どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「ボーはおそれている」…過干渉な母親と父親不在の家庭で育った子供の生き辛さ

アリ・アスター監督の最新作、前2作が好きだったので観に行ってきました。

上映時間3時間、普通に長かった(笑)。

個人的にはワンシチュエーションでしっかりホラー映画してた前2作の方が好み。

今回は主人公の精神世界を描いたドラマ要素が強めの作品でした。

ただこの監督の描く家族像は自分の家族とも重なる部分があったりして、ボーに共感もしつつ、クライマックスは観入ってしまいました。

 

(以下ネタバレ)

ボーの住んでいるアパート周辺の治安が最悪、ゾンビものかよ!!な混乱状態でびっくり(笑)。

自分が常に攻撃されていると感じる人の意識ってこんな感じ??

多分リアルを描いているわけではないんだろうなーと思いつつ、動いてないのに警察官に動くな!!と言われ続けたり、水と一緒に飲まないと死ぬ薬に恐怖したり、どんだけ理不尽なんだよ!!と所々笑ってしまいました。

 

帰省しようとしてたのに、鍵をなくして家から出られなくなってしまったのも潜在意識下で「本当は帰りたくないから」…??

オカンが癖の強そうな人なのは、もう冒頭の出産シーンで助産師さんに喚き散らしてるところからお察し。

しかしまさか死亡が大嘘だったとは…自分の葬式をでっち上げてまで息子の愛を試すオカン、恐るべし。

トゥルーマン・ショー」みたいなコラージュのポスターに自分の出会った人たちが映ってるのと、精神科医までグルだったところに1番ビビりました。

 

「正しいことかどうかアナタが考えて決めなさい」と言いつつ、意に反した行動を取ったら後からネチネチ責め立ててくる。

食の安全に拘った結果インスタントフード。変な薬にハマるどころか自ら薬つくって売り出す。

めっちゃ病んでるのにやり手ビジネスウーマンなのがすごい(笑)。

事業が息子のためを思って…の内容になっていて、それが世の母親たちのニーズと合致したのか巨大企業に成長していたのいうのがまた強烈な皮肉。

主人公一人暮らししてるやんと思ったけど、最初のアパートハウスも母親の慈善事業の系列ハウスみたいなものらしいと分かってゾッ。

頭皮にいいシャンプーも販売してるみたいだけど息子がハゲてるのはジョークなのかなんなのか(笑)。

 

束縛的な親から逃れるには自立するしかないと思うのですが、親が経済的に頼れない存在だったり、お金がない状態だと必要に駆られて働くしかない…でもそうすることで親以外の社会との接点が出来て、「ズレ」に気付けたり、自分で選択して失敗する経験を否が応でも重ねていく。

けれど本作のボーのように親が裕福だった場合、そうしたチャンスが逆に奪われてしまうこともあるというのが恐ろしいことだと思いました。

あの名前入りパジャマといい、衣食住全てを支配される怖さ…

母親視点では育てにくい子供だったとか色々推察もされますが、子を守りたい母の愛という大義の下、自由を奪い続けてしまうの、子育ての落とし穴なのかもしれないなーと、割とどこにでもある家族像を描いているように思いました。

 

思春期には出会った女の子への恋愛感情を握りつぶされ、凄まじい性的抑圧を受けるボー。    

「お父さんはヤってる最中に死んだ」「あなたはセックスすると心臓麻痺になる遺伝性の病気」っていうの、本当だったのか嘘だったのか…

自分は「キャリー」の母親を思い出したりもして、お母さんが男に捨てられたのを都合よく記憶改竄して嘘ついたんじゃないかな…と勝手に想像してしまいました。

結局ヤッても死なんかったやんと思ったけど、絶頂した女性の方が死んでしまって…ここは「ヘレディタリー」のガブリエル・バーンを思い出しつつあまりの理不尽さに不謹慎ながら爆笑。

母親に逆らった自分は幸福感なんて感じちゃいけないんだ…幸せになることを恐れているボーの心理状態を誇張したものなのかなと思いました。

 

