どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

筒井康隆「七瀬」シリーズ、3作それぞれ異なる面白さ

人の心を読むテレパスの設定は、映画や漫画でもよくある設定の1つだと思いますが、筒井康隆の「七瀬」シリーズは、人の思考が括弧でくくられた文章で迫ってくるのがまず新鮮で面白くて、夢中になって読みました。

自分が手に取ったのは「七瀬ふたたび」からでしたが、前作を知らずとも楽しめ、その頃観たブライアン・デ・パルマ監督の「フューリー」という映画とイメージが重なって、テレパスがもし自分の周りにいたらどんなだろう、自分に超能力があるならどの能力がいいだろうか…などと厨二的妄想にも耽っていました。

同じ人物を主役に据えた全3作のシリーズ。

ジャンル的には別個といってよい、全く違う切り口でみせてくるところが〝七瀬〟のすごいところだと思うのですが、各作品、少し振り返ってみたいと思います。

 


◆家族ハ景 

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

大人になって読むと圧倒的傑作はこれじゃないだろうかと思う1作目。

18歳の七瀬は、自身のテレパス能力を隠すため、住み込みのお手伝いをして各家庭を転々として生きている…そんな設定で8家族の情景が描かれるのですが、SFというよりも家族の日常ドラマの中で展開される鬱屈とした人間模様が圧巻です。

 

8編どれも印象的ですが、「水蜜桃」の桐生家の父親は、いかにも〝高度経済成長期の日本のお父さんの一悲劇〟という感じがして、結末の残酷さも含めて気の毒にも思えてしまいました。

早期定年退職した父親・勝美が家にいるのを、妻も子供も疎ましく思っている…。本人は社会から疎外されたと感じている…。

簡単に父親を無下にする家族の冷たさも嫌なものには違いないのですが、このお父さんの方も、子育てに何の関心もなくこれまで家族と上手くコミニケーションをとってこなかったんじゃないかなあ、と自業自得の部分もあるように思えてしまう。

その上趣味がないというのが致命的なところで、しかし人一倍性欲は強く、他のことで発散できないままストレスを抱えていく…。

年重ねたとき、読書でも工作でも何でもいいから1人で時間を過ごせる趣味があるか、あるいは地域に知り合いがいて家庭以外でも過ごせるかどうか…老齢期を快適に過ごすのに明暗を分けるポイントの1つなのかなあ、などと思ったりするのですが、仕事以外何もなくて自我の危機を覚える父親…。

あくせく働くことだけに邁進した結果、思わぬ落とし穴にはまる父親像がリアルなものにうつりました。

 

夫婦の不貞も当たり前のように描かれますが、世間体や完全な崩壊を恐れて向き合わず、見てみぬふりしたりする…そうして家庭がさらなる不和に陥って、余計に外側に居場所を求めるという負のスパイラル。

2組の夫婦が、お互いお隣さんの伴侶に欲情する「芝生は緑」もユーモラスながら毒舌極まっていて強烈な印象をのこしますが、浮気相手を真剣に好きになる純愛なんてものじゃなく、ただ自分はまだイケる!って存在証明したいがためのエゴだったり、マンネリへの危機感からの打算だったり、とんでもなくドス黒いです。

自由や体力が年々減っているように感じる不安みたいなものは、大人になって共感する面はあるんですよね…。家族の鬱ドラマってだけじゃなく、中年のアイデンティティの危機みたいなのの描き方がエグいなあと思います。

 

七瀬は主役と見せかけて、狂言まわし的存在ですが、続編に比べても〝強い超能力〟としてテレパス設定が誇張されておらず、他者の気持ちを敏感に察する人という身近な存在にもうつって(まさに「無風地帯」のお母さん)、そういう人が1番疲弊して壊れていくというのも怖いですね。

1編くらい幸せな家庭もみたかった気もします(笑)。

 

 

◆七瀬ふたたび 

前作から打って変わって、ライトノベル感の漂う1作ですが、子供の頃に読んでもバツグンに面白かった…!!

七瀬ふたたび (新潮文庫)

七瀬ふたたび (新潮文庫)

  • 作者:筒井 康隆
  • 発売日: 1978/12/22
  • メディア: 文庫
 

20歳になった七瀬は同じ超能力を持つ仲間と出会うが、やがて超能力者たちを排除しようとする組織に命を狙われ、血みどろの戦いがはじまる…。

冒頭からはじまる予知能力者の心を読んでの列車事故予測と回避、悪しき透視能力者との対決など、読んでいて視覚的なイメージが強く脳内で再生されるのが“ふたたび”の特徴かと思います。

エンタメ一辺倒かと思いきや、能力者という本来強者であるはずの人間が社会に溶け込めず、少数派の弱者として駆り立てられていく様子は鬼気迫っています。

 

そして、前作で家庭というものにとことん絶望したはずの七瀬が、血のつながりのない超能力の仲間と擬似家族めいたものをつくっていくのですが、メンバーがまた皆それぞれ魅力的。

なんかいいなーと好きだったのは予知能力者の恒夫。

七瀬に恋したけど、心を読まれたことが辛くて怖くて近づけない。遠くから見守って助けの手を差し伸べてくる…っていう姿にドキドキ。(再映像化するなら窪田正孝希望) 

何人もの男に脳内で服を脱がせられる…っていうどんだけーな美人設定の七瀬、恒夫も七瀬とは1回しか会ったないのに完全に顔だけやん!って思うんですが、でも、それまでの人生ずっーっと超能力持ってるのは自分しかいないって孤独感抱えてて、初めて会った仲間が超美人なら惚れてしまうのかも!?

