どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

クリスティ原作・映画「情婦」に騙される…!

60年くらい前の作品なのに、観た後、「騙された~!」と心の中で叫んでしまった。「原作を超えた映画10選」「裁判ものの傑作10選」「どんでん返しものTOP10」…などなど、あらゆるところでよく見かけるタイトルだったので、どんだけ~と思いながら、今更観賞。

 

 

名作には名作とよばれるだけの理由があるものだなあ~と納得…!

あとから追いかけるかたちでアガサ・クリスティの原作も読んだが、映画・原作両方に触れて、「どっちも凄い!」と驚く作品だったので、少し感想を書いてみたい。

(※以下、ストーリー詳細・結末に触れるかたちで作品について語っています。)

 

 

「騙された!」と唸る「情婦」のあらすじ

映画のはじまりは、太ったおじさん弁護士が、2か月入院した病院から、ようやく家に戻ってくるところからはじまる。口うるさい付き添い看護婦さんと言い争ってばかりだが、どうやらこのおじさん弁護士・ウィルフリッドは、かなり有能な弁護士だった様子。

退院早々、ウィルフリッドは「エミリー・フレンチ殺人事件」の弁護人を頼まれる。

きけば、身寄りのない裕福な未亡人・フレンチ夫人が、ある晩9時半~10時半の間に殺されたのだという。容疑者はレナード・ボール。ドイツ駐在経験のある軍人だったが、帰国後は定職に就かず、妻と貧乏ぐらしをしている男だ。

レナードはフレンチ夫人と偶然街で出会ったのをきっかけに仲良くなり、2人きりで週に何度か夕食を食べたり一緒に過ごしていたという。

「お金目当てで年上の未亡人に取り入っていたのでは?」と問われても「そんなつもりはなかった」というボール。しかし、未亡人が8万ポンドもの遺産をレナードに遺していたことが発覚し、レナードは一気に警察から疑われ、逮捕される。

裁判で次々に証人が呼び出されるが、ウィルフリッドの弁護士としての有能さが如何なく発揮され、レナード有利に進むかと思いきや、レナードの妻・クリスチーネが検察側の証人として登場する。

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↑クリスチーネ役は美女・マレーネ・ディートリッヒ 。レナード役はソース顔のイケメン!?タイロン・パワー

 

「レナードは事件の晩、帰宅が遅かった。」「血の付いたジャケットを洗うようにいわれた。」と驚きの、夫を有罪告発する内容を述べるクリスチーネ。

事件は一気に弁護側不利に傾いたかと思われたが、ある晩、ウィルフリッドのもとに匿名の女性からタレコミの電話がかかってくる。指定された場所に向かうと、人相の悪い、顔に傷のある女性が「クリスチーネが浮気相手の男性に綴った手紙」を売りつけてくる。なんとその中には、”夫の有罪を願うため偽証する”という彼女の意志がハッキリと書かれていた。

ウィルフリッドはこれを利用し、まんまとクリスチーネの偽証を暴き、レナードの無罪を勝ち取る…。

「なにか腑におちない。」ウィルフリッドがそういったのも束の間、クリスチーネが突然の告白をはじめ、驚愕の真実が明らかになる。

こっから怒涛のどんでん返し!!

 

どんでん返し1

クリスチーネはなんとわざと虚偽の証言をしていた。「愛妻の証言はあてにされない。」「嫌われ者のドイツ人が真実をいっても信じてくれない。」と、あえて嘘をつき、そのあとに”その嘘が覆されるような状況”をつくり、「自分が偽証した」とみんなに信じこませ、容疑者が無実に見えるように仕組んだ。

 

どんでん返し2

ウィルフリッドにタレコミの電話をして手紙を売りつけた柄の悪そうな女性は、なんとクリスチーネの変装だった…!(コレ、マジで驚愕…!)

