どうながの映画読書ブログ

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刑事マルティン・ベック「煙に消えた男」…スウェーデン至高の警察小説第2作目

前作「ロセアンナ」に引き続き、「刑事マルティン・ベック」シリーズの第2作目を読んでみました。

猟奇殺人系の怖さが漂っていた前作と比べると、今作はより渋い印象。

冷戦時代、東側諸国であったハンガリーを主人公が訪れるストーリー…というと取っ付きにくそうな感じがしますが、政治色はなく、単純にサスペンスとしてしっかり楽しめる内容になっていました。

地味だけど、苦々しい人間ドラマ成分が濃いめ。今作もとても面白かったです。

 

◇◇◇

夏休みを取得して家族と出掛けたマルティン・ベックでしたが、休みの初日に職場から電話が…

やめときゃいいのに職業病で現場に急行してしまうベック。

ブダペストで消息を絶ったスウェーデン人ジャーナリスト・マッツソンの行方を追って欲しいと、外務省から直々に命令されます。

マッツソンは仕事が早いと評判の記者でしたが、酒を飲むと粗暴になり過去にトラブルを起こしている人物でもありました。

鉄のカーテンの向こう側」で記者が行方不明になると国際問題になりかねない…ベックは秘密裏にハンガリーへ飛び立つことに。

マッツソンの足取りを辿って地道に聞き込みを続けるも、前作同様なかなか手掛かりが掴めないベック。

名探偵ポワロ刑事コロンボとは違って、特に秀でた推理の才能があるわけではない、どこまでも〝普通の人〟な主人公が何ともリアルでジリジリさせられます。

 

ベックは相棒コルベリが本国で聞きつけた情報をヒントに、マッツソンと交流があったと思しき元水泳選手・アリという女性の下を訪れます。

「マッツソンのことは全く知らない」と語るもこの女性、なんか怪しい…ベックのいるホテルにまで押しかけて突然服を脱いで迫ってきますが、それを退けるベック。

原作者の主人公イメージは〝若い頃のヘンリー・フォンダ〟らしいですが、映画版を先に見た自分はメタボ体型のお爺ちゃんで脳内再生されて、何だかいけないものを見てしまった気分に(笑)。

 

その後何者かに尾行されていることに気付いたベックは突然男2人から襲撃されます。

ハンガリー警察の援護のおかげで難を逃れたベックでしたが、女性アリと襲撃犯はグルで麻薬密売チームだったことが発覚。

なんとマッツソンもチームの一員で、取材で東欧諸国を訪れるのを隠れ蓑に、アリたちが売る麻薬を購入してはスウェーデン闇市で高値で売り捌いてボロ儲けしていたのでした。

「東欧には何もないと思われてるから出国時に荷物検査もない」…この辺りこの時代のヨーロッパの闇??を映しているようであります。

 

しかし結局麻薬チームはマッツソンの失踪には関与していないと判明、手ぶらでスウェーデンに帰国するベック。

ブダペストでマッツソンを目撃したという人たちが語る服装の情報は皆一致していましたが、同じ一式セットがトランクの中に残されたままだったことにベックは違和感を覚えます。

「もしかしたら誰かがマッツソンの振りをしていたのかもしれない」…ベックたちはマッツソンの過去のトラブルや酒場仲間の情報を洗い出します。

 

(ここからネタバレ)

動機は本当に些細なこと…大掛かりな陰謀など何もなくこんな些細なことだったのか…と溜息がでるようなオチ。

ベックたち警察の日常を描いた小説の冒頭では「飲んだくれが下らない喧嘩で起こした事件」が取り上げられていました。

ドイツ人を母に持つ男性がナチ野郎と揶揄われて腹が立って相手を殴って殺してしまった…ある意味どこにでもありそうな下らない揉め事…

メインの事件の真相もこれとほぼ同じ、原因は本当に何でもない下らないことだったという…

被害者であるはずのマッツソン、本当に碌でもない奴で、どっちにしろ方々で恨み買ってていつか誰かに殺されてたんじゃないかと思うようなクズ男です。

ある意味犯人は運悪くババ引いたという感じもしますが、突発的に殺すまでやってしまうのはやっぱり同情できない…できないけどほんの一瞬の衝動的怒りで人生が台無しになってしまうの、本当に何でもないだけに恐ろしいなーとなるオチでありました。    

 

こういうサスペンス系の作品に出てくるジャーナリストといえば「ドラゴンタトゥーの女」然り権力者と戦うヒーロー的存在として描かれることが多いように思いますが、本作に登場するジャーナリストは見事にクズばっかり(笑)。

酒と女にだらしなく上から目線で横柄、徹底的に嫌な奴として描写されているのが新鮮で面白かったです。

麻薬密売が発覚したあたりからもうマッツソンが救いのないクズ野郎だったことが分かって、「こんな奴死んでも自業自得」「真相を暴いても誰も幸せにならない」と複雑な気持ちを抱くベックやコルベリたち…けれど仕事人としては解決を逃すことは到底許されず、刑事の仕事の心労の多さに改めてズーンとした気持ちに。

最後の犯人との対決シーン、静かなのに息が詰まるような緊迫感で、刑事2人の阿吽の呼吸に圧倒されました。

 

主人公が古都ブダペストを訪れる場面は観光地や食事の描写がとても丁寧で、読んでいるだけで美しい景色が迫ってくるよう。

ベックのピンチを救ってくれるハンガリーの協力者・スルカ少佐のキャラクターも魅力的でした。

無愛想な男かと思いきや地元の名物料理をやたら推してきて飯の雑談を始めるところ、大浴場でおっさん2人があたたまるところなど、ユーモラスな場面もいい具合に挟まっていました。

 

ベックがドナウ川を行く蒸気船に乗る場面。

美しい船だと心動かされるも、機関室で石炭をくべる火夫が汗だくなのをみて複雑な気持ちになるベック。

美しいもの、良いもの、平穏で豊かな生活…それらは知らない誰かの泥を啜るような労力でまわってるものなのかもしれない…

ささやかな場面のささやかな描写が、胸に残りました。

 

旧訳版タイトルは「蒸発した男」だったようですが、読み終えると「煙に消えた男」のタイトルが二重の意味になっていることに気付き、センスに脱帽…!!

地味だけど2作目も自分はとっても面白かった。

続きのシリーズも、少しずつ読んでいきたいと思います。