どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「落下の解剖学」…男女逆転のバイアス、静かな大どんでん返しのラスト

カンヌでパルムドール受賞、オスカーにもノミネートされていた話題のフランス製法廷スリラー。

2月に公開されていたのを観に行けずでしたが、U-NEXTで配信が来ていたので早速観てみました。

落下の解剖学 [Blu-ray]

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  • ザンドラ・ヒュラー
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フランスの山荘で不可解な転落死をした夫。

ドイツ人作家の妻が犯人だと疑われるが、有力な証拠は見つからない。

事件当日現場付近にいたのは11歳の息子だが、彼は視覚障害を抱えていた…

 

出てくる登場人物が皆本当のことを言っているのか、嘘を言っているのか分からない、「ヘイトフル・エイト」のような疑心暗鬼サスペンスしつつ、夫婦関係や親子関係を描いた重厚なドラマ作品。

ラストシーンがフランス映画らしいというか、静かな大どんでん返しに悶絶…!!

あちこちで大絶賛というのも頷ける傑作でありました。

 

(ここからネタバレ&偏見まみれの感想)

夫が亡くなったのにあまり取り乱さず、証言に怪しい点も多い妻サンドラ。

夫が録音してた夫婦喧嘩の会話が裁判中に公開されますが…

夫:「育児で手一杯で自分の時間が欲しいよお」「自分も本を書きたいよお」
妻:「時間あるのにやろうとしてないだけやろ」「グチグチ文句ばっかり言うな!」

これ男女逆だったらモラハラ夫になりそう(笑)とか思いながら、生々しい会話にハラハラしっぱなし。

この夫婦、奥さんの方が成功してて稼いでて、家事育児は主に旦那さんという役割分担。

一見すると、妻は冷淡な女で、夫は情けない男に映るのですが、もしかして無意識のうちにバイアスをかけて見てしまっているかも…と思わせるキャラクター像が絶妙でありました。

 

妻サンドラは「夫の強い希望で知り合いが1人もいないフランスの田舎に越して来た外国人女性」で、立場的には弱者でもあるはずなのですが…なんというか、演じてる女優さんの雰囲気が独特で全然弱そうにみえない(笑)。

全体的に笑顔が少なくて、息子はお母さんを恐れているのか、積極的に会話せず避けているようにみえる。

バイセクシャルらしく、尋ねて来た女性とちょっといい感じに…??(でもあのド田舎で久々に会話できる人が来てくれたらあの位嬉しくなっちゃうのかも…とも思う)

浮気していた過去があるらしく、家庭的な雰囲気は皆無。

夫が死んでもあまり取り乱さず、裁判でも腕組んでドッシリ構えててなんか太々しい。

でもこれってみている自分が「母親はいつもニコニコしてるべき」とか「女性は感情的に泣き喚いて当然なのにそれをしないのは不自然」とかそんなことを思ってこの人をみていないだろうか…となって複雑な気持ちにさせられます。

 

一方、一見抑圧された被害者にみえる夫もかなり癖のありそうな人物。

作家として成功した妻の下を訪れて来た学生の存在が気に食わず、大音量で音楽を流す夫…メンヘラ構ってちゃんか(笑)。

自分の生まれ育った町に妻子を連れて来て「ペンションをやる」とか言いつつ、2年経っても断熱材すら貼り終えられていない有様。

本を書けないのも、妻の言う通り本気で書こうとしてないからで、周りの環境のせいにして逃避してしまう、本質的には怠惰な人間なのかも…そんな風にも映ります。

けれど〝視覚障害を負った息子がどこにいるか分かるように部屋のあちこちに貼ったテープ〟はお父さんが用意してくれたもの…子供への愛情深さや教育者としての優れた資質など、そんな一面も垣間見えます。

 

途中息子が障害を負った経緯が明らかになりますが、夫が迎えに行かなかった日に偶然事故に遭って視力を失うことになってしまったそうで…

相当自分を責めて辛かっただろうことも伺えて、故郷に半ば無理矢理越したきたのも、悲惨な出来事が起きた場所に続けて住むのに耐えられず、違う環境に身を置きたかったのかも…これまた勝手な想像ですが、色々と考えてしまいます。

〝母親〟であればもっと同情されそうなのに、男だと「弱音吐くのみっともない」になってしまうのもまたバイアスがかかっているのかも…

 

図太い妻と繊細な夫。

切り取られた一面からは〝醜悪な夫婦〟にもみえるけど、お互い欠点を補ってそれなりにやってきたカップルがたまたま大きく乱れた瞬間だったのかもしれないし、どっちなのか第3者にはまるで分からない…

そして物語自体も、夫の死の真相は何だったのか、結局何も判明しないまま終わりを迎えます。

「判断する材料がないときはどちらかを選択して決めるしかない」…終盤息子の決断にドラマの主軸が置かれているのが面白かったです。

家族であっても知り得ない部分が沢山あるし綺麗ごとばかりじゃない…それでも関係を断絶することを選ばず母を受け止めることを決めた少年の姿が、切ないけれどどこまでも現実的で、胸に迫るものがありました。

 

作中1番印象的だったのは、息子が父との会話を思い出すシーン。

「世話をしてくれる介助犬もいつかは死んでいなくなってしまうよ」…これが本当に自殺を仄めかしていた発言だったのか、それとも犬のことを何気なく話しただけだったのか…

父親の語る表情など全ては目の見えない息子の作り上げた虚像でしかなく、過ぎ去った過去に思いを巡らせるとき、都合よく記憶を書き換えている危うさが常に伴うものだと思いました。

結局人と人とのコミュニケーションって他人を自分のみたいようにみているだけなのかも…何気ないけれど心に迫ってくる迫力のシーンでした。

 

そして終わり方がまたニクいというか、ハリウッド映画にはなさそうな独特の余韻のエンディング。

母親の下にやって来て寝床に寄り添う飼い犬のスヌープ…

「えっ、全然懐いてる様子なかったけど、あなたたち仲良かったの…??」(困惑)

2時間半みてきたけど自分はこの家族のことを一切なんにも分かっていなかったのか…ゾッとさせられるような、同時に我に返されるような、静かながら強烈なエンディング。

外から見ているだけでは分からない家族の繋がりがずっとあったのかも…となって、他人の家庭を裁いてみようとする自分の愚かさを突き付けられたようでした。

 

度々映る法廷の景色では、好奇の目で証言を見守る傍聴席の人たちの姿が映し出されていました。

また作家だった妻に殺人の容疑がかかったことからテレビ局の人や検事らが「この作品のこの部分に本人の私生活が反映されてる」などと重ねて分析し出したりもしていました。

自分も普段映画やゴシップをこんな風に楽しんでみているなーという自覚がありまくりなので、本当に痛いところをついてくる(笑)。思い考えることは人の持つ大きな力の1つでもあると思いますが…

〝想像を事実と捉えるのは危険〟は心に留めておきたい言葉だと思いつつ、それでもこの一家の息子のように何を信じるか決めなければならないときもあるし、人間ってそうやって取捨選択しながら日々生きてるものだよなあ、と考えさせられる、隙がなく完成された物語でした。

 

弁護士役の人はツダケン似。

検事のお兄ちゃんは話飛躍させすぎで、おっかないけどおかしくて所々笑ってしまいました。

子供と犬の名演技に途中ハラハラさせられつつ、とにかく妻役のザンドラ・ヒュラーの捉えどころのなさが最高。

静かなのに凄い迫力のある女優さんで惹きつけられました。