 

どんでん返し3

超クールで夫のことなど微塵も愛していないように見えたクリスチーネだが、なんとレナードのことを深く愛していた。クリスチーネはレナードが有罪だと知っていたが、助けを求められて、全力で助けた。

 

どんでん返し4

こんだけクリスティーネに庇ってもらったにもかかわらず、なんと、レナードには新しい若い愛人がいた。レナードはクリスティーネのことは利用するだけ利用して捨てようとする。

 

どんでん返し5

レナードの裏切りを知ったクリスティーネは激高してレナードを刺す…!!絶命するレナード。看護婦の「殺人だわ。」という言葉に対し、「これは処刑だ。」と答えるウィルフリッド。本件で弁護士引退かと思われたウィルフリッドだが、次はクリスティーネの弁護をしようと、決意をあらわにする。

 

ラスト10分以内にどんでん返しが一気に続くので、観てるほうはもう放心状態になってしまう(笑)。

 

 

映画「情婦」の素晴らしい伏線とミスリード

ストーリーの面白さ・役者さんの演技・細やかな演出で、とにかく引き込まれてしまったのだが、自分が「ああ~騙されたわ~」と思ったポイントをいくつか挙げてみたい。

 

レナードが本当に”間抜けで誠実な人間”にみえる

こういう推理劇をみたことのある人ほど、多分「話の流れ的にレナード有罪でしょ」と思いながら観始めるのではないかと思う。

でも、有能なウィルフリッドがレナードのことを「正直な男」だと判定するので、「無実の男」なのかも?と期待を抱く。きらめくメガネのレンズを相手に向け、相手の目をみながら、本当のことを告白しているか、推し量る「片メガネのテスト」の演出が秀逸だ。

タイロン・パワーの、くったくのない、どこか間の抜けた感じが、「もしかしてマジの天然ボケで、本当にシロ?」と思わせてくれる。

ヘビースモーカーで葉巻を内緒で吸おうとするウィルフリッドの味方をするレナードに、「犯罪者の素質がある」という序盤の台詞が、まさか的中するとは思わなんだ…。

 

クリスチーネを”悲劇のドイツ人女性”とみてしまう

クリスチーネは戦中~敗戦後のドイツにて、なんとか生き残ろうと必死に苦労した人間だ。

「レナードと結婚したのは、貧しいドイツから脱出するため」「本当は英国など好きではないが、祖国を捨ててまでしなければ生きられない」…そういう”悲劇の女性”としてフィルターをかけて見てしまう。しかし、これがとんでもないミスリードだったわけで…。

クリスチーネがドイツにいた際に、自分の劇場で歌っていた、「もう故郷には帰らない」という歌…。「帰りたいけど帰れないのだ…なんと悲しい…」と思って聞いていたが、「マジで帰らなくてオッケー」なのだとは思わなかった(笑)。

 

きっと真実そのまま…な回想シーンが上手い

この映画では2回、回想シーンが登場する。すべて”レナードの語る回想”としてインサートされる。

1回目:レナードが未亡人フレンチ夫人との出会いを思い出す

2回目:レナードが在ドイツ時代、元女優のクリスチーネとの出会いを思い出す

 

この回想シーン自体、嘘のない事実が描かれているのではないかな、と自分は思った。レナードの語り方には嘘があるが、過去の出来事自体は事実このままではないかと。

フレンチ夫人と偶然街の帽子屋さんや映画館で出会ったようにみえるシーンだが、「夫人が裕福な未亡人だと知っていて、計画的にあとをつけていたのでは?」などと思ってしまう。夫人の部屋に招待されたレナードが部屋をぐるっと見渡すシーン…これもなんだか家のつくりを物色しているようにもみえてしまう。

この映画、2回観賞すると見える景色がガラッと変わる…というのが面白いと思う。

 

傍聴席にいる若い女性、美人だな、と思ってたら、まーさーかーの…

 コレも予想外の展開だった。傍聴席に脇キャラを挟み込んで、展開を盛り上げるくらいの要素にしか思っていなかった。「レナードと一緒に旅行会社にいった黒髪の若い女性がいたらしい」という情報が観客に既に届けられているのに、他の出来事に気をとられすぎて、まったくキャッチすることができなかった。

 

そして、とにかく作品通して1番意外”騙された”ポイントは、「レナードが殺っていたこと」ではなく、「クリスチーネがレナードのことを愛していたこと」だと思う。

頭のいい超苦労人のキツそうな美人が、こんな能天気な感じの男の人好きになるかなあ…なんて、男女関係をバリバリの偏見の目で見て、見事に騙されました。

 

