どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

アルジェント後期傑作「スタンダール・シンドローム」を独自解釈してみた

性暴力の被害に遭った女性の精神崩壊を描くダリオ・アルジェント監督作。

殺人シーンにいつものような芸術性は皆無で淡々と渇いた感じ。ストーリーは破綻こそ少ないものの解釈を委ねたようなやや難解なつくり。

好みが分かれそうな作品ではありますが個人的には「スリープレス」と並んで…いや味わい深さではそれ以上の、後期の傑作ではないかと思う大好きな作品です。

 

女性警察官・アンナは連続レイプ犯が現れるというタレコミを受けフィレンツェウフィツィ美術館を訪れました。
しかし絵画を観ているうちに絵の中に吸い込まれたような感覚に陥り失神してしまいます。

タイトルである「スタンダール症候群」とは芸術作品に触れてめまいや錯乱などの症状を呈する心因性の疾患のこと。
作家のスタンダールがこの症状を起こしたと記録されておりその名が付けられたそうです。

失神後、アルフレイドという男性に介抱されたアンナでしたが、なんとその男こそレイプ魔でした。

男はアンナを強姦しさらに彼女の目の前で娼婦を惨殺。

事件後地元で療養することになったアンナでしたが、アルフレイドが再びそこに現れ惨劇が訪れます…

 

◆アルフレイドは実在したのか??

この映画の奇妙なところは主人公が何者か一切分からぬまま話が開幕するところで、途中の回想にてようやく警察官だったことが判明します。

しかし冒頭美術館を訪れているアンナは何とも頼りない雰囲気でとても捜査中の警官にみえません。

レイプ被害者になる前から「よく眠るように」と書かれた精神科医と思しき人物のメモを所持していたり、不可解な点が多いです。

さらに幼少期にもスタンダール症候群を発症していたことが明らかになり、「地元を忘れようとした。父親のことも…」といった意味深な台詞も散見されます。

 

ルフレイドは行為の最中以外ではスーツにブリーフケースと「働く男のみなり」をしていてその風貌はどこか父親像を想起させます。

アンナの父とシルエットも少し似ているような気がします。

またアルフレイドの登場はいつも唐突で現実離れしているといっても過言ではありません。

精神科医とアンナしか知り得ないスタンダール症候群の会話をアルフレイドが知っているのも不自然。

護衛2人が殺されたのも実は犯人がアンナだからで油断してやられた…と考えると合点がいくのではないかと思いました。

↓赤いワンピースの女性を殺したのもアンナ??

女性をみつめてる視点のカット→走ってるアンナ→女性に声をかける視点のカット…と間にアンナだけが存在しているのは主人公が犯人だと示唆しているようにみえました。

 

実はアンナには幼少期父に性的虐待された過去があった…レイプ犯の捜査をすることになりそこで過去のトラウマが蘇って壮大な妄想をしてしまった…

(15件のレイプ事件のうちアンナのいるローマでのみ殺人が起きていた=殺人の犯人はアンナ)(父親を殺したい位今も憎んでいてレイプ犯を逮捕せずに殺した)

そんな風に読みとれるストーリーではないかと思いました。

 

最初の壮絶な暴行シーンでは、アルフレイドがアンナの唇をカミソリで切りつけ血まみれの口に無理矢理キスをします。

破瓜の苦痛を表しているようにもみえて、裸体が映ったりするわけではないけど強烈なシーンです。

 

◆暴力を受けた女性の心の苦しみを描く

暴行を受けた後、アンナは一変して髪を短く切り、マニッシュな服装に身を包み、男たちに混ざってボクシングのトレーニングを繰り返します。

自分が女性だから犯されたのだ…自分の中の女性らしさに罪悪感を抱き、それを排除することで必死に身を守っているようにみえます。

またアンナは「彼がまた私の前に必ず現れる」「嫉妬に駆られて私が付き合う男性を殺そうとする」と恐れを抱いていました。

けれど発覚しているだけで15人の女性を暴行したというアルフレイド、(彼が実在している人物だとしても)捕まらなかったのは再犯がなかったからで手当たり次第に犯行に及んでいたのではないでしょうか。

犯人が自分に執着したためこうなってしまったのだ…理不尽な暴力を受けた人間はそこに特異な理由を見出そうとしますが、性暴力を振るう男にとって相手は誰でもよかった…往々にしてそんなものだったりしないだろうかと思いました。

 

ルフレイドを殺害したあと、次にアンナは金髪のカツラを被りフェミニンな服装に身を包みます。

自分の中に芽生える暴力衝動(男らしさ)を否定したい、女性らしくいれば守られるという不安の表れにみえます。

新たに出会った男性と恋を始めようするもアンナの中に芽生えた別人格(アルフレイド)が恋人を惨殺してしまう…というストーリーはヒッチコックの「サイコ」然り、ある種ベタな展開ではあります。

けれど暴力を受けた人が暴力の連鎖を引き起こしてしまう、虐待の連鎖の悲劇は真に迫ったものとして描かれていると思いました。

 

アンナの恋人も上司も精神科医も、彼女の周りの男性は皆優しい人ばかりでした。

しかし彼らの努力も虚しく1人の人間から受けた暴力体験のせいでアンナは二度と他人との信頼関係を築けなくなってしまいます。

暴力を受けた人間は世界に対して懐疑的になり、過度に防衛的になったり攻撃的になったりしてそこから回復することは難しい…深い絶望が突きつけられます。

ラスト同僚の警官男性たちに赤子のように抱きかかえられるアンナ。何とも悲しい気持ちが込み上げるエンドロールでした。

 

◆印象的な絵とCG

絵画が不気味なホラー装置として作動している本作。

冒頭アンナが〝ダイブ〟する印象的な絵画は「イカロスの墜落のある風景」。

右手前に墜落しているイカロスに誰も見向きもしていない…という不思議な構図の絵で虐待の苦しみを1人抱える主人公の孤独な思いを表しているようにも思えます。

イカロスが太陽に近づく欲求に抗えなかったため墜落した」というエピソードも暴力衝動を抑えられなかったアンナの姿と重なります。  

 

アンナが宿泊するホテルの壁に掛かっている絵画はレンブラントの「夜警」。

アルジェント曰く主人公の職業とリンクさせたそうですが、精神錯乱した観客に損傷された過去を持つ曰く付きの絵。ヒロインの未来を暗示しているようです。

 

本作には全盛期のような映像美はありませんが、主人公が絵画の中に入るシーン、飲んだ錠剤が食道を通ってく様子など一部CGを使って表現している場面があります。

95年のCGなので出来上がりとしてはショボいですが、使い所がユニークで同じくCGを使った後期の他作品より好印象です。

モリコーネの美しく不穏な旋律が鳴り響く冒頭の場面から一気に引き込まれます。

↑金髪が全然似合ってないアーシア。だけど不思議な国のアリスみたいなシルエットは面白いですね。

 

個人的には「父親に性的暴行された娘の大妄想」という解釈の作品。

そしてそんな作品を親子で撮っちゃうアルジェントどうかしてるぜ!!(笑)ってなりますが、アルジェント好き以外の人がみても意外にハマる作品かも…上質なサイコサスペンスでとても好きな作品です。