「キャリー」を彷彿とさせる設定に心惹かれて読んだ漫画作品。
バトルありギャグありで思った以上に明るく、けれど底では人間がついつい悩んでしまうような心の状態が描かれており、どこか暗さも孕んでいてとても好きな作品でした。
主人公の影山茂夫(あだ名がモブ)は地味な中学2年生ですが、実は超能力を持っています。
感情をコントロールできず力が暴走してしまった過去があり自分を抑圧しがちな青春を送っていましたが、ある日「モテたい」という細やかな願いから肉体改造部に入部します。
世界はありのままの自分を受け入れてくれるほど甘くはない、何か変わらなきゃと主人公が奮起するところからストーリーが始まっていて、設定はあえてガバガバにしつつもキビしい現実の一面を描いているようなところが面白いと思いました。
モブが唐突に始めるのがなぜか筋トレ(主にランニング)。
でも身体動かすのってバカにできないよなー、そして他の部員と比較してではなく自分がどれだけ伸びたかに尺度を置いて継続していく主人公の姿になんだか自己啓発本でも読んでいるような気分になってきます(笑)。
同じく超能力を持った他校の少年と対峙したり、超能力で世界を支配しようとする組織との対決に巻き込まれたりとバトル回も日常回に混じって展開していきますが、主要なキャラクターは〝思春期のメンタルあるある〟を体現したかのよう。
自信のなさから他人を下げて自分を保とうとしたり、器用で何でも持っているように見える人が自分の持っていないものを求めていたり、親しみやすい登場人物が魅力的でした。
そんな中でもぶっちぎりで大人の心を抉ってくるのが霊幻師匠というキャラクターです。
霊幻師匠は霊能力が全くないのにモブの能力を利用して除霊を商売にしている詐欺師のような男です。
けれど価格は良心的で基本依頼には真摯に対応していてなぜか憎めません。
愛想笑いや空気を読むのが全くできない主人公と対照的に他人に合わせるのが上手くコミュ力抜群な師匠。
けれどそれらがある程度の努力に裏打ちされたものだと思わせる節もあり、大人になると自分を偽らなければならない場面がたくさんある…どこか切なさも感じてしまいます。
序盤では「余裕あるギャグキャラ」に映っていた霊幻ですが、中盤の【ホワイティー編】というエピソードでは一転してピンチに陥ります。
ふとしたことでモブと距離をとるようになった霊幻は誕生日にSNSを覗いたら誰からもメッセージが来てなかった…といったほんの些細なことが幾つか重なって深い孤独を感じるようになります。
周りは結婚してたり多くの友人に囲まれてるのに自分には何もない…それなりに取り組んできたはずの仕事も身内には(世間的には)全く評価されない…
子供の頃はもっと特別な何かになれると思っていた…大人になるってもっと凄いことだと思ってた…だけど現実は思った以上に普通で何もない…
アラサーのメンタルの危機というか、自分の人生の限界みたいなものがみえるのがこのお年頃のような気がします。
私生活で孤独を感じる人が他の場所で過度に評価を求めがちになるのもありそうなことで、自分も何者かにならなければ…と霊幻は急にシャカリキに仕事を始めます。
ワーカーホリック状態になった霊幻は思わぬことで足元を掬われてメディアリンチのようなものに遭ってしまいます。
その窮地を弟子のモブが助けにやって来ます。
世間一般では何者でもない凡人かもしれないけれどモブにとって師匠は特別な人間でした。
霊幻の言葉の全てを盲信しているわけではなく、いい加減で欠点も多々あるけれどその本質を理解して信頼してくれている弟子がたった1人霊幻にはいました。
多くの人に認められている人、大きな目標を持って生きているような人は凄いなあと思いますが、日常を生きていて誰かにとって大切で特別な存在になっていること、自分の本質を理解してくれている人間が僅かながらいること、それもそれだけで充分凄いことで得難い幸せではないだろうか…と思わせる結末が心に沁みます。
霊幻には超能力(特別な力を持っているモブ)への捨てきれない憧れがずっとあるのも分かって、優しさとほろ苦さが混じったような、余韻の残るエピソードでした。
超能力を持っているからといって1人の人間であることに変わりない。足が速い、勉強ができる、体臭が強いなどと一緒で超能力も単なる特徴に過ぎない。個性として受け入れて前向きに生きていくしかないんだ。
霊幻が半ば口から出まかせで幼い頃のモブに語った言葉ですが、実は自分に自信がない霊幻自身の心掛けのようなもので、この台詞がこの作品の価値観を代表しているように思われます。
自分の本質は変えられず持っているもので生きてくしかない。
自分の持っていないものを他人が持っていたりしてそれで持ちつ持たれつ案外物事はまわっていたりするものだ…という達観、諦観のようなものを作品から感じます。
作中一の人格者である肉改部の部長が全く勉強ができないというオマケ漫画をみると笑ってしまいますが、皆欠点もあれば何かしら美点もあるものだ…みたいな物の見方が誇大に表現されつつも、それが大らかでとても優しく感じられました。
前提として主人公は人との出会いに恵まれており、恵まれなかった世界線の自分ともいうべき敵が立ちはだかったりもします。(闇堕ちしたカラス神父のようなキャラでとても良い)
それに対する主人公の答えが「自分が恵まれていることにもっと感謝するしかない」なのも誠実に思いました。
「自分は人とは違う特別な人間だ」…という自意識は思春期あるあるだし、大人も拗らせるとこういう意識になるなる。
「理解されない孤独」を描いた悲哀なストーリーが超能力モノに多い中、能力に依らず少しずつ人間関係を築いて成長していく主人公の姿に力強さを感じる作品でした。