どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「ひらいたトランプ」…カッコいいポワロと気弱だけど恐ろしい窃盗犯

名探偵ポワロは夜ごとゲームに興じる悪い噂の絶えないシャイタナ氏のパーティーに呼ばれた。

ポワロを含めて8人の客が2部屋に分かれてブリッジに熱中している間、客間の片隅でシャイタナ氏が刺殺されてしまう。

なんと居合わせた客は殺人の前科を持つものばかりだった…

オリエント急行〜」や「ナイルに死す」のような大作感はないけれど、コンパクトに美しくまとまっていて面白かった記憶があるのがこの「ひらいたトランプ」という作品。

ゲームのため8人の男女が集められますが、その内4人は「過去に殺人をして見事に逃げおおせた人間」。

もう4人は警官、ミステリ作家、諜報員、探偵…と捜査官にあたる人たち。

取り調べ的なものが交互に行われていく構成は「オリエント〜」などと同じなのですが、容疑者は先の4人の中の誰か…というお話なので登場人物が少なくて把握しやすい。

そして探偵役が複数いることで相対的にポワロの切れ者っぷりが際立ちます。

ブリッジのプレイ内容・メモの筆跡などから各々の性格を推察。「部屋の中にあったもので覚えているものは何ですか?」の質問1つでその人の内面を深く推し量るなど、心理方面に特化した推理をみせるポワロが格好いい。

ブリッジのルールを知らないと楽しみにくいと賛否両論あるようですが、「2人vs2人の勝負で相方に小休止できるようなターンがくる」など小説の中でゲーム内容がきちんとフォローされていて、自分は知らない身としても充分楽しむことができました。

そしてどんでん返しに次ぐどんでん返しで畳み掛けるようなラストが鮮やか。

最初の印象を次々と裏切る登場人物たちに「えっ!!」と驚かされました。

 

(ここからネタバレ)

犯行の手口と一致する〝大胆な性格を表すプレイ〟からとっくに犯人の目星を付けていたポワロ。

偽の目撃者を用意しておいて犯人を追い詰める容赦なさにもびっくり。博打のような犯行に出る犯人と、着実な計らいで事を進めるポワロとの対比が効いているように思われました。

真犯人はある意味ありきたりすぎて1番意外性のない人ですが、とある人物が強烈すぎて「こいつが犯人に違いない」と思わせてしまうミスリードが上手い。

犯人よりも圧倒的な印象を残したのはアン・メレディスという女性キャラクターでした。

 

可憐な若い女性のアンは大人しく控えめな性格。

自信のなさはプレイにも表れており、怖がりなのか何かやましいところがあるのか事件後は異様に怯える姿が目につきます。

いい洋服を着ているのにメモは裏返しで使うなど倹約家な一面もあり、バトル警視がその身辺を調査することに。

実はアンは無一文で両親を失い「コンパニオン」(裕福な女性の世話係)をして暮らしている女性でした。

彼女を知る人は皆「いい娘だった」と口を揃えていいますが、過去に勤めていた家で女主人が薬を誤って飲んで死んでいたことが判明します。

ある日ポワロはアンを尋問する際、ほんのついでにみせかけてある罠を仕掛けました。

「姪たちへのクリスマスプレゼントに絹のストッキングを用意してみたんだけど、どのデザインが若い人に受けるか選んでくれるかな??」と依頼。

選んでもらったあと、19足あったはずのストッキングはなぜか17足に減っていました。

なんとアンは窃盗の常習犯。部屋の中にあったもので記憶していたものは宝石など金目のものばかりと大人しそうにみえて実はかなり欲深い女。

手癖が悪く、「小さな犯罪」がバレそうになるとそれを隠すために平気で人を殺してしまうという恐ろしい人間でした。

臆病な人間は恐怖から人殺しをすることがあります。気の小さい、驚きやすい人間も絶体絶命になると、隅に追い詰められた物置のねずみになることがあるのです。

大人しい、気弱で繊細な人なのかと思いきや、究極的に自分本位で自己保身のためになんでもやってしまう、めちゃくちゃおっかない女だった…!!化けの皮が剥がされたアンに恐怖。

けれど彼女の人生を想像するとちょっぴり切なさ!?も感じてしまいました。

 

アンがやっていたコンパニオンの仕事はヒッチコックの「レベッカ」の主人公がやっていた仕事とおそらく同じ。ある程度の身分の女性たちが労せず暮らせるための職だったといいますが、お金持ちの夫人の相手をしながらあっちへこっちへ…不安定でストレスが多そうです。

ここ最近は学生時代の友人で同い年のお嬢さん・ローダのコンパニオンをして生計を立てていたようですが、警戒心の強い根暗女子とアクティブ陽気女子というのがまたオタクの好きそうな組み合わせ(笑)。

気立てのいい鈍感なローダは対等な友達としてアンと接していますが、アンの方が親友と思えていたかというとそんなことはなさそう。

生活に苦労したことがない明るい性格のローダに嫉妬や劣等感を抱えていたでしょうし、ローダが結婚して事情が変わったらまた生活が安定しなくなるという不安もあって、決して心休まる関係ではなかったのではないかと思いました。

せっかく美人なのに性格がネガティブすぎて近寄ってきたいい感じの殿方にも快く振る舞えないで損してるの勿体無いなー、でも苦労してきてこんな風に捻くれちゃったのかなー…色々考えてしまいますが、そんなアンにも同情を寄せる人が現れます。

アンが真犯人だと勘違いしたロリマー夫人は自分がシャイタナを殺したのだと偽の自白をし、若いアンを庇います。

なんでそこまで…と思ってしまいますが、この時代女性が1人ぽっちで生きることの厳しさを知るロリマー夫人は孤独な自分とアンを重ねたのか助ける決意をしたようでした。

そんな夫人の好意を知ることもなく自分の保身にひた走るアンが醜悪に映り、なんとも切ない気持ちにさせられます。

事件が思わぬ縁となって知り合ったデスパード少佐とは結局上手くいかず、少佐は明るい性格のローダに惹かれて行ったよう。

ローダを手にかけようとするも自身が溺れて〝選ばれなかった女〟としてこの世を去るアン。

同じくクリスティの長編「ナイルに死す」でも窃盗癖のあるキャラクターが登場していましたが、〝子供の時の出来事がトラウマになって潜在意識からそういう行動に出てしまうこともある〟…あちらでは救いが幾許か提示されていました。

アンにも盗みを働くようになったきっかけや多大な心労があったのかもしれません。  

恐ろしい女性で迎える死も因果応報なのですが、どこか哀しみも感じさせるキャラクターでした。

 

犯人は4分の1の確率で当たるはずなのに、クライマックスの怒涛のどんでん返しが凄すぎて予想が当たらない…!!

ポワロがストッキングを大量買いしてエロジジイと店員さんに勘違いされるのが可笑しかったり、クリスティの分身ともいえるキャラクター・オリヴァー夫人との会話に作者の本音が漏れ出ているのが愉快だったり…ロマンス、コメディが程よく混ざっていてバランスのよい作品。

オリエント急行のポワロより「どんな殺人も必ず罰を受けなければならない」と語る本作のポワロの方が探偵として好ましく思われました。

〝大作感〟はないけれど、印象に残るキャラクターがいて、スッキリ綺麗にまとまっている鮮やかな傑作でした。