スタンリー・キューブリックが3度見して「最も恐ろしい映画」と評したとかいう1988年のオランダ映画。タイトルだけは知っていたのですが、初鑑賞。
なんというか、鑑賞後1か月くらい余韻を引きずりそうな、強烈な映画でした…。
「ドラゴン・タトゥーの女」とか「ゴーン・ガール」系のサスペンスを楽しめる人が好んでみれそうな作品ではあるものの、あの2作よりエンタメ度はより低く、恐怖度はさらに上という感じ。
今回はあらすじ等を追わずに、感想のみ綴っていきたいと思います。
(以下ネタバレあり、未見の方はバック推奨)
こういう行方不明モノは〝探す人〟主体のドラマで充分盛り上げられるだろうに、それをアッサリ捨てて、序盤で視点が犯人に移るという展開の大胆さに一気に引き込まれました。
全編時系列が交差する構成ですが、非常に分かりやすく、普通ならば全く共感できないであろう登場人物の心理を否が応でも追わされる、その演出が見事です。
本作のレイモンは、ジョジョ4部の吉良吉影っぽいなんていうと、そんなに怖くない&ちょっとカッコいい感じがしてしまうかもしれませんが、自身に社会不適合者の自覚がありながら、〝擬態〟して社会に溶け込んで生活している人間がいるというのは実にリアル。
レイモンが誕生日プレゼントを家族に祝ってもらう場面。あれだけ家族に愛されていながら、本人の心の内はまるで宙を漂っているかの如く闇…身近にいる人間が誰も彼の本質を知らないってなんて恐ろしい…!
衝動的に快楽を求めて殺人を犯すわけではなく、何か憎しみやトラウマを抱えているわけでもない。
普通でいることがただ退屈で、〝あちら側〟に行ってしまう人間…そういう人間が人を殺すという心情は全く理解できないんだけど、コイツはそういう奴なんだと理解させられる。
そんなレイモンが一種ユーモラスに、滑稽に描かれているところがまた逆に恐怖を煽ってきます。
ひと1人誘拐するために、ものすごい労力でもって練習に練習を重ねているレイモンなのですが、「まるで仕事や趣味に打ち込むように充実感に溢れている」様子が異常さを際立たせていました。
そして、対する恋人の方……レイモンに愛する人を奪われたレックスもまた”狂気の人物”になってしまったのですが……
冒頭のトンネルシーンでサスキアを置き去りにしてのあの涼しい表情…「トンネルで僕を呼ぶ君が愛しかった」…ここで既に主人公のことも少し不気味に思ってしまいました(笑)。
「見つかるとは思わない。」「君を憎んではいない。」「何が起きたか知りたいだけだ。」…どーなんでしょう、恋人への純粋な愛で探し続けたというより、もう好奇心に乗っ取られたって感じなのかなーなんて。
自分ならあそこで絶対コーヒー飲まないし、そもそも車にも乗らず、キーホルダーぶんどって、とりあえず警察に通報するわーと思ってみてました。
しかし、あの、雨降る公園のシーンは神がかっていて凄かった…!!
車内にいるレイモンから捉えた視点は観客の視点と同じ。絶対従ってはダメと思いつつ、サスキアがどんな目に遭ったのかという知りたい気持ちは自分(観客)にもある。
ちょっと「ファニーゲーム」のようなメタ的な感じがしました。(自分はファニーゲームはあんまり好きになれなかったんですが)
動くワイパーとレックスの気持ちの揺れ。みえなくなった窓ガラスの視界がクリアになる瞬間。「他者の苦しみを見守りたいレイモンの非道さ」「真実を明らかにしたいレックスの想い」…。静かなんだけど、映像で語る心の動きがすっごい迫力のシーンでした。
ラストは、〝初めてみる画〟ではなかったけれど、それでも怖かったです。
まんまと泳がされていただけのレックスが不憫でしょうがないし、嫌な死に方を想像するのが単純に怖いし、なによりあのトンネルの中ですら泣き叫んでいたサスキアを想像してしまうと…。
でもこんな胸糞ラストなのにも関わらず、なんかちょっと解放感というか、「主人公はこうなることでしか救われなかった」という感じもしてしまう。回想であらわれるサスキアが一段と綺麗にみえて、「こうなることでやっと彼女と再会できたんだ。」という不思議なカタルシスもあるように思いました。
また、途中レイモンとレックスが立ち寄る公園の看板が気になって調べてみたのですが、Mémorial pour lavenir =直訳すると、”未来への記念”という何ともストレートに皮肉ったような名前…!
結局過去に執着する人間は幸せになれない…なんて言えたらいいけど、犯人から手紙5回も送り付けられて追い込まれて…そう思うとレックスはやっぱり可哀相ですね…。
「運命だよ。クシャミですべてが変わった」なんて語ってたレイモン。善悪など関係なく訪れる”報われない人生の無常さ”…シンプルだけどこれをひしひしと描いているところがこの作品の1番怖いところなのかもしれません。
秋には同じ”行方不明モノ”で、「バニー・レークは行方不明」という作品を鑑賞したのですが、こちらも相当良く出来ていて、心理的な恐怖を煽るサスペンスでした。
しかしバニー・レークはオチを知ってしまうと、ちょっと穴があるというか、「初見が最高に面白く観れる」作品なのに対し、こちらの「バニシング」は、人物の心理描写がより細かかったり、ちょっと文学的というか、2度、3度の鑑賞に堪えれる作品ではないかなーと個人的には思いました。
全然知らない俳優さんだけど、とにかくレイモンのキャラが立っててスゴかった…!!「羊たちの沈黙」や「セブン」のサイコパスたちと並んでも押し負けない感じがします。絶対出会いたくない…!!