どうながの映画読書ブログ

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「ヘレディタリー/継承」”家族から逃げられない”という悲しみ

新作映画を劇場に観に行くことがすっかりなくなってしまったけれど、この「ヘレディタリー」は”ホラー映画久々の傑作”と名高いようだったので、今年4月にDVDリリースされてから、直ぐにレンタルして鑑賞することに。

母と娘ってちょっと特別な濃い関係って感じがするなあ…。パッケージみた感じ、楳図かずおの「洗礼」みたいな話かなあ…と思った。(これがある意味、既にミスリードでもあった。)

よくできたホラーであると同時に、なかなか悲しいドラマで驚いた。

以下、作品に言及するかたちで(ネタバレで)感想を書きたいと思う。

 

◆ネタバレありきで一応のあらすじ

この映画の主人公は、パッケージにも写っている、なんか怖そうなお母さん、アニー。

ミニチュア模型のアーティストという大変珍しい仕事をしている2児のお母さんだ。

自身は夢遊病を患っているが、両親・兄も精神的な疾患を患っていたというバックグラウンドがあり、深い悩みを抱えている。

アニーの子供は2人いて、1人は高校生くらいの息子・ピーター。

思春期でもあり鬱屈した気持ちなど色々問題は抱えていそうなものの、どうやら普通の高校生にみえる。

もう1人は小学校高学年くらいの女の子・チャーリー。言動が不思議で、動物の死体で遊んだり、どこか不気味といってもいい存在。

そしてこの女の子の方が主役かと思いきや、序盤で退場(死亡)してしまう。

 

この映画、いわゆる「オカルト」「悪魔崇拝」モノであって、一家はカルト教団の餌食にされてしまう…というのが大筋になっている。

だがオカルトものでは片付けられないような恐怖があり、家族関係について描いた人間ドラマにもなっていると思った。

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© 2018 Hereditary Film Productions, LLC

 

◆”家族”が孤立する恐怖

なんと言っても、この映画の悲しいところは、やはり、アニーが「家族に精神的な疾患があること」を悩んでいるところにあると思う。hereditaryには”遺伝”という意味もある。


・両親・兄・自分が精神的な疾患を抱えていた…子供たちもそうなるかもしれないという恐れ

・精神的に弱い自分はよい母親ではないと思い詰めてしまう自責の念

・産まなければよかったのではないか?という壮絶な問い

 

自分も家庭を持っていて、アニーとは全然状況が違うが、障害や病気と無縁ではない生活を現在送っている。アニーの気持ちが分かるとは決して言えないが、孤立感みたいなものは少し分かる…と思いながら感情移入して観てしまった。

他人に家族のことを気軽に相談できない…相談すると差別されてしまうのではないか…そういう思いも抱えていたのかな…と色々想像してしまう。

この映画、「主人公アニーが製作する “模型の家”」と「現実の家」の視点の切り替えの演出が本当に神掛かっていたが、この演出にも、「家族の出来事は家族の出来事で、外にはでない。」という閉塞感を感じた。

 

◆「産みたくなかった」という悲しい言葉

夢遊病のアニーが、夜中、ピーターの枕元に立ち、「産みたくなかった」と暴言を投げつけるシーンもとても悲しい。

だが、アニーの「産みたくなかった」には、「子供の存在を否定する」というよりも、「自分が母親に値する人間ではなかった」という自責の念が込められている。

本当は子供にもっと良くしたかったが、できなかった、申し訳ない…親になってから自分は良い親でいられているだろうか…と問うこともあるのではないかと思う。

特に、アニーのように、自身が機能不全家族に育った場合には、自分がいざ親になったときに「子供にどう接していいかわからない」と悩んでしまうこともあるのだろう。自ら与えられなかったものを他者(=自分の子)に与えるには、相当の努力が必要なのではないだろうか。

アニーはその責めぎあいの中で精神が崩壊してしまったが、それでも多分彼女なりに子供への愛は持ち続けていて単なる「恐ろしい母」だけではないように自分は感じた。

この映画の誰が1番怖かったというと、あのバーサンだ。

 

◆自分は全く悪くない、と思っている驚異のバーサン

この映画の冒頭は、主人公アニーの実母(子供たちの祖母)のお葬式ではじまるが、仲のよくない親子だったのでは、というとても陰鬱な雰囲気だ。

「不思議な気分よ。」「もっと悲しむべき?」

アニーとしては、自分が好きでなかった母親が死んで、「やっとお別れできた」という思いもあれば、「ついに最後まで分かり合えなかった」という悲しみもあり、とても複雑な気分だったのだろう。

このアニーの母(バーサン)は出番は少ないけれど、自分が信仰していたカルト宗教のために、娘と孫を信者に生贄として捧げていた…という本作の”黒幕”だ。

「どうかゆるして。多くを言えなかった。失うものを嘆かないで。犠牲は恩恵のためにある。」

このバーサンがアニーにのこしたメッセージを読むと、自分の信仰のために子供や孫を犠牲にすることを、まったく何も悪いと思っていないことが分かる。まさにドス黒い太陽…!

