ジャーロ映画の怪作として名高い「炎のいけにえ」。
ずっと前から気になっていたのを念願の初鑑賞。
監督はアルマンド・クリスピーノ、主演は「4匹の蝿」のミムジー・ファーマー。
サディスティックに追いつめられるヒロインにドキドキ、不穏な死の匂いの立ち込める摩訶不思議な世界に没頭。
普通の映画としてみたら落第点かもしれないけど、ジャーロとしては100点満点。
昨年観た「デリリウム」に近しいものを感じて、理屈ではなく心に強烈に迫って来る何かがあって、個人的には物凄く好きな作品でした。
◇◇◇
炎天下の夏…イタリアの町ではなぜか自殺者が激増。
手首をカミソリで切る人、子供を殺したあと自分の体を銃で撃ち抜く人、車に火を放ち爆死する人…冒頭で次々と映し出される自殺シーンが禍々しく不穏。
特にビニール袋を頭に被り川に入水自殺するおじさんが不気味すぎて、ゾッとさせられました。
作中では度々炎のイメージが挿入され、「太陽の活動が人間の精神に影響を与える」という台詞が登場。
逃れられない災厄と狂気につつまれたような異様な雰囲気が全編に充満しています。
モルグで働く検死医のシモーナは、連日死体が運び込まれるため疲労困憊。
オーバーワークが原因なのか死体が動き出す幻覚をみてしまいます。
黒人男性の遺体の目がかっ開き、不敵な笑みを浮かべながら自分の胸部を触ってくる…次々に遺体が起き上がり死体同士で性交しようと乱れ始める…
突然白昼夢の世界に叩き込まれたような独創的ビジュアルが鮮烈です。
仕事を終えたシモーナが帰宅すると、同じアパートの上の階に住むベティという女性が訪ねてきました。
ベティが父親の新しい恋人ではないかと疑ったシモーナは機嫌を損ねますが、相手は何かを告白したがっていた様子。その翌日ベティの死体が海辺で発見されます。
警察と検死は自殺と断定しますが、ベティの兄だと語る神父ポールが現れ、「妹は昨日告解室で懺悔していた、そんな人間が自殺するはずがない」と他殺説を主張。
シモーナの父親・ジャンニが犯人ではないかと疑います。
骨董商を営むジャンニは女好きらしく、娘のシモーナが住むアパート上階に愛人を住まわせる習慣がありました。
強欲でクセの強そうな親父さんですが、娘に対するスキンシップもなぜか濃厚。
やたら力の入ったハグやキスをする父娘の姿がどこか異様に映ります。
シモーナ自身にも恋人がおり、最近エドガーという若い写真家と付き合い始めたばかり。
しかしいざセックスしようとすると死体の幻覚が脳内に蘇り、行為に及べないまま苦悶してしまいます。
男たちを惹きつけるも、ファザコン気質で性的不能気味なヒロインに何とも言えない焦燥感と孤独感が漂っています。
父親を犯人と疑った神父ポールに激昂したシモーナでしたが、どうにも怪しいお父さん…アパートの管理人に護身用の銃を用意させたり、シモーナのあとをつけていたり、ただならぬ様子。
さらには骨董品屋を共同経営している兄を訪れ「書類はどこだ」と詰め寄り、兄が「なんのことだ」と答えると首を絞めにかかり2人で乱闘。
建物から転落したジャンニは脊椎を損傷し重体の身になってしまいます。
警察とシモーナたちは特殊文字盤でジャンニとコミュニケーションを図ろうとしますが、文字盤に「シモーナ」とだけメッセージを残して父親は死亡。
異様な出来事の連続にシモーナはヒステリックになり、父親に恋人がいるのを疎ましく思った自分が無意識のうちに殺人を犯したのでは…と錯乱。
そんな中事件の手がかりが発見され、恐ろしい魔の手がシモーナに忍び寄りますが…
(※以下真相ネタバレ)
犯人はシモーナの恋人・エドガー。
骨董品屋であるジャンニが入手した古い聖書の中にエドガー父の遺言書が隠されており、そこには「息子に相続権を与えない」と書かれていました。
どうやらシモーナの父・ジャンニは「遺言書をバラされたくなかったら金をよこせ」とエドガーを脅していたようです。
それに対しエドガーはジャンニ好みのアメリカ人女性・ベティに近づき、彼女を雇って(or元々恋人だった彼女を誑かして)、ジャンニに接近させ遺言書を盗むように命令していました。
