「サスペリアPART2」で出番は少ないながらも強い印象を残すトカゲ刺し少女、ニコレッタ・エルミが出演していることで知られる72年のジャーロ。
次から次に登場する怪しいキャラクター、曇天の暗い迷宮のようなベニス…「赤い影」「サスペリア2」よりもこちらが先に作られていることに驚き。
雰囲気を楽しむ系の作品かと思いきや、意外にドラマ性もしっかりあって素晴らしいジャーロでした。
◇◇◇
冒頭はフランスのスキー場。
看護師の母親が娘と2人で雪遊びを楽しんでいましたが、目を話した隙に女の子は何者かに殺されてしまいます。
その4年後…ところ変わってヴェネツィア。
仕事で町に滞在している彫刻アーティストのフランコ(ジョージ・レーゼンビー)の下に赤毛の愛娘・ロベルタがやって来ました。
ところがフランコが愛人と情事に耽っている間にロベルタは行方不明になり、その後水死体で発見されます。
自責の念に駆られるフランコでしたが、数年前にも赤毛の少女が殺された事件があったことを知り、狂ったように犯人探しを始めます…
シンプルなストーリーですが、登場人物は多め。
フランコの作品を買い付ける富豪のサラフィアンは一見紳士にみえますが、裏では「怪物のような男」と恐れられています。
サラフィアンの愛人として囲われている秘書のジネブラは若い恋人とこっそり浮気していて、雇い主の目を盗んで外国へ逃亡しようと画策していました。
しかしフランコに何かメッセージを伝えようとした矢先、待ち合わせ先の映画館で惨殺されてしまいます。
フランコは過去に同じ悲劇に見舞われたマカシーニ一家のことを知り、事件後に一家の面倒をみていたという弁護士のボナイウティの下を訪れます。
ロリコンの噂がある曰く付きの男ですが、彼もまたフランコに謎の手紙を出したあと何者かに殺されてしまいます。
さらにフランコは捜査の途中に松葉杖の青年と出会いますが、彼は殺された秘書・ジネブラの息子。母を殺した犯人をフランコ同様単独で追っていました。
息子曰くジネブラはサラフィアンに弄ばれていて、過激なプレイを映したフィルムの中には後ろ姿しか見えない謎の男の姿が存りました。
事件のヒントを知っているかもしれないと再び弁護士の下を訪れたフランコはサラフィアンの死体を発見、犯人と鉢合わせになりますが…
(以下ネタバレ)
犯人はなんと町の神父。(前のシーンでほとんど出番がなくいきなり誰!?となること必至)
神父は実はサラフィアンの弟で、淫売だったという自分の母親と同じ赤毛の少女を見つけては「汚れる前に救ってあげよう」と凶行を繰り返していたのでした。
なぜ関係ない秘書や弁護士も殺し始めたのか、ハッキリ説明されませんが、おそらくサラフィアンが弟の犯行をずっと金の力で隠蔽し続けていて、弁護士や秘書はその内情を知っていた。
真相が明るみに出るかもしれないと恐れた神父本人が身内も含めて事件を知る者を殺し始めた…のではないかと思われます。
ストーリーはややとっ散らかっているものの、権力者による殺人隠蔽という胸糞&骨太ドラマ。
今みるとありきたりな感じもしますが、見知らぬ土地の見知らぬ人々が皆何かを隠している…冷たいイヤーな感じがひしひしと伝わってきました。
「黒いヴェール越し」の殺人鬼視点のカメラも印象的。
なぜか犯人はヒールのあるブーツを履いており女装して少女を殺していたようですが、「サイコ」のような不気味さのある殺人鬼。
本作の原題はWho saw her die?(彼女が死ぬのをみた人は誰?)ですが、その意味するものは何なのか…
冒頭で雪遊びをしている看護師と秘書のジネブラは同一人物のようで(顔が判別しにくいけど息子が「母は看護師だった」と発言)、母親が犯人に視線を向けるオープニングが不自然な印象を残しますが、実は母親は犯人を目撃していた…その後金で買われて囲われるようになった…と考えると納得。
そしてめちゃくちゃ胸糞な内容であります。
ベニスで娘を殺されたマカシーニ一家も、フランコが父親に事件のことを尋ねに行った際には口を閉ざし、お仲間の弁護士に密告の電話を入れているようでした。
この家族も金で買われて沈黙し娘の死を悼まなかった…
殺された女の子たちが何とも浮かばれないです。
主人公が唯一真相を追う探偵となりますが、そんなフランコ自身もあまり好ましい人物に映らないところが、ドラマを一層仄暗いものにしています。
そもそも妻がヴェネツィアに同行しなかったあたり、夫婦関係は元々良好ではなかったのかもしれませんが、恐怖に怯える傷心の妻を1人置き去りにして捜査に走る姿が独善的。
浮気相手の女性にも一切情がないようでひとでなしと罵られていました。
愛人とセックスするフランコと、見知らぬ土地で見知らぬ子供たちに混じってお遊戯している娘の姿が交差する場面の何ともいえない居心地の悪さ。
「かもめ、かもめ」のようなお遊戯で1人だけよそ者のように囲われる中、子供たちの歌声と不気味なコーラスが重なり合う場面が、流血も暴力もないのにただただ恐ろしかったです。
「赤い影」と違ってこちらは事件を契機に夫婦の仲が再生して終わるラストにびっくりさせられますが、子供の死の何と軽いことか…
ハッピーエンドのようで冷たく突き放されたような不思議な余韻が残ります。
大人たちの無関心や欲望に翻弄され闇に葬られた少女たちが悲劇的に思われました。
監督のアルド・ラドはアルジェントの「歓びの毒牙」の制作に携わっていた人ですが、黒い手袋の殺人者、鳥、バスタブなどアルジェント好きなら心踊るシチュエーションがたくさん。
犯人の人物像とその最期(しつこいまでの落下の描写)はフルチの「マッキラー」とイメージが重なります。
不穏を掻き立てるモリコーネの音楽も素晴らしく、作品を格調高いものにしていました。
普通に観ると「犯人誰!?」となるトンデモ作品なのかも(笑)、でもジワジワくる何かがあります。
観光地らしくないヴェネツィアの日常の景色だけでも観る価値があり、深い闇に沈められたような気分になる人間ドラマも味わい深い。
迷宮を彷徨った心地になる極上のジャーロでした。