ジャック・クレイトン監督、デボラ・カー主演の61年のホラー映画。
TSUTAYA名盤復活コーナーで借りて以前観たのですが、心理的にゾクゾクくる怖さでとても面白かった。
上品な白黒映画なのにアブノーマルなエロスを感じてしまう…
善悪が曖昧な登場人物、幽霊は本当にいたのか考察の余地があるところなど、底知れない冷たさの残る作品でした。
◇◇◇
家庭教師として古い屋敷にやって来たミス・ギデンス。
愛らしいマイルスとフローラの兄妹にすっかり夢中になりますが、ある日塔から見知らぬ男が自分を見下ろしていることに気付きます。
次第にギデンスは自分にしかみえない幽霊の存在と兄妹の奇怪な言動に脅かされていきますが…
主人公が婚期を逃したガバネスというのがおそらくこの物語のポイント。
女性家庭教師が主人と結婚する「サウンド・オブ・ミュージック」のようなお話もあるけれど、貴族の叔父に好意を抱いた様子のギデンス。
子供たち2人には気に入られようと躾そっちのけで甘やかせてばかり。
自分に次いでの地位にいるグロースさんとは会話するものの、身分の低い他の使用人のことは眼中にないのか一切登場しません。
厳格な田舎の牧師の父親に育てられたというギデンス。人生のモットーは「困っている人がいたら助けなさい」…
拗らせたヒーロー願望がありそうで、何か大きな危機から子供たちを救ったことになれば自分は貴族の叔父の目に止まるに違いない…
「あなたのためを思って」といいつつ独善的、実は子供たちを利用していて霊も彼女の妄想なのかも…そんな風にも受け取れる欺瞞的な感じのする主人公にドキドキさせられます。
幽霊が本当にいたのかどうか最後までハッキリしませんが、静かな登場シーンが印象的。
塔の上から見下す男の霊の姿は「俺がこの家のボスだ!」と威嚇&誇示しているようにも映ります。
その後の出現は「窓の外」「池の向こう側」など隔たりのある場所。
「あんたたちの身分は私より下なんだからね!!」主人公の高い自意識が彼らを遠ざけているような…乗り越えられない階級差的なものも感じさせます。
やがて亡霊は教室にも出現、前任者・ジェセルの霊が泣いて手紙をしたためている様子でしたが(後追い自殺のための遺書を書いていたのかも)、身分違いの恋の切ない想いには主人公の胸にも迫るものがあったのでしょうか。
ジェセルは自分より身分の低い世話係のクイントに夢中になっていたのだといいますが、「彼に叩きのめされても求めるように這っていった」って相当ですね…
隠れんぼしていたマイルスがおふざけでギデンスの首を絞める場面がありましたが、力の入れ具合が子供のそれじゃない。
もしかすると大人がやっていた首締めプレイを真似してやってしまったのかも(そういう言動が退学の原因だったのかも)…
従者たちと子供たちの間に複雑な関係があったのは本当だったのではないかと思われて、妹のフローラが獣の鳴き声を「聞かなかったことにする」などと言っていたのも意味深に聞こえます。
クイントとジェセルは子供の目の前で過激なプレイをしたり、ときには巻き込んで性的虐待を加えていたのかもしれません。
そもそも叔父が子供たちを異常に退けているのも不自然で、虐待を公認していたのか、クイントの死が子供たちの手によるものだと知って関わりたくないと恐れをなしたのか…
親切そうに見えるグロースさんも都合のいいものしか見ようとしない人なのかもしれず、幽霊が見えないのは彼女の鈍感さによるものなのかも…
観ているとあれやこれやと想像を掻き立てられること不可避。
愛らしくも異様に大人びた顔を時折みせる子供たちの存在がまた一層不安を煽ります。
「美人に眼鏡は似合わないよ」と颯爽と言ってのけ、突然のチューで先生を骨抜きにしてしまうマイルスの恐ろしいことといったら…
妹のフローラが去ったあとギデンスはマイルスに迫りますが、本気で子供を救おうとしていたのか、貴族の叔父への思いが叶わないことを悟って代替としてその血をひく子供に欲情してしまったのか…どっちにもとれて何が何だかわかりません。
クライマックス、2人がなぜかずっと汗だくなのもイケない感じがしてしまいます。
最後にマイルスはショック死してしまったようでしたが、「眠れる森の美女」のように彼に口付けするギデンス。真実の愛で少年は蘇るのでしょうか…
映画の冒頭とラストは「子供達を救いたい」と祈る主人公の手を映して終わりますが、途中のシーンでは主人公は礼拝に参加せず教会から背を向けていました。
見方によっては純真無垢な子供を握り潰した独り善がりな女性を映したエンディングに思えます。
けれどマイルスとフローラの振る舞いにこの子たちは虐待にあっていたのかも…と思わせるものがあるのも事実。(罪悪感を抱えている、自分は人と違うと言う、不安定で突然残虐な一面をみせる)
中年女性の欲望が少年を追い詰めたのか、信仰者の献身が悪魔祓いを成功させたのか、あるいは感受性豊かな教師が虐待のトラウマを持つ子供をショック療法で治療したのか…
如何様にも受け取れて、なんとも言えない余韻が残りました。
原作も以前読んだのですが、「信頼できない語り手」の3重構造で映画より遥かに難解。
中編小説なのに苦戦してなかなか読み進められなかった憶えがあります。
ギデンスはより病的な印象でしたが、欺瞞的な主人公、性的な匂い、善悪の曖昧さなど、映画は原作に概ね忠実で上手く要を拾っているのではないかと思いました。
原作との大きな違いに主人公の年齢がおよそ20歳ともっと若いことがあげられますが、映画は年の増したデボラ・カーを主演に据えたことでより味わい深くなったように思われます。
上品な美しさの彼女が「ああ、汚らわしいっ!!」と慌てふためいているのを見るだけでなんだかドキドキ。
(唯一ケチをつけるなら冒頭に登場する貴族の雇い主。主人公が一瞬で夢中になる人なので、もっと魅力のある人がよかったかも…ローレンス・オリヴィエだったら言うことなしだったと思いますが…)
幽霊ものとしても心理サスペンスとしても楽しめて、上品なのにエロい。
今みても全く古びれないこのジャンルの傑作だと思いました。