「ボーはおそれている」の元ネタとしてパンフレットに挙げられていた作品。
マーティン・スコセッシによる85年のコメディだそうで…
時計のリューズになった首が捻られている、ちょっぴりホラーなビジュアルがユニーク。
仕事帰りのNYのサラリーマンが夜ソーホーに繰り出したものの、小さなトラブルが続いて中々家に帰れない…!!
自分も時々電車に乗り間違えて目的地まで辿り着かない…みたいな夢をみることがありますが、何もかも上手くいかない浮遊した感覚、どうにもならない焦燥感…まさに軽い悪夢を体験しているような97分。
ファンタジックな雰囲気はスコセッシっぽくないと思いきや、冒頭からのスピード感溢れるカメラワーク、音楽と映像が見事にシンクロした卓越したセンスなどは確かにスコセッシ…!!
小粒の作品ながら、圧倒的才を感じる1本でした。
◇◇◇
職場で仕事の指導をしていると後輩から「こんな仕事本当にやりたい仕事じゃないんだよね」と延々と夢を語られる…冒頭から結構理不尽(笑)。
日頃から聞き役に回ることが多くストレスを溜めやすいタイプなのか、それとも日常に退屈した主人公の心の内を表した妄想的会話なのか…よく分からないけど隠キャオーラ漂う主人公に冒頭からバッチリ心掴まれてしまいます。
会社を退勤後、レストランで本を読んでいると「私もその本好きなの」と若い美女・マーシー(ロザンナ・アークエット)に突然声をかけられるポール。
ボーイ・ミーツ・ガールなドラマを期待。
電話番号を交換し「今から会いに行くよ」とソーホーに繰り出すも、乗ったタクシーは大荒運転。
全財産の20ドル札が窓から飛んでいき帰りの運賃を無くしてしまい、早くも不穏な空気に…
冒頭から貫かれる〝何かが噛み合わない微妙な空気〟。
メモを取ろうとしたらポールペンのインクが切れてたり、自分が話している最中に誰かの電話がかかって来て話が頓挫してしまったり…
不条理が襲いまくる「ボー」と確かに似ていますが、こちらはもっと小さい日常あるあるなのがリアルです。
偶然出会った美女と一夜のいい思いができるかもと期待したポールですが、不思議ちゃんを通り越してかなりヤバい女だったマーシー。
「元夫はイクときいつもオズの魔法使いの台詞を言うの」…何の話やねん!!な謎会話を連発(笑)。
めんどくさくなったポールは帰宅しようとしますが、小銭が微妙に足りずで電車に乗れず、お金を貸してくれるといったバーの店主とは入れ違い続け、足止めを食らうばかり。(まさにお家に帰れないアリス)
その後はなぜか女性に出会す度に関係を迫られまくりますが、監督は女性恐怖症か何かなのか…と思わず疑ってしまうような強烈なキャラクターばかりが登場。
60年代ルックがかわいいウェイトレスのおばちゃんは、自宅ベッドをネズミ捕りで囲んだインテリアがシュールすぎて、メンヘラの匂いしかしない。
アイスクリーム屋の女性は豪快に笑いながら意地悪してくるのがおっかない。
主人公もいい加減で失礼なところが多々あって、痛い目にあってもあまり可哀想すぎないのがまた絶妙な塩梅。
舐められまいと思って強く出たら相手がブチ切れて結局謝り倒すことになるの、アホみたいだけどありそうなシチュエーション。
最後に登場する女性・ジューンだけが主人公を優しく包み込んでくれて、まるで〝お母さん〟…と思いきや、町の人から匿うためにと塗料と新聞紙で身体を塗り固められてしまうポール。
自らが石膏細工と化してしまう主人公…このシーン結構ホラーしてて怖い(笑)。
しかし次には盗品屋にアート作品と勘違いされ、トラックの荷台に積まれて出荷。
景色は夜のソーホーから明け方のNYへ…最後の畳み掛けが素晴らしい。
気付けば元いた会社のビルの前へ放り出され、彫刻が砕けて中から飛び出したポールはそのまま何事もなかったかのように出社…!!
「つまらない日常」である会社の景色へと戻っていく主人公の姿は、まさに夢から覚めたアリスのよう。
大変な1日を知っているのは自分だけ…朝日が昇ればまた新しい1日で、また今日をやって行くしかない…
平然とデスクに向かう主人公の姿が逞しい…!!
けれどホッとすると同時にどこか寂寞感も漂っていて、変わり果てたポールの姿に誰も一瞥もくれないまま。
皆互いの私生活なんて知ったこっちゃない、あくせく働くばかりの都会のサラリーマンの孤独。
他人に迫られ&追い回されての世界はおっかないけど、誰とも繋がらない無関心な世界はそれはそれで寂しいものなのかも…解放感と同時に冷たさが残る、鮮烈なエンディングにノックアウトされました。
アンラッキー続きで家に帰れなくて苛立つところ、関わった女性が理不尽に死ぬところなど、「ボーはおそれている」がこの作品にインスパイアされたというのには納得。
物語というより誰かの意識にダイブしたような映画のつくりも似ていると思いました。
ただ綿密に計算されて作られた感じがする「ボー」に対し、こちらはあまり考えずにセンス直球で作ったような印象。逆に凄みを感じました。
カオスだけど魅力的な真夜中のソーホーの景色。
深夜に1人出かけたような背徳感や高揚感があって、ダークなのに観ていてとても楽しかった…!!
スコセッシ、こんな映画も撮っていて凄いなあ。