「イヴの総て」のジョーゼフ・L・マンキーウィッツ最後の監督作。
傑作ミステリと名高くタイトルだけは知っていたのですが、VHSしか出ておらず長らく鑑賞が困難だった作品。
この度めでたく初ソフト化、Blu-rayを購入して初鑑賞してみました。
元は舞台劇だそうですが、名優2人の応酬がとにかく凄い。
軽快な音楽に合わせて名前が出て来るオープニングクレジットがお洒落、ミステリ小説の世界を映し出した紙人形のアートから一気に心掴まれました。
予想がつくところもあったけど、どんでん返しの連続でドキドキしっぱなしの138分。
もっとコメディ寄りの作品かと思っていたのですが、男2人の内面が思った以上にドロドロしていてびっくり。
非常に見応えのある心理サスペンスでした。
◇◇◇
ロンドン郊外の大豪邸で暮らす高名な推理作家のアンドルー。
ある日妻を寝取った美容師・マイロを自宅に招待します。
叱りつけるのかと思いきや、「浪費家の妻を譲る代わりに、泥棒に扮して隠し金庫にあるダイヤを盗んで欲しい。保険金が下りるので自分はその金で新しい愛人と暮らす」と偽装強盗を提案。
金のないマイロはアンドルーの提案に乗ることにしますが…
(以下ネタバレで語っています)
とにかくローレンス・オリヴィエ演じる作家の爺さんの癖が強い(笑)。
迷宮のような庭園で1人朗々と語り出し、新しい小説のアイデアをテープに口上。
さすがイギリス演劇界の重鎮、とんでもなく良く通る声で迫力が半端ないです。
屋敷内もこれまた凄くてからくり人形みたいなのがいっぱい。
ビリヤード台、ダーツなど至る所に玩具やゲームが配置されていて酔狂な爺さんの趣味に圧倒されてしまいます。
しかし何ともいえない寂しさが漂う空間。
「新しい愛人がいるし不倫を何とも思ってない」なんて言いつつ、妻の寝室を荒らしたり、妻の写真に銃弾を命中させていたり、節々に怒りを感じて、この爺さんねちっこい。
自分の小説は上流階級に受け入れられていると鼻高々に語り、大衆娯楽を軽蔑…プライドがめちゃくちゃ高そうです。
対する美容師のマイロは、イタリア系移民の息子で貧しい暮らしをしてきた労働者階級。
金髪に青い目がセクシー、マダムに大受けの美容室を経営。
アンドルーは平民でイタリア系のマイロを蔑みながらも、若くてモテる彼に嫉妬している様子。
一方マイロも随所で階級社会への怒りを滲ませていて、コメディ調の音楽とは裏腹にどこかギスギスした2人。
イギリスらしい皮肉ユーモアたっぷりのやり取りがキレッキレ、序盤からハラハラさせられました。
どう考えてもこの爺さん、本当は妻を取られたのを恨みに思ってるよなあ…泥棒させて罪を着せようとしてるんじゃないかなあ…と思っていたらやっぱり…
「泥棒しに来たお前を撃ち殺しても罪にならない」…突然マイロに銃口を突きつけるアンドルー。
道化師の格好をさせられ泣きながら命乞いをするマイロに無慈悲な弾丸の音が響き渡ります。
変わって第2幕。
真っ白なジグソーパズルが完成されていて、時間の経過が分かる(&爺さんの復讐心が満たされたことが伝わってくる)場面転換がこれまたオシャレ。
1人ワインとキャビアを愉しもうとしていたアンドルーの下に、ドップラー警部補が聞き込み調査にやって来ます。
マイロが数日前から行方不明になっているとのこと、この家から銃声がしたと通報があったがあんたが殺したんじゃないのか…警部補に問い詰められるアンドルー。
しかしアンドルーは「撃ち殺す真似をして揶揄ったが、そのあと彼は家に帰った」と事の経緯を語ってみせます。
本当にマイロは殺されたのか…それともアンドルーの供述は正しくて空砲で遊びだったが、揶揄われたのを恨みに思ったマイロが仕返しに姿をくらませて一杯食わせようとしているのか…
アンドルーが問い詰められて動揺していると、ドップラー警部補のマスクが剥がれて中からマイケル・ケインが登場…!!