 

クリスティの原作…元の短編の結末は異なる

映画鑑賞後、アガサ・クリスティの原作を読んでみた。

原作は、もともと短編だったものをクリスティが戯曲に書き直したのだという。

検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

まず読んだのは戯曲の方。映画は原作に忠実だったんだな…ということが分かるし、どんでん返しの巧みさも原作ありきだったんだな…とクリスティの凄さを感じる。舞台づくりを意識して作者が書いている巧妙さみたいなものが、自分にはよく理解できないかも…と思いながら読んだが、普通に法廷サスペンス劇として楽しんで読めた。

 

その後、短編の方(※短編集「死の猟犬」に収録)を読んでみたが、そこでまた驚く。

あの”どんでん返し”の結末に大きな違いがあったのだ。

 短編の「検察側の証人」では、戯曲・映画にあるような「レナードの若い新恋人がでてきてクリスチーネが激高して刺す」というくだりが存在していない。

「クリスチーネがレナードを助けるためだけに偽証した」という極めてシンプルなストーリーになっている。ラスト、多分彼女は刑務所に入っているのではないかと思うが、容疑者Xの献身」的な「男を助けるために身代わりになって尽くした女性」感だけが強くのこる。しかし40pの短編の中では、これがすごく綺麗にお話としてまとめられている。

 

クリスティがこの短編を戯曲化するとき、周りの人たちから、「既に在る短編と結末を大きく変えること」に反対されたと自伝で語っているようだ。

「戯曲にするならこっちにした方がいい」と、さらなるどんでん返しを追加したクリスティの腕前…!自分はクリスティも俄かで有名どころを少ししか読んでないんですが、「短編小説にしたときに生きるもの」と「演劇にしたときに生きるもの」の違いを、書き分けたというのがまた凄いなあと絶句です…!

 

 

映画はキャラクターづくりが上手いなあ、と思った

改めて映画の話に戻ってしまうが、戯曲版を読み終えて思ったのは、ストーリー展開のすごさはクリスティのものだけど、映画は役者さんのキャラクターづくりが凄いなあ、と感心した。

 

マレーネ・ディートリッヒの驚異の変身

ディートリッヒは本作出演時56歳だというが、信じられない…!

顔のしわが少ないとか、綺麗で若くみえる…というのもそうなんだけど、なんというか身のこなし、優雅さ、冷たさ、気品…こんな女優はなかなかいない、と思って魅せられてしまった。

タレコミ電話の証拠売りつけ女性が同一人物だと本当に気付かなかった。顔つき・背格好まで何もかもが別人…これぞ女優…!という凄い演技だった。

ディートリッヒのABC

ディートリッヒのABC

 

 

チャールズ・ロートンのユーモアあふれる魅力

個人的に、映画脚色の最大の成功は、ウィルフリッド卿がユーモアのあるキャラクターになっていることではないかと思う。

口うるさいが仕事はデキる。最近病気だったから、大丈夫かと時々ハラハラさせる。看護婦さんにどんだけ注意されても、タバコとお酒が大好き。法廷に立つと、口が切れることこの上ない。

この俳優さん、全然知らなかったんですが、スゴい役者さんだな~と思って、他の作品もみたくなった。

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クリスチーネの弁護をする…と言うラストはウィルフレッド卿の人柄のよさをあらわしているように思うし、「いずれ正義のハカリは元に戻り、君に償いをさせる」という台詞は映画ならではのカッコよさだと思う。

 

監督のビリー・ワイルダーがコメディも得意な超名匠だからか、人と人との掛け合いが面白くて、楽しく観れる作品だった。

 

映画のタイトルは「情婦」。原作のタイトルは「検察側の証人」。原作の方がタイトルカッコよくない?と思ったけれど、クリスチーネは結局レナードにとって情婦でしかなかったんだ~という、よくよく考えるとなかなか味のあるタイトルのようにも感じる。

 

気持ちよく「騙された~」といえる傑作だった。