どうながの映画読書ブログ

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「ランゴリアーズ」…異色タイムトラベル!?ロマン溢れるキングの傑作

スティーヴン・キングが90年に発表した中編小説。

ロサンゼルスからボストンへ向かう夜間フライト。眠っていた10名の乗客を残して、乗員乗客が忽然と姿を消してしまう…

掴みこそ抜群なものの話を途中でぶん投げたようなものも少なくはないこの手のSFアドベンチャーの中で、本作は1本筋がしっかり通っていて話が綺麗に完成されているのがお見事。

 

95年にはトム・ホランドが監督・脚本を手掛けたテレビドラマが制作。

前後半合わせて180分。

劇場用の大作映画と比べると映像も音楽も厚みに欠けていますが、それが逆に閑散とした異様な無人世界を上手く再現!?

キャストも決して華々しくはありませんが、誰がどうなるか全く予測がつかず緊迫感を底上げしています。

我々が全くコントロールすることの叶わない時間という存在…本作で描かれる〝時の流れの1つの解釈〟は恐怖とロマンに満ちていて、キングは本当に凄いなあ、とため息が出るばかり。

自分はドラマ版から入って2本組のVHSだったかで夜中に1人で鑑賞、ドラマの印象が強いです。

夜明けの訪れとともに迎えたラストには大感動、B級ホラーかと思いきや意外な傑作でありました。

 

◇◇◇

夜のフライト便、目を覚ますと飛行機の中に誰もいない!?

盲目の少女・ダイナが最初に異変に気付きますが、視覚がないゆえの不安感がありありと伝わって来て冒頭からドキドキ。

手探りで機内を探るうち誰かのカツラに触れて絶叫、残りの9人の乗客たちも目を覚まして続々と集まって来ます。

コックピットを開けるとなんとパイロットも不在、オート運転でフライトしていたことが発覚。

なぜか乗客席には時計や指輪など人々が身につけていたと思われる貴金属が残されていました。

不気味現象に恐れ慄く乗客たちでしたが、幸いなことにパイロットのブライアンがたまたま飛行機に乗り合わせていました。

離婚した妻が事故死したため急遽ボストンに向かわねばならず客としてフライトに同乗…この状況でパイロットがいるのは偶然とは思えないほどの運の良さ。

ミステリ作家のジェンキンスは「機長もグルで国家ぐるみの実験に巻き込まれたのでは」と推理を披露しますが、「外の景色に一切明かりがなく飛行機外でも異変が起きていることに説明がつかない」と自ら案を却下します。

 

ブライアンの提案でとりあえず飛行機は最寄りの空港に着陸することに…

取り乱しながらも団結しようとする乗客たちでしたが、銀行員のトゥーミーさんだけが納得せず激昂します。

大損失を出してしまった重役会に何としても出席しなければならないのだと声高に叫んで暴れ始めるトゥーミーさん、モンスタークレーマーで鬱陶しいことこの上ない(笑)。

しかし謎めいた男・ニックが彼の鼻を蛇口のように捻って成敗、渋々トゥーミーは引き下がります。

異常な状況下でも冷静さを失わないこのニックという男、どうやら只者ではなさそうです。

 

無事着陸し、皆で空港を探索するもなんと地上の人々も忽然と姿を消していました。

無人状態以外にも異変は起きていて、なぜか物音が反響せず匂いが消滅。残っていた食料品は完全に無味になっていました。

気が抜けたように古びれてしまった世界、一体何が起きたというのでしょうか…

 

(以下ネタバレ)

キング自身を投影したミステリ作家のキャラクター、ジェンキンスさんの推理が冴え渡っていてこの辺りはご都合主義感もあるのですが、明かされる驚愕の真相。

〝世界に異変が起きたのではなく、我々にのみ異変が起きた…〟

異常気象で発生したオーロラが時間の裂け目となってそこに飛び込んだ機体が〝およそ数分前の過去の世界〟へ飛んでしまった…

この辺り普通のタイムトラベルものとは趣が違っていて、単純に〝過去に行った〟のではなく、〝消去される寸前の過去という空間に閉じ込められた〟という感じ。

過ぎ去った過去の空間は不要なものとして削除されてしまう…そんな宇宙のシステムみたいなものが存在しているのかも!?

人間が知覚できないだけで想像だにしない世界がどこかに広がっている…発想が画期的で恐怖と共にロマンも感じてしまいます。

誰もいない閑散とした景色は「ゾンビ」や「28日後」などに少し似ているかもしれませんが、本作は空の旅を舞台にしているのがまた何とも言えない味わい。

飛行機という密室のどうにもならなさ、本来活気ある場所であるはずの空港が寂れている異様な虚ろさなど、他にはない非日常感を湛えています。

 

そしてどこからともなく近づいてくる不気味な謎の音。盲目の少女・ダイナはいち早く危機を察知し急いでこの場を離れるようにと訴えます。

音の正体は過去の世界を無きものにする〝ランゴリアーズ〟たちによるものでした。

過去という空間を食らいつくし全てを虚無にする〝時の番人〟ランゴリアーズ。

原作によるとビーチボールくらいの真っ黒な球体、ドラマ版ではギザギザの歯をしたアニメ的な見た目をしていました。

意志のある悪者モンスターではなく、世界のシステム的存在でどうにもこうにも為す術がないというのがおっかない。

ドラマのCGの出来は95年という年代を考慮してもかなりショボいクオリティですが、でもこのチグハグさが人知を超えた異世界感を際立たせていて、一度みると絶対に忘れられない迫力映像になっていると思いました。