高画質のBlu-rayでみてもニブチンの自分は変装に全く気付かず普通にびっくりしてしまいました(笑)。
2人主演じゃなくて他の登場人物も出てくるのかーと呑気に構えてみていましたが、声色も変えていて、マイケル・ケインすごい。
美容師だから変装はお手のものだった…爺さんを寂しい奴だと揶揄する嫌味の数々など、マイロの台詞だったのかーと思うと納得、見事に騙されました。
アンドルーも完全に騙されたくせに、「途中から気付いてたけどね」と絶対に負けを認めない爺さん。
お前は小学生男子かっ…!!と言いたくなるけど、こういう面倒くさい大人いるいる(笑)。
2人騙し合いっこしてイーブン、これで恨みなしかと思いきや、まだまだ怒りが収まらないマイロはさらなるゲームを仕掛けます。
ここから第3幕。
なんとマイロはアンドルーの新しい愛人である女性をここに来る前に殺害してきたのだと言います。
アンドルーに疑いがかかるように既に仕向けており、証拠の品を部屋に4つ隠したから警察がやってくる前にそれを探せ…マイロに脅しつけられ、アンドルーは決死の宝探しゲームを始めます。
ここの展開はちょっと強引に思えてしまって、推理作家ともあろう人がこんなに簡単に信じちゃうかなあ…自分がシロなら堂々と振る舞えばいいじゃないのよ…と思ってしまいました。
でもなぞなぞクイズで宝探しするシーンは、屋敷が骨董品だらけなので見ているだけで何だか楽しい。
コール・ポーターの「エニシング・ゴーズ」がヒント曲になったりと、音楽の使い方も洒落ていました。
案の定警察は時間になっても現れず、再び担がれただけだったアンドルー。
愛人女性も喜んでグルになってくれた、あんた不能なんだってな…散々アンドルーを侮辱して屋敷を去ろうとするマイロ。
しかしとうとう爺さんの逆鱗に触れてしまい、マイロは本当に撃たれてしまいます。
結局アンドルーが怒ったのは愛する女性たちを奪われたからではなく、自分自身が馬鹿にされたから…マイロが最後に侮辱したのは彼の作品。
「推理小説は高貴な心の娯楽」と語り、あれだけ部屋のものをぶち壊してもエドガー賞の胸像には手を出さなかった爺さんのプライド…それだけは泥をかけちゃいけないものだった…
マイロもマイロで最初の一戦で手打ちにしておけばよかったのに、プライドが傷つけられたことがいつまでも許せず、行為がエスカレート。
爺さんもジゴロもどっちも性格悪いと思いますが、生まれを見下され醜態を笑われて怒ったジゴロの気持ちも、自分の創作物を馬鹿にされて怒った爺さんの気持ちも、そこは分かるような気がして複雑。
ムカッ腹の立つ相手を貶めてやろうと軽い気持ちでやったことが取り返しのつかないことになるの、現実にもありそうで、思ったよりも怖い、ドロドロしたドラマでした。
それにしてもラストに本当に警察が来たのが謎。
マイロがアンドルーに殺されるところまで予想して自身で呼んでいたというならゲームはマイロの勝ちなのかも…(代わりに命を落として愚か極まってますが)
あとマイロがクローゼットにあった赤いレインコートをコート掛けにわざわざ置き直していたのも謎でした。
愛人女性が来ていた痕跡を警察に分かりやすく示すためかと思ったけど、結局女性殺害の件はフェイクだったというならあの行為に何の意味があったのか…
いくつか疑問が残りつつも、登場人物が男2人きりなのにインテリアや2人の会話で女性の影を想像させるところもとても面白かったです。
ラスト、2人の最後を見守る人形たちの目線のなんと冷たいこと…あのふざけた部屋から漂う寂寞感が半端なかったです。
脚本家が「ウィッカーマン」「フレンジー」のアンソニー・シェーファーで、舞台劇のシナリオも書いていたことを知って驚き。
時折ゾッとするものを感じさせる作品でした。
今回のBlu-rayはTV放映版の日本語吹替音声が入っているのも目玉になっていて、今度はそちらで2周目を楽しみたいと思います。(なんと28分も短いようで、第2幕の声の演技がどうなってるのか気になる)
名優2人の演技と素晴らしい舞台セットに魅入られる、何とも贅沢な時間でした。