 アニーはもがき苦しんだが、結局毒親から逃れられず、その連鎖を止めることができなかった。自覚なく家族を苦しめる親の、強烈な悪意が、何代にもわたって人を傷つけるというのは恐ろしい。

 

◆ラスト…自我のなくなったピーターが幸福そうにみえる!?

ラスト15分くらいは壮絶だが、最後の最後、ピーターに悪魔パイモンが降臨したシーンは、不思議とそこまでの悲壮感がないようにも映った。新たなる自分の誕生ともいうべきか…。

エンディングで流れる曲も、”おどろおどろしい感じ”ではない。

自分で考えることを放棄し、自覚なく親のいいなりに生きることは、ある意味楽なことなのかもしれない。

 

ピーターは、毒親(祖母の悪影響から脱することのできなかった母親)に洗脳された子供…のようにも思える。

 

ちなみにエンディングで流れる曲を確認したら、ジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」だった。歌詞をじっくり聞いてみるとアレ?なかなか暗いような…。


Judy Collins - Both Sides Now (Official Audio)

 

 

◆気になった点2つ

・ピーターが家族の誰にも似ていない!?

最初この映画をみていて、ピーターだけ家族の誰にも似ていないような感じを受けて、「養子なのかな」と思ってしまった。(話が進むとそうでないことはなさそうだ)

ピーター役のアレックス・ウルフはユダヤアメリカ人とのことだが、少しエキゾチックな印象を受ける。このキャスティングはなにか意図があったのか…と疑問に思った。ただ演技が上手いので抜擢された…というのが普通のような気もするが…。

アニーの「産みたくなかったけど母に無理やり…」という台詞があったので、実はスティーブ(ガブリエル・バーン)と血のつながりがなく父親は別なのかな…それでもあのお父さんは愛情もてる人のような気もするし…と色々憶測してしまった。

 

ギリシャ神話?の授業内容が気になる

ピーターが学校で授業を受けている場面が度々登場するが、ギリシャ神話の悲劇を取り上げているようで、こちらも気になった。

ピーターが悪魔にとりつかれる直前で先生が話しているのは、「アウリスのイピゲネイア」の話のようだ

アガメムノーンが娘・イピゲネイアを神々のため(戦争のため)にと生贄に捧げようとする…家族で揉めるが、結局イピゲネイア自身が「自分が犠牲になる」ことを選ぶ…。

ピーターの未来を暗示しているようにも感じた。

また冒頭付近の授業シーンでは、ヘラクレスの死を描いた「トラキスの女たち」について話している。

ヘラクレスの妻・デーイアネイラが、よかれと思ってヘラクレスに渡したものが実は猛毒で彼を死に至らしめてしまい、デーイアネイラも追って自死する…。これは、「スティーブとアニーの死」の展開に少し似ているかな…と個人的には感じた。

「選択肢があったら悲劇性は高まるか?低くなるか?」という教師の問いも面白い。

「(家族も含めて)人は持って生まれたものがすべてではないのか?」「運命は支配できないものか?」という問いに対してNoと答えたくなるけれど、Noと答えるには相当の努力や運も必要な気がして、なかなか難しいテーマだと思う。

 

 

◆類似作品は 「エクソシスト」と「ローズマリーの赤ちゃん」!?

「ヘレディタリー」は、「現代版エクソシスト」というような高い評価を得ているようだが、個人的には作品の中身という点では「エクソシスト」より、「ローズマリーの赤ちゃん」に似ているかと思った。


エクソシスト」に出てくるお母さんは、一見すると強いタイプにみえないが、なりふり構わず助けを周りに求めた。そしてそれに応えてくれる存在がちゃんといた…という点では、まだ人の温かさを感じられる作品だ。

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ローズマリーの赤ちゃん」は子供の頃に1回見たきりでかなりテキトーな記憶しかないけれど…舞台が都会で、「ヘレディタリー」とロケーションが異なるものの、都市での孤立・近所の人がヘン・愛のない夫・妊婦さんのストレス……などベッタリした恐怖が描かれていて、とにかく冷たい作品だったなあ、という印象がある。

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 「ヘレディタリー」の雰囲気はこちらに近いかな、と感じた。

またロバート・レッドフォード監督の「普通の人々」に着想を得た!?と監督自身が話していたらしい。未見なので今度鑑賞してみたいと思った。

 

 

◆家族から逃げてもいい

一家の夕食シーンがとんでもなく陰鬱なものになるシーンもそうだが、観ていて心苦しくなるような場面がいくつもあった。

●唯一まともそうに思えたお父さんが、車の中で堪え切れずに泣き出すシーン

●ピーターが家に着いたのに、家に入るのを一瞬ためらうシーン

●アニーが集会にて、「私のせいでなくても私が責められる」と告白するシーン

家という場所が、帰りたい場所ではなく、ただ傷つけあう場所になっているのは、なんと悲しいことだろうか。

 

昨今親子関係の本などを読むと、「家族と上手くいかないことがあったら距離をとってもいい。」「逃げてもいい。」といったアドバイスが多いように思うし、自分もそう思う。

アニーにも、バーサンと距離を置くという選択肢があってもよかったのに…。ピーターだって家からでたっていいのに…。

 

なかなか、観ていて精神を消耗するようなすごい映画だったが、自分も傑作だと感じた。もう全米公開されているという、監督の次回作も楽しみにしたい。