「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レヴィン原作、「猿の惑星」のフランクリン・J・シャフナーが監督。
公開当時には賛否両論あったようですが、70年代にこの設定は斬新だったのでは…と今でも色褪せない面白さ。
サスペンス、SF、ホラーと複数のジャンルをミックスしたような怖さのある作品でした。
◆ナチス残党の謎のミッション
1974年の南米。ナチスの残党を追う青年が旧党員の会合に潜伏。
リーダーのメンゲレの指令は「9カ国に点在する今年65歳になる94人の公務員を殺害する」という驚くべきものだった…
一体どんな繋がりがあって、何のために94人を殺すのか…計画の全貌が全く明かされず、ミステリのようにグイグイ引き込まれます。
さらにヨーゼフ・メンゲレという医者はかつて収容所で数々の悪行を行った実在の人物ということもあって余計に気味が悪い。
結局メンゲレの計画は、
・ヒトラーのDNAを使って既にヒトラーのクローン人間を94人つくっていた
・彼らを各地に養子に出していたが、実際のヒトラーが14歳のときに父親を亡くしているので、その精神形成のために父親を殺す
…というトンデモないものだと発覚。
「育った環境を全く同じには出来ないし、過去のヒトラーを完全に再現するなんて土台無理やろ」と普通に考えたら思うけど、崇拝するヒトラーの血を信じるからこそ、こんな馬鹿げた計画を必死にやってしまうメンゲレ。
その不気味さはカルト教団のようで、「ローズマリーの赤ちゃん」に共通する怖さが漂っています。
◆先駆的!?クローン人間のアイデア
70年代にクローンの研究がどれだけ進んでいたのか全く知らないのですが、
母体から無精卵を取り出し、卵殻を紫外線で破壊して遺伝子をなくしてしまう。その卵に別の個体の血液細胞を注射して母体に戻す…という原理。
ボンクラ映画みてると、その人そっくりの個体がすぐさま出て来るようなイメージですが、赤ちゃんからの生まれ直しなんですね。
昨今では「出来る技術はもうあるけど、倫理的にアウトなのでやってないだけ」と陰謀論テイストで語られることが多い気がしますが、ときの権力者の遺伝子は密かに残されているのかも…と技術がより進歩した今の時代にみると余計に想像を巡らせてしまう怖さもありました。
◆胸糞ラストのようで上手くまとまっている
結局メンゲレの計画は古参ナチハンターのリーベルマンによって阻止され、彼の手元には「ヒトラーのDNAを持った94人の子供のリスト」が残ることになります。
今度はナチハンターの仲間がその子供たちを殺そうと企みますが、生まれで人を殺すような過ちを繰り返してはならないと、リーベルマンはリストを消滅させます。
収容所の生き残りで、ずっとナチの残党を追いかけてきたリーベルマンが例え同じ血そのものであってもその存在を許す。人への信頼をみせるところにホッとさせられました。
しかし一方〝ヒトラーの子供〟は、作品の中でものすごく不気味に描かれています。
傲慢で、マザコンで、夢みがち…ヒトラー本人の生前のエピソードを拾って作ったようなキャラクター像ですが、嫌悪感を掻き立てられる子供であって、またそんな自分の感情にもイヤーな気持ちにさせられるという二重の怖さ。
どんな人間になるか、遺伝と環境、どちらの要素が大きいのか…自分が過去に読んだ作品では貴志祐介の「黒い家」という作品がこのテーマを上手くエンタメにしてるなあと思ったのですが、
「遺伝、環境の両方の要素が人を左右するが、遺伝的な要素のある人はそもそも環境に恵まれていないことが多いだろうから、その環境を良くすることにこそ意義がある」…保険会社に勤める主人公が自分の仕事に希望を見出していました。
この「ブラジルから来た少年」も話の落とし所としては何となく似ていて、安易に悲観的になるな、社会や環境の要因が大きいのだから皆で気をつけようという警鐘的なエンディングで物語を見事にまとめていると思いました。
原作だとこの辺りリーベルマンの台詞でもう少し補完されているのですが、映画はややあっさり気味です。
その上ラストは子供がヒトラーの残酷な性格を受け継いでいると暗示したものになっているので、胸糞エンドだと受け入れ難い人もいたんでしょうね。
でも「94人のうち1人はもしかするかも…」と思わせる恐怖の演出としては、「オーメン」みたいな終わり方も上手いと自分は思いました。
◆役者が魅力的な映画版
自分は原作を先に読んでいて今回初めて映画を観たけれど、内容はほぼ完全に一緒でした。
アイラ・レヴィンは、「死の接吻」でも語り口そのものが仕掛けになったようなつくりが冴え渡っていましたが、「ブラジルから来た少年」もキャラクターの会話を中心に中々全貌をみせない構成が巧みです。
それと比べると映画はやや緊張が落ちる気がしますが、やはり圧倒的貫禄のローレンス・オリヴィエと正統派ハンサムをかなぐり捨てたグレゴリー・ペックの怪演が見もの。
「オーメン」で悪魔の子に翻弄されたペックが悪役で、「マラソンマン」で世にも恐ろしいナチス残党を演じたオリヴィエがユダヤ人を演じる…と考えてみると”逆にしたような”配役ですね。
ジェリー・ゴールドスミスのウィンナワルツを用いた音楽も印象的で、70年代らしい硬派なつくりがいい。今みても面白い作品でした。