1章のラスト、急に手を振り返す恒夫がどんな思いだったか、想像するとすごく切ないです。

 

もう1人、藤子という女性キャラクターも七瀬と違った優しい感じがして魅力的ですが、彼女の時間遡行能力の捉え方というのがまためちゃくちゃ面白かった。

時間遡行をしてAの出来事を打ち消して違う未来に突入した場合、Aの世界線ではトリップした藤子の存在は不在となったままになる。

 「時間遡行することで多元宇宙を発生させてしまう」という発想…深く考えようとしたとたん頭痛がしますが、パラレルワールドの設定に意識して触れたのもこの作品が初めてだったので、凄いしなんか怖い!!と驚嘆でした。

 

ラストの展開もまた壮絶で、七瀬が「どこかの世界線では皆んなで幸せに暮らせてるかもしれない」と思いながら生き絶えていく部分は、救いにハッピーエンドを残しているのかな、と能天気に思っておりましたが…改めてみると七瀬の幻想的な願望にしかみえず完膚なきまでのバッドエンドですね。

1作目よりドラマ要素は遥かに低く、エンタメに大きく寄せた感じですが、めっちゃ面白い映画を1本みたような満足感で、何度読んでも飽きないです。

 

 

◆エディプスの恋人 

2→1と読んでから、大分間が空いて手にとったのが良かったのかどうか…SF色が最も濃くスケールの大きすぎるストーリーに整理が追いつきませんでした。

エディプスの恋人 (新潮文庫)

エディプスの恋人 (新潮文庫)

 

2作目のエンディングを完全にスルーしたかたちで、「高校で事務職員として働く七瀬」から物語がスタートするのは、もう七瀬っていうキャラだけを生かすことにしたのかなあ、と別物としてすんなり受け入れて読み進めましたが、それがとんでもないことに…。

 

勤め先の学校にて、ある生徒「彼」の周りで不可思議な事件が起こっているのを疑問に思い、その生徒の出自を独自に調査し始める七瀬。

雪深い村を訪れて聞き込みをするところなんかは、最近でいうと「ドラゴンタトゥーの女」っぽいというか…人の心を読める圧倒的優位な七瀬が駆け引きで相手の思念を引き出すところも面白いです。

 

どうやら既に亡くなっている「彼」の母親が、「彼」に害なすものを超能力めいたもので排除しているようだ…その力は遥かに七瀬を凌駕した、「世界を思い通りにつくりかえれる神」のようである…と気付いた矢先、いきなり七瀬が自我を失ったようにその謎の男子生徒と恋に落ちるのですが…

後半の展開はホラーと言っていい不気味さで、七瀬がこんなに気味の悪い家族に迎え入れられるなんて…前作以上のバッドエンドに叩き落とされた感じ。

 

生前の珠子がどんな人だったのかもう少し描写が欲しかった気もするのですが、
村人みんなに好かれる優しい女性で、ダメな男に惚れて献身的に支える。人の本心を見抜くのが上手く、才能ない絵描きの夫に「好きなことやっていいのよ、きっと成功するわよ。」と全肯定する。

この母性の強い女性が宇宙意志になったのち、自分の家庭に執着しまくる、と。

「神というものがもし存在していたとして、人の祈りを聞き入れるような善なる存在ではない」という世界観は個人的にはとても好きなのですが、その神の寵愛を受けた元家族2人…絵描きでありながら偽の評価を甘んじて受け入れる頼央も、「自分は選ばれた人間」と強い自負のある息子の「彼」もこれでいいの!?とどこか不気味です。

 

競争重視、孤立主義っぽい家庭像だった「家族八景」からの反省のように?母性をとことん重んじた結果、それはそれでバランスを欠いたものになった…一見優しそうで実は過保護で自由を欠いた家庭(社会)にこれからなるのでは…という作者の予見と風刺なのでしょうか。話が壮大すぎてなかなか理解が追いつきませんでしたが、すごいところを突いているような気がします。

 

ラスト、「果たしてこの世界は/自分の感覚はリアルなものなのか?」というフィリップ・K・ディック的なSFが展開するのも面白く、しかもこれを2作目と地続きの物語であったと明かすことで一気に叩きつけてくるところが恐ろしいです。

虚構世界を思い通りにつくりかえれる神とは作者・筒井康隆氏である…と、メタフィクション構造にもなっているようにも受けとれそうで、そういうところも含めて好みが分かれそうな作品。

でも最後に七瀬が鬱な家庭に向かっていくことを暗示して終わる…1周して1作目「家族八景」にかえっていくような絶望の幕引きが圧巻です。

 

単純に好きな順に並べるなら、思い出補正的なのもあって、2≧ 1 >3 かなあ。

「ふたたび」が1番テレパス設定ではあるあるな直球のストーリーな気がするけど、3作品それぞれ全く違った切り口の面白さで、きっちり繋がった物語としても成立しているのが本当にすごいです。