 

SFアドベンチャーの面白さだけでなく、10人の乗客たちの人間ドラマもしっかりと展開。

もはや実質主役と言っていいのは例のクレーマー男・トゥーミーさん。

1人だけ文句ばっかり言って周りの足を引っ張るイライラキャラのポジションですが、仕事と時間に追われて余裕がないという気持ちも分かる…

不条理なことが立て続けに起こって行かなきゃいけない場所に辿りつけない…って悪夢でよくあるシチュエーション、あの取り乱し様にもちょっぴり共感してしまいました。

過去の回想をみると非常に哀れで、幼い頃から父親に厳しく躾けられ、常にエリートとして成功し続けなければならない人生を強要されきた不遇の人物でもあります。

「人生を怠惰に過ごすことは罪だ」…親の教えを盲信してあくせくやって来たけど、やりたくないことばかりをやって来た彼の人生がある意味最も時間を無駄にしていたのかも…

飛行機や他のメンバーのことは〝現在の存在〟だと認識したのか中々食いつかなかったランゴリアーズたちでしたが、なぜかトゥーミーには引き付けられるようにしてその後を追っていきました。

いつまでも過去に縛られた人だから過去の存在だと認識されてしまった…でも幼少期のトラウマ、家族関係には簡単に振り切れないものがあるよなあ…どうにも哀れみを禁じ得ないキャラクターでした。

 

そしてもう1人哀愁漂う最期を迎えるのは、謎のタフガイ・ニック。

原作小説ではよりドライな面が強調されていて、深手を負ったダイナのことを「死んでくれた方が手間がかからなくなる」などと悪びれず言って一行を驚かせる一幕もありました。

冷静で勤勉な合理主義者、罪の意識に引きずられながら気の進まないこともやって来た男…トゥーミーとは意外と共通する点もある人だったのかもしれません。

「俺の人生は大赤字だった、その埋め合わせがしたい」…最後に皆を救うため〝番人〟の役割を自ら買って出る姿がヒロイックだけど切ない…

父親に向けての贖罪の言葉をローレルに言伝するニック。

過去を変えることはできないけど、誰かに思いを残したり未来を託すことはできる…

ニックの最期には一筋希望も感じました。

 

皆の危機を救ったダイナまで息を引き取ってしまうのはショック。トゥーミーを犠牲にする決断まで子供にやらせるなんて、さすがキング、情け容赦ないです(笑)。

「初孫に会いに行く」と語っていた黒人男性が皆にほとんど悼まれることなくさらっと死んでしまったり、ちょいちょいシビアな展開が挟まれます。

 

そして極限状態というシチュエーションもあってか、恋の芽生えるカップルも誕生。

年若いアルバートとベサニーが急接近。この2人は分かるけど、先にあげたローレルとニックも唐突にフォーリンラブ。

中年男女の方が勢いとタイミングが大事なのかもしれません(笑)。

急展開だし悲恋エンドなのですが、おそらく間違いなく”生涯忘れられない思い出の男”になるの、ロマンチックだなあと思ってしまいました。

 

時の番人たちから逃れ再びタイムトンネルをくぐり元の世界へ…と思ったら、あれ人がまたいない!?バッドエンドかと思わせての大逆転が清々しい。

帰って来れたという安堵感とともに、現在を生きているこの瞬間の尊さみたいなものが胸にひた迫って来ます。
 
悔いたい過去もままならないこともあるけれど前を向いて現在を生きるしかない…人生には限られた時間しかないからこそ今という時間を大切に生きよう…

ベタかもしれないけど、空港というロケーションが一段と効いていて、新たな再出発を予感させるラストがとにかく美しくて感動的。

ニックをついさっき失ったばかりのローレルがすぐにニコニコになってるのには切り替え早っ!!てなるけど、女性ならではの逞しさを感じて自分は好き(笑)。湿っぽさ皆無なのが素晴らしいです。

光に向かっていく乗客たちにこちらもイエイ!!となるエンディングでした。

 

原作小説は作者本人の解説を読むのも楽しく、キング曰く流れるようにスラスラと書いた作品だったとか。

ストーリーはドラマとほぼ相違ありませんが、小説では〝ずっと寝ぼけたままの二日酔い男性〟のキャラクターが登場。

道化師的役でご愛嬌でしたが、ドラマでは不在。苦難を乗り越えた一同の絆がより強調されている感じでした。

また小説では〝ビールが息を吹き返す場面〟でブライアンがビールに口をつけるけれど、ドラマ版は大人の事情からか手をつけないまま(笑)。

本と比較してもキャストは皆ピッタリと合っていて、特に機長役のデヴィッド・モースは抜群の安定感。

キングと重なるイメージのジェンキンスさんもハマり役で語り口が魅力的。

そして病んだ子供のような瞳のトゥーミーさんがインパクト大、哀れで忘れ難いキャラクターでした。

 

旧作ばっかりみて「昔はよかった」と懐古、過去の嫌だった出来事を思い出して時々悶々…ランゴリアーズに真っ先に食われそうな気弱ヘタレ人間にはグサグサと突き刺さる内容(笑)。

劇場映画ではないこともあってかキング一軍作品には入れてないような気がするけど、明るめキングの傑作!?

心に残る大好きな作品でした。