ビル・パクストン監督主演、マシュー・マコノヒー出演の2001年製作のホラー。
コメント欄でお薦めいただき、宗教系家族ホラーということで凄く面白そうなのを初鑑賞してみました。
驚きの展開があるらしく前情報をなるべく入れずに鑑賞に臨みましたが、クライマックスはどんでん返しのミルフィーユ。
全体的にはかなり地味めの作品ですが、心理的恐怖度が高かったです。
現実世界から隔絶した狂気を描いているところはフリードキンの「bug」、家族の呪縛を描いているところでは「ヘレディタリー」…人間の罪悪感や理解し合えない家族の悲哀を描いた傑作だと思いました。
みている最中に圧倒されるというより、みた後ジワジワジワーッと余韻が広がって時間差アタックで来る感じ。
さらにDVDに収録されている脚本家のオーディオコメンタリーを聴くと、「そんな話だったのか!!」と驚愕。
あらすじ整理→感想→オーコメ視聴後の感想…といった感じで取り上げていきたいと思います。
◇◇◇
嵐の夜、 FBI捜査官ドイルの前に現れた謎の男・フェントン。
フェントンは巷で有名な「神の手」と名乗る連続殺人鬼の正体が、自殺した自分の弟なのだと告白します。
自殺現場である弟の家にドイルを案内する道中、フェントンは壮絶な家族の物語を語り始めます。

1979年。母親を亡くしたフェントン&アダム兄弟は、自動車工の父親に男手1つで育てられていました。
父親は愛情深く息子たちに接し、兄は弟の面倒をみながら家事。質素ながら3人仲良く暮らす日々。
しかしある日お父さんが「神の啓示を受けた」と突然豹変。

「この世の終わりが近く悪魔がこの世に放たれた。悪魔を滅する役割が神から俺たち3人に与えられた。」
徐々にカルト宗教にハマるとかそんな展開ではなく、前日まで至極まともでいいお父さんだったのが突然トチ狂うのが恐ろしい。
人知れずストレスを抱えていて急に統合失調症になってしまったのか…それとも本当にスピリチュアルな体験をしたのか…全く分からないまま話が進んでいくのが不穏です。
ある日近くの農場で斧と手袋を発見、「神が悪魔を殺す武器をくれた」と語るパッパ。
続く妙ちきりんな鉄のポールといいあまりに貧相な武器に絶句、皮肉めいた笑いのセンスも絶妙です。
まだ幼い弟・アダムは父の言葉を盲信しますが、兄・フェントンは父の豹変に困惑。

(この顔である)
父親を庇おうとして周りの人にも相談することができず、精神的に追い詰められていきます。
神様から〝処刑対象の悪魔の名前リスト〟を貰ったという父親は、息子たちの前で攫ってきた女性を惨殺。
「外見は人間だが触れれば悪魔の姿に見えるんだ!!」
相手の身体を触った瞬間ガァァーッと乱れ出すお父さん、そしてなぜか触れられた方も共鳴(笑)。もしかして本当に何かみえてるのか、どっちだー!?
殺される人たちが一見皆いい人そうに見えて、どっちに話が転ぶのか全く予測できません。
なぜか家族3人でやらなければならないという悪魔討伐。兄フェントンはターゲットを捕える片棒を担がされたり、死体を埋める穴を掘らされるなど、父の仕事を手伝わされるようになります。
宗教2世の苦悩を煮詰めたような世界観に陰鬱さが充満、家業を嫌々継がされる長男の苦悩とプレッシャーが伝わってくるようです。
耐えかねたフェントンは保安官に助けを求めるも、お父さんは口封じに保安官を殺害。
「お前のせいで初めて人を殺した」とゲロを吐くパッパ。
仮に悪魔討伐の話が本当だったとしても、こんな犠牲をよしとする神様なんて絶対碌でもないでしょ…とドン引きですが、フェントンは家族を裏切った罰として、食事も与えられないまま地下室に閉じ込められてしまいます。
父親の権威は絶対、逆らわない場合は折檻…昭和のお父さんあるあるに親近感。
ついに精神が限界を迎えた長男は「僕にも神がみえた」と信仰の言葉を口にし、父親は改心した息子を抱擁します。
家族3人で次のターゲットである悪魔男性の下を訪れますが…
※ここからどんでん返し連発、ネタバレあり
悪魔男性の処刑を任されたフェントンが斧を振り上げた先はなんと実の父親。
騙し討ちで父親を手にかけたフェントン。
父親は哀しい目で息子を見つめ、弟に何か言葉を遺している様子。