不条理はさらに続いて、屋根裏にいたお父さんがチンコの化け物として現れるシーン。

徹底的に醜悪な存在として描かれる父親は、母親の男性に対する嫌悪が具現化したものではないかと思いました。(そしてボーはそうした価値観を押し付けられてきた)

「あなたのお父さんは碌でもない人間」「私だけがあなたの味方なのよ」と子供を囲って支配するのも、過干渉オカンあるある。

 

ボーも内心では母親から逃れたい気持ちがずっとあって、演劇の場面では自身の中にある父性への憧れに気付いたり、母親が嘘をついている可能性に思いを巡らせたりしているようでした。

物語に触れることで心が成長するのかと思いきや、また呆気なく泥沼へ…(そんな簡単に人は変われるもんじゃない)

母親の首を絞めて(=人生で初めて大きな反抗にでて)独り立ちするのかと思いきや、またもや「親を失望させた罪悪感」に呑まれてしまうボー。

 

大勢の人が集まったアリーナで行われる裁判のシーン。

親に否定され続けて育った子供は常に人の目線が気になってしまう…常に他人に非難されているような気持ちになってしまう…ボーの心の内を表したかのような心象風景。

ビデオを再生するように、過去に起こった嫌な出来事を事細かに憶えていて、頭の中で繰り返される自問自答。

内心では親のことを理不尽に思って腹が立っているけど、親のことをそんな風に思ってしまう自分がやっぱり悪いのかもしれない…そんな板挟み思考がギリギリと迫ってくるようでした。

案の定、母親の言い分とは全く相容れずフルボッコ、他責思考の母親に育てられた自罰思考の息子のメンタルは結局再生しないまま…

虚しく沈み込むバッドエンドに「ヘレディタリー」と同じく強い敗北感が残りましたが、そこにカタルシスも感じてしまうから不思議。

家族だからといって理解し合えるわけではない…傷つけ合うことだってある…監督の家族観にある種の誠実さを感じるというか、安堵感も憶えてしまいます。

エンドロールではあれだけいたオーディエンスがあっさりと姿を消していて、「他人(自分)のことなんか、人はちっとも見てない、気楽に行こうぜ!」「結局自分の人生を真剣に生きるのは自分しかいない」…そんな気持ちも後に残りました。

 

全体的には面白かったのですが、途中のミザリーパートと森のパートが長すぎて…もっとタイトにまとめて欲しかったと思いつつ、でもあの長さあってこその徒労感なのかな、とも思いました。

一見いい人そうだったミザリーパートの家族は、息子を失った悲しみを埋めるために他人を助けるのに奔走。

表向きには慈善的で高い理想を掲げているような人が、実は身近な人をないがしろにしていて家庭内がボロボロ…こういう人本当にどっかにいそうと思うリアルさで、人の嫌なところを滑稽に&恐ろしく描くのが上手いなーと改めて思いました。

幼い子供の目をしたホアキン・フェニックスは素晴らしい名演技。

遥か年下女子にすすめられたタバコ1本も断れないの切ない…

不機嫌な親を怒らせないように必死に機嫌をとってきて、怒ることが出来ない男の姿がひたすら可哀想でありました。

 

パンフレット、1100円と高かったですが非常に凝ったデザイン。

劇中登場するアイテムのレプリカ的なものが封入特典のように入っていて、世界観に浸れる素晴らしいつくりでした。

アリ・アスター、このまま一生家族映画を撮り続けるのかな…と思っていたら、パンフを読むと次は家族3部作とは離れた西部劇をつくる予定だそうで…他ジャンルではどんなものを撮るんだろうと次作も気になります。

 

自分の中では「ヘレディタリー」がダントツで抜き出ていて、あちらは豪快なストレートを1発決めてくれた感じ。今回は弱いジャブを連打されている感じ。

でもあとからジワジワ効いてくるかもしれません。

色々宗教的な考察とかもありそうですが、過干渉マッマはしんどいわ!!…これに共感する人は案外多いのではないかと思う親しみやすいファミリードラマ。

勝手に色々感じ入って観てしまった3時間、なんだかんだで面白かったです。