていなければ決して観ることはなかったと思いますが、老いと死にひたすら向き合った真摯な作品。
もう少し歳を重ねて観るとまた違った感想になるのかもしれません。
DVDなどで観ると集中が途切れてしまいそうで、劇場で〝体感〟することができて良かったと思いました。