どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「日の名残り」…自分を抑圧してきた執事の人生回顧が切ない

真面目で鈍感な堅物執事と女中頭の感情を表に出さない静かな恋。

貴族の邸宅にて繰り広げられる外交会議。

2つの大戦の間で揺れ動いた激動の時代、時代遅れの遺物ともいえる執事の姿が去り行く時代への郷愁を感じさせる…

有名な作品ですが、初見。

歴史ドラマも含んだ奥深く重厚なストーリーでしたが、自分としては年取ってから人生を回顧することの恐ろしさみたいなものがひたひたと胸に迫ってきました。

 

執事・スティーブンスの″精一杯努力しているようで実は楽な方に逃げているところ”、自分にもあるかもと思ってグサグサと突き刺さるキャラクターでした。

お父さんを看取ることをせず自分の仕事を優先させたところ…「職務を全うした仕事人」と誇らしく振る舞っているけれど、もしかしたら弱った父親の姿をみるのが怖くて逃げてしまっていたのかも。

色恋沙汰からは距離をとりつつも、気になる女性を追う目線はしっかり持っていて、本当はセンチメンタルな恋愛小説がお好き。

「要人たちに会ったことがある」と世界の重要人物であるかのように振る舞う場面は痛々しいこと極まりないけど、苦労話をいささか盛って武勇伝めいたものにしてしまうのもあるあるかも…

垣間見える主人公の虚勢が決して賢明な人物でないことを示しつつも、仕事にひたむきな様は本物で執事姿がこの上なく絵になるスティーブンス。

しかし想いを寄せてくれていたミス・ケントンにとんでもない塩対応をして、好きな人と結ばれる機会を永遠に失ってしまいます。

それでも自分は仕事に生きたのだと胸を張れればまだいいけれど、盲目的に崇めていた主人は実はそれほどの人物ではなく社会から非難される存在に…

本人の掲げていた高邁な理想と現実の自分がかけ離れていることに、歳をとってようやく気付き始めるの、めちゃくちゃキツいなーと思って切なくなりました。

 

ミス・ケントンにここで好意を伝えなければ関係が終わってしまう…ダーリントン卿はもしかしたら悪い取り巻きに利用されてるのかもしれない…

本人も心の中ではうっすらと気付いていたのかもしれませんが、現実と向き合うのが怖くて思考を放棄。

自業自得ではあるけれど、それがこの人の精一杯だったというのもきっと真実で、1つのことしか追えない不器用な主人公のことがどうにも嫌いになれませんでした。

愚かな主人公を好ましく思えてしまうのは、人間利他的であるためには自分を殺さなければならないような場面があって、そうした人の献身が組織や社会を支えて助けられていることがあるのは確かだと思うから…

執事という特殊な職業。自分を抑圧するのが常だった主人公が自分の感情に気付かなくなってしまう…気付いても直視できず自分を取り繕うばかりになってしまう…

真面目で献身的なはずの人が陥ったジレンマが悲劇的に思われました。

 

映画→小説の順で手に取ってみたのですが、「信頼できない語り手」スタイルの原作は主人公の自己欺瞞がより痛々しく、おそらく相当美化されているだろう記憶から一体何が真実なのだろう…と想像するのにドキドキハラハラしました。

アガサ・クリスティの「春にして君を離れ」と印象が重なりましたが、あちらは中年女性が実は自分が独り善がりな人間で家庭を不幸に陥れていたかもしれないと疑うストーリー。

「春にして…」は絶望と嫌悪感で胸がいっぱいになりましたが、こちらの読後感はそこまで悪くないのが不思議。

最後にスティーブンスが大きな心の痛みを伴いながら自分の過ちを認めるところ、変化に適応していくしかない厳しさに打ちのめされつつも、過ぎたことは仕方ないと明日に向かっていく姿…一筋救いのようなものも感じました。

映画の方のラストはより物悲しい印象で、自由に飛び立つ鳩と不自由な主人公の対比。古く美しい英国の景色の一部として埋没していく主人公がどうにも切なく、こちらはこちらで余韻が残りました。

 

なんとなく映画は感傷的でロマンチックな印象。原作はドライで捉えどころがなく奥深い印象。

こういう時系列が入り乱れる独白スタイルの小説は映像化が難しいものだと思いますが、映画も虚飾まみれの主人公の内面をしっかりと描写できていて凄いと思いました。

昔はよかったと過去の記憶を歪めながら自己満足に浸るのも、すべてが空虚に思えて絶望するのも、どちらも有りそうで怖い。

痛々しいけれど人間らしい、心に染みるおじ様執事でした。