どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」…中年女性の精神の危機を描いた家族ドラマの傑作

合う/合わないがキッパリ分かれるようで、どんなもんかと構えて観てみたらすごく面白かったです。

別の世界線の自分を利用して戦うの、ジョジョ7部の大統領の能力を思い出したりして面白かったのですが、〝少しずつ何かが違っている無数の並行世界が人間には知覚できていないだけで存在している〟…多元宇宙論はロマンがあって天国地獄よりも面白そうだなあと現実逃避人間には心惹かれる題材です。

SF設定を利用しつつも中身は暗さをたたえた家族ドラマになっていて、特別な自分が無双する!!みたいなストーリーを予想してたら全くの逆。

地に足のついた人生観を突きつけられたようで、何だかとても胸に沁みる作品でした。

 

若い頃に駆け落ちした夫とアメリカでコインランドリーを経営するエヴリン。

1人娘の子育ては思ったようにいかず大学を中退し同性愛者に。

自分をかつて勘当した父親を介護のため家に迎えるも振り回されっぱなし、気弱な夫は内心では離婚を考え中。

崖っぷちのエヴリンですが税務署から領収書の不備を指摘されさらに追い込まれてしまいます。

そんな中別の世界線から来たという夫が突然あらわれ「君は実は特別な人間だ、全宇宙をカオスに陥れようとする悪の敵と戦ってくれ」と世界の命運を託されます。

謎のインカムをつけて意識をジャンプさせると別の世界線の自分が持っている能力がダウンロードされ、次々と敵を薙ぎ倒すエヴリン。そして遂にラスボスと対面しますが…

 

主人公完全に統失のヤバいおばさんやないかーい、と不安になるような幕開け(笑)。

追い詰められた主人公の妄想を見せられてるのかと思いきや、「もしこうだったら」の多次元世界とともに主人公の心の内と家族の背景が明かされていくストーリーの組み立てが絶妙でした。

それにしても冴えない自分が別の世界線では大女優や有名歌手になってるってすごい〝奢り〟のような気もする(笑)。   

「あんたを選ばなければ私の人生はもっと輝いてたはずだったのに」って夫に言い放つのも中々キツいし、そもそも曲がりなりにも長年店を経営してきて一人娘にも恵まれてというこれまでの道のりを「失敗だらけの最低の人生」って言うのどうなのよ…

痛々しさが突き刺さる主人公ですが、何かに行き詰ったときに自分が選んだはずの道を否定したくなるのってあるある。

誰しも生きていれば「自分の人生もっと違う道があったのかも…」と思うことは多少なりともあって、やり直しのきかない中年になるとこの主人公の暗い感情が余計に理解できてしまう…突飛なようで親しみも抱ける主人公でした。

 

現実の自分にもそれなりに積み重ねてきたものや幸せだった時間があるはずなのにそれを見過ごしてしまうのは、主人公の自己肯定感の低さが根底にはあって、父親に否定されながら育った環境も大きいように思えました。

(生まれた瞬間から「残念ながら女児」などと言われてしまう儒教思想の社会、一人っ子政策ゆえなのか兄弟がおらず親の期待を一身に受けながら育つ、そしてそれに応えられず罪悪感を抱いてしまう)

そして恐ろしいのは自分が親にされた子育てを繰り返してしまうこと。

多次元バトルパートの敵の正体が実はエヴリンの娘だったことが発覚、ストーリーは壮大な親子喧嘩!?へと収束していきます。

とある世界線ではエヴリンが「選ばれた子供だから」と娘を厳しく訓練して追い込んでしまい、それが敵を誕生させるトリガーになっていました。

一方現実の世界線のエヴリンも知らず知らずのうちに娘に理想を押し付けてしまっていました。

自分と娘は似ていると語るエヴリンですが、自分とダメなところが似ている我が子を許容できない気持ち…

自分が苦労したからこそ子供には自分とは別の人間になって欲しい、厳しい世界で生きるためによりよい人間になって幸せを掴んで欲しいと望むのも親の愛。

けれど子からすればかくあるべし像を押し付けられるのがしんどかったりして、親子のすれ違う気持ちは複雑です。

 

しかしエヴリンは自分のことをずっと拒絶してきた父親と向き合い、これが変えられない自分なのだと現実の自分を認めて受け入れます…そうすることで娘のことも受容する決意をしました。

「私はだらしない人間だけど、宇宙は親切で忍耐強い人を与えてくれた」って夫を指して言うの、開き直りやないかーい(笑)って思ったけど、なんでも自分1人で出来ると抱え込むのも傲慢で、他者の助けを受け入れられることも生きていく上で大事なこと…これも1つの真理だと自分は思いました。

そして弱い男だと見下していた夫が自分には出来ない立ち回りをしてくれていたおかげで助けられていた部分もあったのだと気付きます。

しんどい時にも悲観的にならず人生の明るい面を見て他人に優しい心配りが出来る夫…こんな素敵な人が側にいてくれたじゃないかと主人公が自分の足下の幸せに気付くのがベタだけれどよかったです。

 

目まぐるしく変わる多次元世界の景色…いとも簡単に知識だけは手に入り万能感に浸れるも、何もかも見尽くした気持ちになって現実を生きるワクワク感は薄れ、自分の限界を先に悟ってしまったような絶望感だけが残る…

娘の反逆の素因に現代人の生き辛さみたいなものが内包されているところも共感が深かったです。

疲れた時には人生生きる意味ってなんなんだろう…ってふと思ったりもするけれど、瞬間瞬間で幸福を感じられるとき、誰かを愛せるときがあればそれが充分尊いものじゃないんだろうか…

最後にお母さんがあなたを大事に思っている、なにがあっても一緒にいたいと想いを伝えて、その声がしっかり届いて娘が戻ってくるのがストレートに感動的でした。

家族は逃れられないものというか、簡単には断ち切れない絆でそれが怖いと思わせる作品もありますが、本作はある意味毒親視点で親子関係を描き切っているのが新鮮。

誰しも家族を傷つけてしまう存在になり得るけれど、自分のことを省みてきちんとコミュニケーションをとれば良い方向に向かうこともある…ラストには希望を感じて爽やかな気持ちが残りました。

 

映像的には「マトリックス」オマージュなシーンが盛りだくさん、犬を振り回す鬼畜すぎる空飛ぶギロチンは「キル・ビル」から…??岩のシーンはなんとなくエヴァっぽい雰囲気。

人を選ぶ作品なのは確かで、自分も後半は疲れましたが、バースの切り替えの見せ方などすごいハイセンスでした。

破天荒でトゲトゲした映画かと思いきや中身は王道でハートフルなストーリー、そのギャップにやられました。