昨年楳図かずお大美術展に行った際「赤んぼ少女」のタマミちゃんのグッズが売っていて目を引きました。
人気作らしくタイトルだけは聞いたことがあったのですが、未読だったので文庫本を購入。
救いのない悲惨なお話でありつつ、独特の味わいがあって人気なのも納得の一編でした。
孤児院で育った少女・葉子は実の両親が見つかったと言われ、ある日新しい家に拾われて行きます。
豊かな生活に感激するのも束の間、屋敷の天井裏にはタマミという不気味な少女が住んでいました。
見た目は赤ん坊なのに実は知能が高く、喋ることも歩くこともできるタマミは葉子の実の姉なのだといいます。
タマミは美しい葉子に嫉妬して彼女を虐げますが…
持っていない人が持っている人に暴力を振るう…火のついたランプを頭上に置いたり、ギロチンで手首を切る振りをしたりとタマミのイジメは凄惨です。
けれど小っちゃな身体のタマミにはどこか愛嬌があり、楳図先生の恐怖描写の〝やりすぎ感〟と相まってどこかコミカルな感じもしてしまいます。
葉子という恵まれた存在が比較対象として自分の前に現れたことで幸福度が下がったのだとタマミは語ります。
「元はそれなりに幸せだった」と振り返れるあたり、タマミちゃんは随分と冷静で賢い子だなあ…ここを読んで自分は感心するような気持ちも湧き上がってしまいました。
タマミのお母さんはタマミを溺愛していますが、それはあくまでも〝可哀想な赤ちゃん〟としてで、成長を期待したり本人の自我を認めたりすることはありません。
父親はタマミの存在を否定するばかりで周りの差別に耐えかねてお母さんはこうなってしまったのかもしれません。
多少歪ではあるものの母親の愛はタマミちゃんにしっかり伝わっていて、お母さんを傷つけないように母親の前でタマミは意識的に赤ん坊を演じているようにも映りました。
タマミの「人と大きく見た目が違っていること」の苦悩は克明に描かれていて、読んでいると何とも哀しい気持ちにさせられます。
ある日葉子が天井裏からタマミを覗くと、おめかしした自分の姿を鏡で見て、涙しながら着物を破り裂くタマミの姿がありました。
近くに住むイケメンの高也が家に来るのを知っておしろいを塗って綺麗にしたつもりが「気持ち悪い」と陰口を叩かれてしまいます。
そして葉子に酸をかけてやろうとした矢先誤ってそれが自分にかかってしまい、全てに絶望したタマミは自ら命を絶つことを決意します。
「タマミは悪い子でした」…確かにタマミちゃんのやっていることは悪いことばかりです。
自覚がありながら他人を傷つけているのは怖いことだと思いますが、「やっていない」と嘘をついたり「恵まれていない自分はこの位やって当然許されるべきだ」などと言わないあたりタマミちゃんはそんなに悪い子ではなかったのかも…などとも思ってしまいます。
この話の登場人物の中で自分を省みることのできる思慮深さを持ち合わせていたのはタマミちゃんだけだったのではないかと思いました。
父親も現実逃避した母親も「異質なものとして扱われるタマミちゃんがどれだけ辛いか」…そんな想像は微塵もせず存在を否定するばかりです。
「君は心まで醜いのか」とタマミを追い詰めたのは高也ですが、切り取られたほんの一場面のみを見て他人に絶対的評価を下す(見た目は醜いとあくまで言い切る)…お前みたいな男こっちが願い下げだよ!!と言ってやりたくなります。
本作にヒロインの葉子の内面描写はほとんどなく、持っている人にとって持っていない人の気持ちが想像できないのってこんなものなのかも…と思わせるような、ある種残酷なキャラクターになっていると思いました。
「鬼滅の刃」で炭治郎が鬼を切るときに「自分も境遇が違ってたらこうだったかもしれない」と思いを寄せるのに救いや優しさを感じたのですが、本作のタマミちゃんには何の救済も用意されておらずたった1人孤独に死んでしまいます。
タマミちゃんが可哀想で悲惨な話には違いないのですが、嫉妬やどうにもできない理不尽なものに対する怒りの感情、愛されたいという願いは多くの人が持っているもので、美しいけれど血の通っていないような他の登場人物たちと相対的にタマミちゃんの人間らしさが浮き彫りになって愛おしく感じられる。
残酷だけれど心を動かされるお話で、根強い人気があるのも納得の短編でした。