どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

デンゼル・ワシントン「フライト」…依存症ダメ男の懺悔がジワジワくる

成功率0%の奇跡の不時着を成し遂げたパイロットはドラッグ服用者でアル中だった…

麻薬の効果の良し悪しを問うような作品になっているのかと思いきやそうでもなく…
過酷な航空会社の勤務形態が明かされ経営者vs労働者のドラマが繰り広げられるのかと思いきやそうでもなく…

予告編から予想した内容と大きく異なる作品でしたが、デンゼル・ワシントンのダメ男っぷりが素晴らしくジワジワくる1本でした。

酒、女、薬、タバコ…これにギャンブルが加われば役満って感じのウィトカー機長。

人の命を預かるプレッシャーの大きな仕事に就いていてアラフィフになって肉体的な衰えを感じている。

同期は管理職ポジに落ち着いているけど自分はずっと現場。教職とかについても良さそうなのに現場で淡々と仕事してる方が向いてそうな性格。

主人公の生育環境とかが分かりやすく語られるわけではないけど、実は繊細で1人が苦手なタイプで…色々想像させてくれるデンゼル・ワシントンの演技が素晴らしく、悪い男というか気難しい男の役がめちゃくちゃハマってます。

クライマックス、ホテルに缶詰めになった主人公が酒瓶開けてグッチャーなとこは「だよねー」とむしろ安心感が込み上げてきました。

一朝一夕で我慢できるような人間ならアル中にはならんでしょうよ、と誠実さを感じる展開でした。

この映画、酒については依存性が強調されてますが、ドラッグについてはある種魔法の薬として描写されているように感じました。

グデングデンな主人公が一瞬でシャキッとする。
冒頭の奇跡のフライトも主人公の元々の有能さの賜物であると同時にコカインの力で高められた集中力がてき面に効いたからこそだった…そう考えると複雑なものも残ります。

病院の階段でプカプカ煙草吸ってた末期癌のお兄ちゃんの姿も「薬も宗教も必要な人に正しく使えば救いにもなる」という肯定の描写にみえました。

一方こういう依存症の人に周りがどれだけ傷つけられるかというのは丁寧に描かれていて、信じては裏切られての繰り返し…突然お宅訪問した元妻や子供のリアクションなんかもすごい真に迫ってました。

けど最後、突然全て許されたかのようなラストでええーってなる(笑)。

映画のそこかしこに「信仰」や「神の思し召し」的なワードが散りばめられてましたし、宗教映画というか主人公が罪を告白する懺悔系映画…

ゴッドファーザーPart3」とかイーストウッドの「運び屋」とかの路線でしょうか…今まで散々好き勝手やってきといて悔い改めれば全部許されるって都合良すぎひん??とか思っちゃうけど、「自分と向き合って過ちを認められるようになる」っていうのは大人になって歳を重ねるとジワジワ沁みるテーマのように思われます。

自分の好きな鬱小説、アガサ・クリスティの「春にして君を離れ」という作品ではアラフィフの主婦がふと人生を振り返り「もしかして自分はずっと夫や子供を傷つけていたのではないか」と省みます。

主人公女性は発言小町にでも出てきそうなウンザリするような嫌な女ですが、「結局自分の価値観でしか物事をみておらず自分本位に他人を傷つけているのでは…」というのは程度の差こそあれ誰にでも当てはまることではないかと思います。

けれどこの女性は結局自分に嘘をついて楽な方に逃げてしまう、家族にも謝らず本心を誰にも打ち明けないまま自分と向き合うのをやめてしまう…

歳とともに賢くなって視野が広くなればいいけどそういう人間ばっかりじゃなくむしろ狭められた自分の価値観の中に無意識的に逃げる人の方が多いのかも…

そうすると「フライト」のラストにウィトカー機長が自分を認めて曝け出した「俺は嘘つきだ!」の告白は凄い価値があるものなのかもしれません。

自分と向き合って他人と本当の意味で心を交わすことができるようになったラストは一見底抜けハッピーエンドに見えるけどここに味があるように思いました。

飛行機の落下した場所にいたのがペンテコステ派の信者だったり、キリスト教系の知識が乏しい人間には???なところも沢山。
主人公の「俺は人生で初めて自由になった」という台詞はよく聞く「私は盲目であったが今はみえる」って言うのと同じようなものなのかな…

聖書に「放蕩息子」というグレた不良息子が改心して帰ってきたのを親父さんが喜ぶっていうエピソードもあったけど「1回もグレなかった兄貴の方が偉いやろ」って思ってた自分…でも多分そういう話じゃないんでしょうね(笑)。

神様の慈悲深さとか言われるとピンと来ないけど、自分の過ちを認められることにはすごい価値がある、自己を厳しくみてこそ初めて人は成長できる、自己啓発系な話に捉えると親しみを感じられました。

認知もなくなるような状態になる位溺れていくものって怖いなあと思うけど、人間生きてれば誰しも何かを利用してストレスを解消しているもので、大勢の人と話すのがいいって人もいれば1人で本読むのがいいって言う人もいて…ホラー映画みてすっきりするような自分は大概な現実逃避依存症だと思うのですが、ふとしたきっかけで何にハマるかは分からんもんなのかなと思います。

主人公のウィトカー機長もヒロイン女性も子供を助けに行って亡くなった同僚女性も皆根が真面目そうな人ばかりで、そういう人が心壊しちゃったっていうのは切ないですね…

ジョン・グッドマンのテキパキしたヤクの売人、何だかんだで面倒見いいドン・チードルの弁護士…脇役の登場人物もそれぞれキャラが立っていて、皆もっと出番あってもよかったのになーって位勿体なかったけど、主人公メインでじっくりやってくれたからこそ良かったのかなと思いました。

ジワジワと残る作品でした。