(あいつは悪魔だ)
純真だった弟が責めるような眼差しで見つめてくるのが悲痛。
フェントンは拘束されていた男を助けようと手を伸ばしますが、アダムが悪魔男を惨殺。弟が父の跡を継いだ2代目デビルハンターとなります。
ここから舞台は現在へ…ここの場面展開が少し強引に思われますが、その後父親は行方不明扱いとなり、兄弟は別々の施設に引き取られて成長したのだと言います。
ついにフェントンはドイル捜査官を引き連れ、殺人鬼だったという弟・アダムの死体がある墓地に到着しますが…
なんと墓地にある死体は兄フェントンもので、語り部の怪しい男(マシュー・マコノヒー)が実は弟アダムだった!!
叙述トリックものっぽい雰囲気があって、兄弟逆というオチは何となく予測できましたが、本作はもっと複雑な構造を孕んでいてまさしく天地をひっくり返したようなどんでん返し。
弟アダムが狂った父の跡を継いで、悪魔人間と決めつけた人たちを殺していたのかと思いきや、父とアダムは本当に神から選ばれたデビルハンターだった!!…というオチ。
信仰心に忠実だったアダムは幼い頃からすでに〝悪魔を見抜く目〟を持っており、父親が殺してきた悪魔人間たちの真の姿を目撃していました。
反対に実は生まれつき邪悪だったフェントンは、信仰心が欠如していたため悪魔の姿が見えなかった…やがて成長すると〝悪魔ではない普通の人間を殺す殺人鬼〟になってしまいました。
そんな兄を処刑し、悪魔の死体を葬ってきたバラ園に兄を埋葬したアダム。
間髪入れずさらなる急展開が続き、なんとFBI捜査官も悪魔人間で、実の母親を手にかけていた悪い奴だったことが発覚。
まんまとターゲットを誘き寄せたアダムは悪魔人間を葬ります。
映画ラスト。アダムは表向きは保安官の職に就いていて、裏では神の裁きを行うデビルハンターという2つの顔を持っていることが明かされます。
同じ能力を授かった女性と結ばれ、さらなる世継ぎが生まれることを示唆して物語は終幕。

奇妙なヒーローもののような世界観に言い知れない不気味さを感じながら、呆然とエンドロールを眺めてしまいました。
まさかのお兄ちゃんが悪魔だったというオチ。
私たちの常識的感覚でいくと「どうみても兄貴が正常、オトン&弟が異常」なのですが、この価値観をひっくり返して「こういう話だったんです」と突きつけてくる強引さに、この作品の底知れない怖さがあるように思います。
別の捜査官によって顔を見られ、監視カメラにも映っていたはずの大人アダム。
しかしなぜかカメラ映像は乱れ、アダムを目撃したはずの別の捜査官は一切の記憶を失っていました。
このシーンからも超常現象が現実だったことが分かり、「神は俺たちの姿をみえなくする」…父親のあの狂気の台詞が真実だったことが分かる瞬間、ゾゾっと鳥肌が立ちます。

話運びに少し分かりにくいところもあって、なぜフェントンは(悪魔人間ではない)普通の人間を殺す殺人鬼になったのか…
オーコメで補完した情報によると、「決して知られてはならない〝神の手〟の仕事を世間に知らしめようとフェントンが仕掛けた罠」だったらしく、父やアダムの正義の行為を穢そうとする意図があったようです。
兄が悪で父と弟は神に選ばれた善なる存在…それが真実なんだとキッパリ突きつけられますが、どうしたって自分の脳はそれを拒絶(笑)。
殺される人たちの過去の悪行が映し出される幻視シーンも、父親が脳内で作りだした都合のいい幻覚をみているだけにしか思えず、弟くんはお父さんを愛する気持ちから親の話に合わせた妄想をしちゃったんだよ…と思ってしまいました。
”一家の母親は弟のお産のときに亡くなった”とあり、弟が父親を盲信したのは幼いからではなく罪の意識からだったのでは…
自分は母親不在の悲劇に耐えられなかった一家が静かに狂っていった話として受け取ってみてしまいました。
赤ちゃんの誕生を予期したラストもハッピーエンドには思えず、〝逃れられない家族の呪縛〟を感じさせてゾッとする余韻。
こうだと信じた人の世界を見る目はどうやっても覆らないものなのだと、それを逆説的に証明したような絶望感が胸に迫って来ました。
父親ビル・パクストンの役名が〝ファーザー〟としか明記されていないのも意味深。旧約聖書のカインとアベルの兄弟エピソードや息子を生贄に捧げるよう神に言われたアブラハムの話が思い浮かび、宗教色がかなり濃いホラー。
カルト宗教に一家が呑まれていった「ヘレディタリー」に近しいものを感じましたが、あっちは悪魔の話だったけど、本作は神様がこっち側、と言い切るのにさらにタチの悪いものを感じます(笑)。
オーディオコメンタリーでは、脚本家・ブレント・ヘンレイが作品内容に迫った濃密トークを披露。
驚かされたのは、なぜ弟アダムが兄フェントンの振りをして語っていたかというところ。
「彼は自分の思いを込めながら兄のフリをして語ってる。それが事実であればいいのにと思いながらね。」
「〝アダムを置いてはいけなかった〟はアダムの願いが込められたセリフでいじらしいと思う。兄が本当にそう思ってくれたらと思ったんだ。」
回想シーンで描かれている兄フェントンは、弟の美化した思い出にすぎず、本当の兄はよからぬ一面を持つ〝悪魔〟のような人だった…
弟が兄貴を庇いながら語った壮大なホラ話…だったかもしれない回想シーン…この映画どんだけ複雑やねん(笑)と絶句。
この話をきくと、地下室に閉じ込められた兄に弟が水を与えるシーンも、本当は助けたかったけど父親が怖くて何も出来なかった弟の作り話だったのでは…と全てを幻のように疑ってしまいたくなります。
ヘンレイは「兄が邪悪な悪魔だったというのが真相」とキッパリ語っており、「フェントンの監禁は虐待ではない」「父親を殺しても涙を流さない子だ」とかなり辛辣な発言をしています。
フェントンが地下室に閉じ込められるシーンはヘンレイ自身の体験が元になっているそうで、抑圧された子供時代を送ってきた脚本家が、「父親に逆らった息子は悪魔」として物語を描き切っているところに深い闇を感じてしまいました。
「肉体労働ばかりさせられたが全く向かずタイプライター(脚本)の仕事に就いた」…デスクでタイプを打つフェントンが弟に処刑されるシーンは、自分で自分を殺しているように見えて、深淵を覗いたような複雑な気持ちに…

