どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

楳図かずおの「洗礼」…最恐サイコロジカル・ホラー、母と娘のヘレディタリー

高校生の頃だったか、「ロング・ラブレター」という「漂流教室」の実写ドラマが話題になっていて、図書館から原作本を借りていたクラスメイトに又借りし、それをきっかけに楳図かずお作品を読み始めました。

容赦ないグロテスクな描写、けれども全くチープではない綺麗な絵・・・

楳図作品はかつて少女漫画雑誌に掲載されていたそうですが、自分の周りでは、女性は怖いといいつつ案外読む(笑)、男性は「絵が怖くて受け付けない」という人が多かった気がします。

洗礼(1) (ビッグコミックススペシャル)
 

この「洗礼」は文庫本で全4巻、1974年から1976年にかけて週刊少女コミックで掲載されていたという作品です。

 

映画で例えるなら「ヘレディタリー」と「エスター」、「ゲットアウト」を足して割ったような感じ!?

途中のどんでん返しの構成も見事で、楳図作品の傑作の1つではないかと思います。

母娘の濃厚なドラマでもあるので、男女で受け取り方にギャップのある作品かもしれません。

 


あらすじを簡単に追うと…

国民的大女優・若草いずみは、日ごとに老い、顔に謎のあざが広がっていくことに恐怖し、芸能界を引退して行方をくらましました。

しかし彼女はとある医者と結託し、女児を出産して、成長したら、自分の脳と娘の脳を入れ替える。若い身体に乗り移るという計画を立てていました。

手術は成功し、9歳の少女・さくらの身体に宿った母親は、若い自分をやり直そうとしますが…。

 

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昔の自分は美しかった…と写真を取り出す母。(「洗礼」1巻より転載)

序盤だけでもうカンベンしてくれ!!ってくらい怖かったです。

そしてここからはネタバレになりますが…

 

やがて入れ替わった”娘”が、自分の幸せを掴もうと、意中の担任教師を誘惑したり、邪魔なクラスメイトを排除したりの行動に出ます。

「娘を平気で殺すような母親が中身なのだから、こんな残酷なことができるのだ。」と思っていた矢先、さらに恐ろしい展開が待っていました。

 

なんと手術は行われておらず、医者は母親の幻影でした。娘は土壇場で母親に打ち勝って気絶させていて、残った娘1人がただただ日常を送っていただけということが判明します。

母親の脳が自分と入れ替わったと信じ込んだ娘が母を演じていた……と、トンデモSFホラーだった序盤を一気に覆し、「人間の脳は過大なストレスがかかるとこんなことになってしまうのか」というサイコロジカル・ホラーへと一変します。

 

”無意識下ですごいプレッシャーを感じた子供が、親の願望を叶えようと必死で庇っていた。”

悲しいドラマなのですが、これがどこかありふれたことのようにも思えてくるのです。

自分がこれだと思って選択したことは、果たして本当に自分の望みなのか…無意識に親を幸せにしようとしてとった行動ではないのか…娘のさくらの取った行動を追うと、どこまでが自我なのか?…ヒヤッとするものがあります。


容貌の変化に恐怖する女性というのは、楳図作品で度々出てくる女性像の1つですが、本作では、”母親が娘の人生で自分の人生をやり直そうとしている”…ここに恐怖とリアリティがあるように思います。

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女優の人生は嫌だった。次は普通の女の幸せを掴みたいと語る母親のいずみ。

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その願いを完全に受け継いだ娘。


例えば子供に必死に勉強をさせる教育ママ(あるいは教育パパ)がいたとして…

「自分は勉強する環境がなくて学校に行けず苦労したから子供にはその苦労を味合わせせたくない」という思いであれば愛のような気もするし、「自分のコンプレックスを子供を利用して満たそうとしている」なら歪んだエゴのような気もします。

でもこの境目だってあやふやなこともあるんじゃないだろうか…子供により良い人生をと願う中、それは大抵自分の人生との比較になってしまい、無意識に重ねる中で支配的になってしまうこともあるのではないか…


母親の場合、妊娠から出産、子育てまで綿密な時間を子供と過ごすことになり、同性の娘が対象だと、自分の人生と切り分けられない落とし穴に嵌まってしまうこともあるのかもしれません。

「洗礼」はそういう別離できない母娘の心理を上手くホラーに組み込み、リアルなドラマを展開している作品のように思います。

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怖すぎる台詞。(「洗礼」1巻より転載)

またいずみが恐ろしいのは、「産む前から子供を利用すると決めていた」というところですが、大人になって自分から離れないのは娘だから女の子が欲しい…自分の子が産んだ孫が欲しい…こういう願望を抱いて子供を望む親もいる気がして、ここも一笑できないところかもしれません。

 

見た目だけで判断され続ける芸能界での人生にストレスを感じていたこと…仕事か家庭に入るかの2択でしか人生を考えられなかったこと…これらは悲劇的で、なんとなく多くの女性が潜在的に負担に思っていることを表したようなキャラクターにもみえて、悪母とは片づけられない深みも感じます。

 


個人的には読むたびに、「さくらと先生の奥さんのバトルは陰惨すぎるのでもうちょっとアッサリでもいいよ!!」と思うのですが、ホラーシーンとしては大サービスなのかな。やりすぎてギャグにもみえてしまいました。

「子供は大人が思っている以上に大人」だと気づく女性と、「子供を子供のまま受け止めようとする」男性と……一応この担任の先生は、子供を観察して助けようとしてた味方だった…ということだけど、どうにもニブイ感じがして終始不安しか感じませんでした(笑)。

 
「洗礼」は1996年に実写映画化もされていて、うろ覚えですが、さくらはもう少し年上の女の子で、先生との際どいやり取りも大幅にカットされていたと思います。

漂流教室」もそうだけど、実写では無理なことが表現されている作品だと思うので、ここの改変は仕方ないと思う…のだけれど、脳入れ替えのグロテスクな描写だけはなぜか気合が入っていて、結構頑張って再現してたと思います(笑)。

 

あの描写が、ある意味騙す最大のギミックとなっていることが、この作品の凄いところで、読み返すたびにその構成には驚嘆するばかりです。


とても45年前の作品とは思えない、色褪せない怖さ。

家族ホラーの先端を行った作品で、今読んでも震え上がれるサイコ・ホラーではないかと思います。