ベティは盗んだ遺言書をエドガーに渡したのち殺されてしまいます。
しかし罪悪感に駆られていたベティは事前に悩みがあることを神父の兄に告白、謝罪の手紙をジャンニにしたためていました。
エドガーがシモーナに近づいたのもおそらく父親・ジャンニの近辺を探るため…用済みとなったシモーナと遺言書の存在を知ったらしい神父を消そうと、エドガーは2人に痺れ薬を注射。
ガス自殺を装い始末しようとしますが、異変に気付いたアパートの飼い犬が2人を救出します。
一命を取り留めた2人は再びエドガーの下へ…神父とエドガーが建築作業場で乱闘になりますが、取り乱したエドガーが1人地上へ落下。
犯人の破滅でジ・エンド…実にジャーロらしい結末ですが、落ちた瞬間まで捉えた映像が迫真。
ラストにエドガーが突然破滅的に振舞うのが謎でしたが、彼もまた太陽のせいで狂ってしまったのか…白昼夢のような惨劇が幕を閉じます。
一応話としては筋が通っているものの、次から次へと思わせぶりな人が登場して、説明らしき説明が全くないので困惑する部分もたくさん。
自分が気になったのはベティがジャンニ宛に書いた手紙の扱い。
遺言書と一緒に入手したのに、なぜか手紙をそのまま投函したエドガーが謎すぎます(笑)。
内容がふわっとしたことしか書いてない懺悔的なものだったので、自殺説に誘導できる…と思ってあえて処分しなかったのかな…
そして強いインパクトを残しつつ、全く意味不明なのが謎の死を遂げるアパート管理人。
飼い犬を折檻したあと、トイレに行った管理人が首を括って変死。
シモーナ父の後を追っていたエドガーが手を下したのか、元から自殺癖があったというから本当に太陽に駆られて自死したのか…前者かなと思いつつよく分からない、1人だけ浮いた異様な死に様でした。
そして見ていて1番困惑したのは、シモーナがいつのまにか神父に恋してたこと(笑)。
イケメン恋人に抱かれている間にもなぜか神父のことを頭に思い浮かべていてどういうこと??…と思っていたら、「本当はあなたが好きなの!!」とややキレ気味にアタック。
そんなフラグ全くなかったのに突然愛を告白するヒロインにびっくり。
元はレーサーだったけれど観客席に突っ込み10人を事故死させてしまったというポール。精神を病んで信仰の道へ…
そんな事故を起こしておいて車の運転がめちゃくちゃ荒いのはどないやねん(笑)と思いましたが、どうにもならない気質を抱えていそうな厄介男。
掴みかかってきた管理人に「殺してやる!!」と激昂するなど、神父とは到底思えない感情の起伏の激しさに唖然。
でも享楽的イケメンより罪悪感を抱えたメンヘラ男の方に惹かれるの、なんか分かるような気もしました。
憂いを帯びた姿が、抑圧されたヒロインの魂と共鳴しあったのかもしれません。
恋人・エドガーはモルグで死体のふりをしてシモーナを驚かせるドッキリを仕掛けているところからしてデリカシーなさすぎの残念イケメン。
セクハラ発言をかましシモーナのワンピース姿に興奮して突然襲ってくる助手の不気味おじさんといい、パンチラに夢中の管理人のおっさんといい、父親含め、まともな男が1人も出てきません(笑)。
おかしな野郎どもに囲まれ、性的抑圧を受けながらも怒りと愛を滾らせるヒロイン。
罪悪感に蝕まれつつも、死の誘いを払いのけようとする神父。
神を挑発しながら落下していく退廃的イケメン殺人犯。
何が何だかさっぱり分からないけど、登場人物たちの強いエネルギーに惹きつけられっぱなしでした。
唐突に不条理な出来事が主人公を襲う展開は予想だにつかず驚きの連続でしたが、途中に出てきた犯罪美術館とやらが不気味すぎる…
(怖い人形がいっぱい…!!)
突然自動小銃が火を吹き人形の頭が粉々に…驚いたヒロインがスローモーションで倒れる映像が実に悪夢的。
女性の喘ぎ声のような音が混ざったモリコーネの実験的音楽がまた素晴らしく、さらに不穏を煽り狂気炸裂の100分でした。
「気がおかしい人ほど神に近いっていうからね」
「美人が自殺するときは自分の顔を傷つけない」
…台詞もオシャレでなんか好き。
とっ散らかっているものの、猛烈に引き込まれる怪作で、とても楽しいスタイリッシュ・ジャーロでした。