本心では宗教にのめり込む家族や父親信仰にNOを突きつけたい気持ちがあって皮肉を込めてこんな話を作ったのか…それとも親の呪縛から抜け出せておらず罪悪感ゆえこんな物語に仕上がったのか…
脚本家コメンタリーが〝信頼できない語り手〟による1級サスペンスのようになっていて、とんでもないシロモノでありました(笑)。
オーコメ最後でヘンレイは、「皆この作品をみると兄フェントンは悪くないと言う。皆誤った解釈をしているが、解釈は人それぞれだからそれでいい。」と語っていました。
実は弟も父親の話が全部狂気だと分かっていたのでは…でも父親や母親に対する罪悪感からあえて宗教に飲み込まれる道を選んだのでは…
フェントンの名前がなかなか〝神の処刑リスト〟に載らなかったのは弟がずっと潜在意識下で兄を庇っていたからでは…
父親の狂気に引き裂かれた深い兄弟愛の話だったんだ!!個人的にはそんな解釈で物語に浸りたい想いが残りました。
人は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない。それをオーコメ解説も込みで叩きつけてくる「フレイルティー」、本当に恐るべし!!
ビル・パクストンも音声解説で父親に折檻された子供時代を語っていましたが、狂気の父親の迫真の演技に圧倒。
信じる人間の邪気のない一途な瞳が恐ろしくリアル。細やかな演出も素晴らしく、こんな作品を撮っていたのかと驚きです。
「映画館にミートボールを観に行こうよ」「ウォリアーズにしよう」…回想シーンの舞台が1979年で兄弟がこんな会話を交わしていましたが、ここが唯一世界との繋がりが感じられる貴重な日常パート。
密室劇でもないのに、以降の場面は家族3人きりの世界の隔絶感、圧迫感が物凄かったです。
公開当時は「シックスセンス」と比較されて良い評価があまり得られなかったそうですが、単純などんでん返しものではない、もっとダークで大人向けなストーリー。
「ユージュアル・サスペクツ」や「セブン」と共通した90年代ムードを感じつつも、考察系ホラーとして今の若い人に受けそうな感じ。
お兄ちゃんが教室で憔悴している場面はまさしく「ヘレディタリー」を思い出して、アリ・アスターは本作からも影響を受けていたのかなと思いました。

アリ・アスター作品からは内に滾る怒りや哀しみを笑い飛ばそうとする冷静さを感じるのですが、本作からは怒の感情自体があまり感じられず、ひたすらどこまでも深い罪悪感が横たわっている感じ。
愛する家族と離別せざるを得なかったお兄ちゃんの哀しみが胸に迫りました。
「神なんていない」と発言するのは濃いキリスト教信者の人には完全にタブー。子供が親を否定することは許されない。宗教観と家族観を繋ぎ合わせたドラマが見事。
人を選ぶ怪作かもしれませんが、個人的には深々と胸に突き刺さる傑作でした。
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