銃槍も癒え15ヶ月ぶりに登庁したベックは、アパートの一室で胸部を撃ち抜かれた老人の変死事件を任される。
警察は自殺だと判断を下していたが、それは杜撰な捜査によるもので、そもそも拳銃が室内になかったことが後から発覚。
一方コルベリとラーソンは連続強盗事件の捜査に駆り出され、ギャングたちの計画を事前に入手。大掛かりな逮捕作戦が始動するが…
スウェーデン至高の警察小説、刑事マルティン・ベックシリーズの第8作目。
密室殺人と銀行強盗という2つの事件が交わる大掛かりなプロットですが、話の繋ぎがいつもより粗め。
いつにも増して警察の無能っぷりが描かれているも、ドタバタ劇のような有様でこれは好みが別れるかも…
ブラックユーモアが際立ったような異色のエピソードでありました。
◇◇◇
アパートの一室で胸を撃ち抜かれた死体。孤独な老人の自殺は珍しくないのかもしれませんが、初動捜査があまりにも杜撰でびっくり。
死人が貧乏人の場合は真面目に捜査しなくてもいい…担当の警官が余りにもヤバすぎて絶句。
経験が浅いのにやたら自信満々で語る若い検死医、気難しいけど仕事ぶりを労うとハッスルしてくれる科捜研のおっちゃん…各仕事人の描写は面白く、ある時は相手をおだてて、ある時は相手に詰め寄る…主人公の〝サラリーマン的気苦労〟がリアルで相変わらず読ませます。
孤独死したジイさんはとんでもないドケチだったらしく、金を溜め込んだまま一切使わず死亡。
過去には船の積荷を下ろす仕事をしていましたが、虚偽の破損報告をして品物をくすねていた問題児だったことが発覚します。
一方コルベリ、ラーソン、ルンの3人は強盗犯の追跡チームへ。
ストックホルムではつい最近、銀行強盗事件が起きて1人の男性が銃弾の犠牲となっていました。
目撃者は皆「犯人は女だった」と証言。
しかし犯人検挙に熱を上げる検察官・ブルドーザーは女装した男だったのでは…と疑って、自分がかねてから追っているギャンググループが黒幕なのだと決めつけてかかります。
新キャラ地方検事・ブルドーザーさん、やる気は満々で仕事大好き人間だけど功績を上げるのに必死。
自己愛が強く思慮が浅い…とこれまた上司にはしたくないタイプ。
ひたすら空回りする様はある種ドタバタコメディのようであります。
しかしある日ふとした偶然が重なりギャンググループの調達屋・モーリッソンが警察に勾留されます。
コルベリたちはモーリッソン宅から先日の銀行強盗で使われた銃や衣服を発見。強盗殺人の容疑で彼を逮捕します。
一方ベックの捜査していた密室殺人事件の捜査線上にもモーリッソンの名前が浮上。
殺された老人がモーリッソンを脅し大金を振り込ませていた痕跡を発見するのですが…
(ここから真相ネタバレ)
先の強盗殺人に関しては完全にシロだったモーリッソン。
お遊びで付き合っていた女性がモーリッソン宅の合鍵をこっそり作っており、彼の自宅から銃を拝借。
真犯人はこの〝何者でもない女〟だったのですが、女性が使った物品類をモーリッソン宅にこっそり戻していたため、彼が犯人だと断定されてしまいます。
けれども密室殺人事件の真犯人はこのモーリッソン。
「密輸に関わっていたことをバラされたくなければ金を払え」と脅してきたジイさんを殺害。
しかしベックの解決したこの事件は証拠不十分となって不起訴になってしまいます。
無関係だった強盗殺人では有罪になってしまい、クロだった密室殺人では無罪になってしまうという皮肉な結末。
これまでのシリーズではなんだかんだ事件が真相に辿り着いて解決していたけど、今回は警察が大きな間違いを犯したままになっていて、ある意味1番苦々しさの残る幕引きでした。
それにしても密室殺人の真相があっさりしすぎていてびっくり。
犯人が向かいの建物からジイさんを狙撃するも、倒れた際に偶然ジイさんの手が引っかかって窓が施錠されてしまった…という何てことないオチ(笑)。
2つの事件の繋げ方がやや強引で、粘り強い聞き込みで明らかになっていく過程も今回はあっさり。
作者2人で執筆しているのが上手くハマらず、各パートが浮き出ているような印象を受けました。
結局のところ、強盗殺人の真犯人は貧しいシングルマザー。
養育費出さなかった浮気夫が全部悪かったんじゃ…と思ってしまいましたが、一度転落するとなかなか浮かび上がれない、厳しい社会のままならなさみたいなものは伝わってきました。
でも人を殺した人間が裁きを逃れて悠々としているラストにはモヤモヤ。
サボイホテルや唾棄すべき男の犯人はもっと同情できたのですが…
途中強盗事件の目撃者であった男性が実は偽の供述をしており、ラーソンに詰め寄られる場面がありましたが、この男性は反骨精神からあえて犯罪者を庇う発言をしていたとのこと。
単純な犯罪者に革命的英雄の要素を見出す…ボニーとクライドみたいなもんかな、と思いながら、今の時分に読んでもリアルに感じられてとても重たく響きました。
全体的にいつもと違う暗さが漂っているエピソードでしたが、ベックといい感じになる新しい女性キャラクターが登場。
外国人や低賃金の人を積極的に受け入れているアパートの家主で、世話好きの人情家。
作者の理想が詰め込まれているようでしたが、後書きによるとこのキャラクターはどことなく作者のヴァールーさん似なのだとか。
食事が大好きで人生を楽しむ気概にあふれていたり、性的なものを悪しくみる風潮を一蹴してたり、爽快で魅力的な人物。
1人金を溜め込んで他者との関わりを一切拒絶していた被害者のジイさんとは対照的であります。
でもこういう「共同体に属して義理人情で助け合い」みたいな生活を現代の多くの人が望んでいるかというとそうでもないような気がして複雑…
「密室」というタイトルは推理もの的面白さを期待すると肩透かしですが、閉ざされた現代社会の個人主義みたいなものを表しているのだと思うとなかなか秀逸なタイトル。
豊かで効率的な福祉国家スウェーデンの暗部…読んでいると今の自分たちがどうなのか問われている気持ちにもなって、色々と思いが巡らされました。
いつもシリアスな中にとぼけたユーモアがあって、それが本シリーズの1つの魅力だったと思うのですが、今回は全体的にシニカルな雰囲気。
新キャラ上司が憎まれ役としても魅力に乏しかったり、強盗団も交えてのキャラの視点の切り替えが頻繁すぎてまとまりに欠けるのは残念でした。
唯一真相に迫っていたベックがアホ上司たちから評価を損なうというエンドもいつになくブラックで冷たい余韻が残りました。
ラーソンとコルベリが以前犬猿の仲だったのに息ぴったりになっててびっくり。死亡フラグじゃないことを願いながら…
残り2エピソード、どんな結末を迎えるのかドキドキであります。