どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「BUG/バグ」…人生の不幸に理由を求めて狂う人

フリードキンと「キラー・スナイパー」の脚本家トレイシー・レッツが初タッグを組んだ2006年の作品。

〝自分の身体に虫が埋め込まれている〟という妄想に取り憑かれた男女の話ですが、こういう人本当にいそう…

人間精神のバランス崩してしまうとここまで行ってしまうのかも…鬼気迫っていてめちゃくちゃ怖い映画でした。

オクラホマの安モーテルで一人暮らししている中年女性のアグネス(アシュレイ・ジャッド)。

10年前に6歳の息子が失踪、離婚したDV夫が最近仮釈放されたばかり。

度々かかってくる謎の無言電話に悩まされつつも、酒・タバコ・コカインで孤独を紛らわす日々を送っていました。

そんなある日アグネスは友人からピーター(マイケル・シャノン)という謎めいた男性を紹介されます。

孤独なもの同士惹かれあいすぐにベッドインする2人。

しかしピーターは実は軍の脱走兵で、湾岸戦争時に人体実験で身体に小さな虫を埋め込まれたのだと言います。

やがてアグネスの身体にも虫に噛まれた後が出現、2人は閉ざされた空間で精神を蝕んでいきます…


「私が息子を失ったのも政府の陰謀だった…!!」とクライマックスに捲し立てる主人公の恐ろしさ。

本当はこんな人生のはずじゃなかった、誰か悪い奴がいて全部仕組んでいたんだ…

自分に都合のいい妄想をして現実逃避する〝頭のおかしな人〟ではあるのですが、自分が目を離した隙に息子が行方不明になってしまったことへの罪悪感がずっと消えないまま…

世の中には考えても答えの出ないような不条理な出来事があったりするものですが、自分を襲った不幸に理由を見出したいと願う主人公の気持ちも少し分かるような気がしてしまいました。

彼女を泥沼に引き摺り込んだ男・ピーターの言うことはどこまで本当だったのかハッキリしないままですが、軍で理不尽な目にあって精神を病んだのは本当だったようにも映ります。

「父親は誰も寄りつかない教会の牧師で、子供の頃は学校に行かず父から教育を受けていた」…ポツリと語られる闇深エピソード。

幼い頃からずっと孤立した人生で、そういう人が「自分だけがこの世の真実を知っている特別な人間だ」という選民意識にハマっていくのもありそうなことだと思いました。

アグネスもピーターも本当は寂しくてたまらず「異性は苦手」「誰とでも寝るような人間じゃない」などと口では言いながらも結局人肌を求めてしまいます。

初めて得た〝信者〟のアグネスを支配するピーターと、彼と一体になることでようやく自分の存在価値が感じられ至福の表情を見せるアグネス。 

2人だけの世界に閉じこもる姿はある意味甘美な「恋愛映画」していて、何とも複雑な気持ちにさせられます。


主人公2人以外の登場人物の描き方も絶妙で、途中でやって来る医師が「いい人に見えない」のもフリードキンの情け容赦なさが炸裂しているようでした。

妻を殴る元夫も絶対にいい人ではないけれど、「妻子のために20時間配達の仕事をしてた」と語っていたのはきっと本当のこと…

「息子の思い出の品が目に入るとアグネスが傷つくから片付けておけ」…とピーターを注意するような思いやりは持ち合わせていて、息子を失わなければこの夫婦は意外と普通にやって行けていたのかも…

善悪つけ難い人物像、何が本当か分からない曖昧で不確かな世界の描き方もフリードキンの真骨頂という感じでした。


「みえない虫が身体にいる…!!」と奇声をあげながら全身をビシバシ叩いてベッドでのたうち回るピーターは「エクソシクト」のリーガンを思い出させるような恐ろしさ。

虫の交信を妨害するためモーテルをアルミホイル貼りにする後半はSF映画のような青白い画面が広がりますが、ドア一枚隔てた先はアメリカの片田舎の景色…2人の人間のちっぽけな精神世界を壮大なスケールで描いたようなギャップが面白かったです。

エンドロール中にも一悶着あって、無言電話の呼び出し音と共に映し出される子供のオモチャが意味深。

電話は失踪した子供からのものだったのでしょうか…

ラストに映る部屋はアルミ貼りされておらず全部コカインでラリった2人がみた幻覚だったのかも…

ハッキリしない曖昧な幕引きではありますが、物寂しい余韻が残りました。


主人公2人は近寄りたくないヤバい人たちではあるけれど、思いがけない不運や孤独に見舞われた時、何がきっかけでおかしなものにハマるか分からないものなのかも…

宗教に救われる人がいるように、この2人にとってはBUGの存在を信じることが救いだったんだ…

とても恐ろしいけれど主人公2人の寄る辺なさがどうにも切なく、心奪われてしまう作品でした。