どうながの映画読書ブログ

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エラリイ・クイーン「九尾の猫」…アルジェントのトラウマ元ネタ!?サイコキラーものの先駆的小説

昨年鑑賞したダリオ・アルジェントの「スリープレス」Blu-rayの特典映像にて、アルジェントはエラリイ・クイーン好きだと語られていました。

「スリープレス」は小説「Yの悲劇」にインスパイアされていたようですが、他にも着想を得た作品があるのかしら…ということでこちらの作品を読んでみました。

ちょっぴりジャーロっぽい雰囲気のお洒落な表紙、タイトルも「わたしは目撃者」の原題(Il gatto a nove code)と重なります。

クイーンの中では中期の傑作だそう。個人的には「Yの悲劇」よりとっつやすく、アルジェントの「トラウマ」はこれをヒントにしてつくられたんだなーと思いました。

 

NYで起こる連続絞殺事件。手がかりも目撃者も全くなく、現場に唯一残されているのは首に巻きついたタッセルシルクの紐。
NY警視の息子で作家のエラリイは特別捜査官に任命され捜査に加わりますが…

〝エラリイ・クイーン〟は2人組の作家のペンネームでありつつ、小説の中の探偵の名前も〝エラリイ・クイーン〟というんですね。

被害者の接点がない無差別殺人、冒頭から既に6人が殺害済みというスピード感にビビります。

「本当に殺したいのは1人だけどカムフラージュで関係のない人を殺してるのかも」…そんな可能性も頭をよぎり、事件後に莫大な遺産を手に入れた被害者遺族なども容疑者候補にあがります。

やがてエラリイは
・被害者の年齢が段々若くなっていること
・1人を除き被害者は皆独身であること
・全員自宅に電話を持っていること
…の共通点に気付きます。

一体犯人は何の目的で殺人を犯しているのでしょうか…

 

(以下ネタバレ)

被害者の生年月日をあらったところ、全員同じ産院で生まれていたことが発覚。

赤子を取り上げていたのは、第7の被害者の親族である精神科医のカザリス博士でした。

カザリス宅を警察が秘密裏に調べると、被害者を含む過去の患者のカルテが並んでいました。

カルテが年代順に並んでいたため年上の人から…
NYから越しておらず電話帳に名前の載っている人が選ばれ…
女性の場合結婚すると姓が変わるので旧姓のままの人が選ばれたため独身者の割合が多くなっていたのでした。

(この伏線回収が本当に綺麗でお見事)

 

カザリスは14人兄弟に生まれて苦学するも産科医として成功。

44歳のときに19歳の妻と結婚しますが、授かった子供は2人とも出産時に亡くなってしまいます。

殺された被害者たちは男性は青い紐で、女性はピンクの紐で首を絞められていたのですが、生まれたての赤ちゃんに付けるリボンのよう…

エラリイはカザリスの赤子にはへその緒がまきついていたのでは、と推測します。

自分がこの世に送り出した人間を殺す医者…何やらとてつもなく深い闇を感じてしまいます。

 

カザリス博士が逮捕されるもここからさらにどんでん返し。

真犯人はカザリス夫人で、夫が妻を庇って最後に自分が犯人だと誘導して警察に誤認逮捕させたのでは…とエラリイは推理します。   

カザリス夫人は「夫は何千人もの他人の子を無事に取り上げたのになぜ自分たちの子供は亡くならなければならなかったのか」…と長年密かに抑圧していた感情が爆発。

過去に夫が取り上げた子供たち(今は成人)を殺し始めたのでした。

そんな夫人を庇ったカザリス博士。

カザリス博士は妻が妊娠した際「歳離れた妻が不貞を働いて出来た子なのでは…」と疑心暗鬼に。

また子沢山なのに仲が悪かった自分の両親への嫌悪感などがあって、生まれてくる子供に対して死を願うような複雑な気持ちを抱いていました。

そして現実赤ちゃんは死産に。致し方ないことだったのだと思われますが、カザリスは「自分が内心生まれてこなければと願っていたから死んだんだ。取り上げる際ベストを尽くさず無意識的に自分が殺したのかもしれない」…と強い罪悪感を背負いこみます。

博士は事件が妻の凶行だと気付きつつも、過去の出来事に負い目と責任感を感じ妻を庇っていたのでした…

 

なんでそんなことに…と思ってしまうような動機ですが、一見仲睦まじくみえた歳離れた夫妻が実は劣等感や欲求不満を抱えていたりで、消化できない感情があってそれが弾けてしまったのかも。

無差別殺人に思いもつかないきっちりした動機があって、壊れた人間の心の恐ろしさを感じさせました。

 

アルジェントの「トラウマ」は、出産時の医療ミスで子供を失った母親がある日そのトラウマを突然思い出し凶行に走るというストーリーでした。

dounagadachs.hatenablog.com

「トラウマ」の方は復讐劇になっていて「九尾の猫」は無差別殺人と大きな違いがありますが、どちらも〝首〟に執着した手口、子供を失った女性の衝動的殺人…というところでは共通点があります。

殺人者の妻を庇う夫というところはデビュー作の「歓びの毒牙」にも通じるものがあるように思いました。

 

「九尾の猫」では殺人鬼に怯えた人々が不安に駆られてNY全体が混乱に陥り、自警団をつくるも市民が暴徒化するという人間の狂騒も描かれています。

骨太なストーリーですがちょっと勿体ぶった感じもして、個人的には小じんまりしたミステリに収まってる方が好ましく思われました。

クライマックスには第10の殺人を食い止めるための隠密捜査&チェイスが展開するなど、これでもかという盛りだくさんな内容。

探偵役のエラリイ・クイーン含め人物描写はあっさりめですが、被害者の共通点が浮かび上がる伏線回収がとにかくお見事でした。

家族の抱えた闇、過去のトラウマがある日当然暴走するというのはアルジェント作品で多くみられますし、首に拘った殺人の大元がここからはじまったのかも…と思うと興味深かったです。

サイコキラーものの先駆的存在だったのかなと思う作品でした。